ハウ・アイ・ラーンド・トゥ・ストップ・ウォーリーング・アンド・ラヴ・ザ・デーモン#1

ニンジャスレイヤー二次創作テキストカラテ。 その男は、悪魔の70年来の友にして、その屋敷を守る執事。迫る死神の影に、彼はたったひとりで戦いを挑む。 彼は如何にして心配するのを止めて、悪魔を愛するようになったか……。 テキストカラテ・ドージョー @mpb_karate 連載作品。フォローしてあなたも新鮮なツイッター小説体験! 続きを読む
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テキストカラテ・ドージョー @mpb_karate

アイサツを終えた時、この執事ニンジャの…オルトロスの体は、ほとんど地面に辿り着こうとしていた。辺りの風景に交じり、これまでの記憶が次々と、そして鮮やかに蘇っていく。ソーマト・リコール現象である。彼の人生を振り返るプロセスが、しめやかに開始された。 26

2016-03-27 21:44:37
テキストカラテ・ドージョー @mpb_karate

…電子戦争よりもっと昔。とはいえ江戸時代まで遡りはしない。あの大戦の終わりから、二十年ほど経った頃。それは、経済が大きく成長し、オールド東京でオリンピックが開催され、日本全体に希望があった頃。その時、彼の世界には、ただ絶望だけがあった。 27

2016-03-27 21:46:58
テキストカラテ・ドージョー @mpb_karate

オルトロスの目の前に映るのは、闇の底にいた時の自分。若さも、健康も、カネも、学も、何もない。おお、オルトロスにとって、母親の胎内から抜け出した日から『あの日』までの時間は、最早人生とも呼べぬ。 28

2016-03-27 21:49:14
テキストカラテ・ドージョー @mpb_karate

そうだ、『あの日』、オルトロスは生まれたのだ。偉大なる主にして大いなる悪魔…メフィストフェレスの屋敷を守る、忠実なる番犬は。 29

2016-03-27 21:51:37
テキストカラテ・ドージョー @mpb_karate

「サダマツ=サン!いつまで同じとこ掃除してんだい!」 31

2016-03-27 21:54:25
テキストカラテ・ドージョー @mpb_karate

小さなオンセン・コテージ中に、太い女の怒声が轟く。トコノマ・ゲストルームの隅にいた猫背の中年男は、びくりと肩を震わせると、声の方を振り向いた。キモノを着、ずんぐりとした体型の中年女性である。「ア…オカミサン」「ア、じゃあないんだよ!まだひと部屋しか終わってないじゃないか!」 32

2016-03-27 21:57:17
テキストカラテ・ドージョー @mpb_karate

オカミサンとは、彼女の本名ではない。オカミサンとは、飲食店や宿泊店を取り仕切る女性を指す日本古来の呼び方である。この場合、彼女が仕切っているのはこのオンセン・コテージ『ミンシュク』であった。 33

2016-03-27 22:00:12
テキストカラテ・ドージョー @mpb_karate

サダマツと呼ばれた中年男性に、オカミサンは更なる罵声を浴びせる。「アンタがモタモタしてるうちに次のお客さんが来るんだよ、分かってんだろ!こんな調子じゃ半分もやらないうちに夕方になっちまうよ!」「アッ、で、でも」「でもなんだい」 34

2016-03-27 22:03:24
テキストカラテ・ドージョー @mpb_karate

サダマツは先程まで自分が見ていた場所を…部屋の隅を指差した。壁が一部だけ微妙に黒ずんでいる。「き、気になって。汚れてるから。気になったから」「スゴイ・バカ!」オカミサンは目を覆いたくなるような威圧的スラングでサダマツを怒鳴った。 35

2016-03-27 22:06:51
テキストカラテ・ドージョー @mpb_karate

「アンタって人はホントに全体が見えないね!今私が言ったこと分かんなかったのかい!アンタがそんなモンに構ってる間に部屋がいくつも片付くって言ってんだよ!」サダマツは少しまごついて、「ア、」「アじゃねぇって言ってんだコラー!ザッケンナコラー!」 36

2016-03-27 22:09:57
テキストカラテ・ドージョー @mpb_karate

ブッダも目を背けるほどの悪辣なヤクザスラングが、彼の喉から漏れ出た音をかき消した。「私は私で忙しいんだからあんまり色々言わせんじゃないよ!次見た時まだ終わってなかったら承知しないからね!」ズンズンと大きな足音が、次第に遠ざかっていく。 37

2016-03-27 22:12:55
テキストカラテ・ドージョー @mpb_karate

サダマツは、トコノマ・ゲストルームの壁にかかった姿見を見た。そこに映る、哀れな自分の姿を。髪には白髪が混じり、腰は曲がって、顔も手も皺まみれ。(醜い)サダマツは鏡を見るたび、枯れ果てたような容姿の己に向かってノロイめいた感情を湧き上がらせていた。 38

