ゾンビ中年トラックで爆走#3 天国へ駆け抜ける風◆1
_環状道路に侵入したトラックは、ゆっくりとカーブする道を走り続ける。積み荷のヒヨコがピヨピヨ鳴く音が心地よい。 「ベイベー俺は風になる……」 ゾンビも楽しくドライブを続けていた。道も広い。 61
2016-04-11 17:26:59_信号もない。交差点もない。道路封鎖で車もいない。ただ、好きなだけ走っていられる。事故が起こる可能性は限りなく低かった。 ゾンビの身体が崩れ始め、ハンドルが危うくなる。そのたび、レックウィルが手を出してハンドルを支えた。 「大丈夫かい?」 「すまんな」 62
2016-04-11 17:35:45_このまま走り続けることはできない。ゾンビの身体は消耗品だ。運転という高度な作業は、ゾンビ中年の身体に大きな負担を与えていた。 それでなくても、トラックの蒸気エンジンを動かすには燃料と水が必要だ。それらは無限には続かない。いつか終わりが来る。 63
2016-04-11 17:42:00_車体に組み込まれたシリンダーの中に、魔法の形で水と燃料は格納されている。現物にすると、車体より大きい水タンクと燃料タンクが必要だ。それが魔法で圧縮することにより、エンジンの大きさにしてはコンパクトな車体に納まっている。 それらを全て消費して、立ち止まるときがくる。 64
2016-04-11 17:47:10_3連結された蒸気式発動機は、唸りを上げて燃料と水を消費し、車体後部の排気管から排ガスと余剰蒸気を排出して進む。 レックウィルはメーターを見た。水はかなり余裕があるが、燃料はというともうすぐなくなるところであった。走りすぎたのだ。 65
2016-04-11 17:53:45「ここはいい道だろう。ドライブには最適さ。信号で止まったりしないし、ぐるぐる回ると景色もがらりと変わってさ」 「ああ、サイコーだぜ。しかも、今日はやけに空いてやがる」 ゾンビの右目が零れ落ちた。肉体が崩壊に向かっている。 66
2016-04-11 17:59:07_死んだ肉体を動かすことは、大きな負担となる。体内バランスはめちゃくちゃだし、短い間隔で休憩させないといけない。死後労働の環境はゾンビのために作られ、バックアップやメンテも行われるので、1週間は働ける。 すでにこの中年は8時間も運転を続けていた。限界が近づく。 67
2016-04-11 18:06:33「永遠に……走りたいな」 「ああ」 崩壊する肉体、尽きかけた燃料。そのすべてが、終わりを暗示する。レックウィルはゾンビ中年の横顔を見た。そのタプタプの頬は、笑顔で輝く。 「俺は永遠に吹きすさぶ風になりたかった」 68
2016-04-11 18:15:54「終わりが来るとしても、今この瞬間、俺は風になれた……そうだろう?」 「そうとも、お前は風だ」 レックウィルはハザードランプを点灯させた。燃料がつき、ゆっくりとスピードを落とすトラック。 69
2016-04-11 18:22:44「お前は……天国へ向かって駆け上る風だよ」 路肩にもたれ込むように、トラックは止まった。ゾンビはシートベルトに身を預けたまま微動だにしない。 レックウィルは、最後に事件終了の無線電信を送った。 70
2016-04-11 18:27:19【用語解説】 【蒸気機関】 この世界にも内燃機関は存在するが、一般に普及はしていない。ガスや石油スライムから生まれる燃料の強い腐食性を防ぐ耐腐食性金属が非常にもろく、大型化するからである。一方、沸騰の呪文という燃料と、お湯の呪文という水をコンパクトに収められる蒸気機関が発達した
2016-04-11 18:49:45