2016-03-27 22:20:12
テキストカラテ・ドージョー @mpb_karate

思えば、人生のほとんどを馬鹿にされながら過ごしてきたような気がする。何の仕事をしても今のように怒鳴られ、やがてはクビにされた。学校に友人はいなかったし、教師はサダマツをよく殴った。父親も母親も7人のきょうだいも、彼を鈍いと馬鹿にした。 39

2016-03-27 22:20:35
テキストカラテ・ドージョー @mpb_karate

それでも、先の大戦で生き残ったのは、家族の中で自分だけだった。ブッダの悪趣味すぎる冗談である。アカガミ・コールアップ・ペーパーが届いた時は、これでようやく死ねると思ったものだ。しかし実際には一度大怪我をしただけ。それすらも綺麗に治ってしまった。 40

2016-03-27 22:24:01
テキストカラテ・ドージョー @mpb_karate

医者は言った。「何の後遺症もないのは実際奇跡です。ブッダに感謝なさい」サダマツはそうしたか?否。サダマツはむしろ、ブッダに対する恨みを募らせたと言えよう。(生き残ったから何だ。優秀だった兄や弟に、この命を渡せればどれだけ良いか) 41

2016-03-27 22:27:44
テキストカラテ・ドージョー @mpb_karate

家庭も無い。力も無い。学も無い。特別なスキルも無い。赴任した年数の関係で、軍人恩給も手に入らない。自ら死を選ぶ勇気すらも、持ってはいない。そこに残されたのは、ただ生存のためにカネを稼がねばならない、ひとりの無能な男であった。 42

2016-03-27 22:31:09
テキストカラテ・ドージョー @mpb_karate

「何もかもを失ったが、ガムシャラに働いたら実際成功した」「ワースゴーイ!」前の職場で見たTVショウ。戦後、ショーギの駒めいて成り上がった有名な社長が、カメラに向かって得意げに語っていた。ガムシャラに働いたのはサダマツとて同じだ。だが彼はカラーテレビすら買えはしない。 43

2016-03-27 22:34:28
テキストカラテ・ドージョー @mpb_karate

朝になったら、自分など死んでおればいい。サダマツは毎夜のようにそう祈りながら眠り…朝、自分がまだ生きていることに気付くと、この上なく絶望していた。生きていれば仕事に行かねばならぬ。すぐクビになるであろう職場に、己の無能さを晒しては怒鳴られ続けるために。 44

2016-03-27 22:37:26
テキストカラテ・ドージョー @mpb_karate

『ミンシュク』のゲナン・ホテルキーパーという仕事に、サダマツは何の誇りも持っていない。人が足りぬと募集がかかっていたから門を叩いた。ただそれだけである。想像していた以上に厳しい環境だった。もっとも、彼にとって厳しくない仕事などありはしなかったが。唯一救いがあれるとすれば…。 45

2016-03-27 22:41:20
テキストカラテ・ドージョー @mpb_karate

「サダマツ=サン。ダイジョブ?」オカミサンの声とは真逆の、鈴を転がすような声。それと共に現れたのは、長い髪を後ろでまとめた、キモノ姿の若い女。「アア…ドーモ、ミグミ=サン」サダマツはおどおどとアイサツをした。ミグミのバストは豊満であった。 46

2016-03-27 22:44:26
テキストカラテ・ドージョー @mpb_karate

「あんまり気にしないでね。オカミサン、ああやって怒鳴るのが趣味なのよ。仕事始めたばっかりなんだから、苦手で当然だわ」ブッダエンジェルがいるとしたら、このような顔に違いない。サダマツは彼女の微笑みを見るたび、そう感じていた。 47

2016-03-27 22:47:39
テキストカラテ・ドージョー @mpb_karate

ミグミは『ミンシュク』のナカイ(脚注:オンセン・コテージや料亭に勤め、接待や給仕を担当する女性)であり、言うなればサダマツの先輩にあたる人物であった。「ごめんね、私が他の仕事してたせいで。私がちゃんと教えなきゃいけないのに」「イ、イヤ、悪いのは実際僕だから」 48

2016-03-27 22:50:59
テキストカラテ・ドージョー @mpb_karate

サダマツには女性経験が無かった。家族以外の女性とはほとんど会話すらしたことがなかったし、好かれるどころか疎まれていたというのが正確なところだろう。ミグミのように接してくれる女性は、サダマツの人生に一人たりともいなかった。 49

2016-03-27 22:54:11
テキストカラテ・ドージョー @mpb_karate

朝起きては絶望するばかりだった、サダマツの人生。そこに小さな楽しみを提供したのが、ミグミだった。オカミサンはサダマツを酷く怒鳴りつけるが、ミグミは違う。それどころか、経験したことがないほど優しく接してくれる。「じゃあ、一緒にサッサと片付けちゃいましょう」「アッハイ」 50

2016-03-27 22:57:29