化石発掘家になる夢をあきらめ自殺した男の独白 12
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「僕はね、もはや映画を見るだけの人間なんだ。映画を見ている瞬間だけ、かろうじて生存が確認されるだけの蜃気楼のごとき存在が僕なのだよ。その僕から、映画を取り上げるだなんてあんまりではないか。それも生涯最後の夜に、人生の総決算として鑑賞しようとしていた映画だったのだ。
2016-04-17 07:11:18奴め。たかがバイトの癖して。どうせマイナー映画館なものだから客もほとんど尋ねて来ぬのをいいことに、空いた大半の時間をゲームや メール、学校の課題に費やせるだろうと、それが目当てで勤めている女学生か何かに違いないのだ。
2016-04-17 07:12:02映画に対する興味、まして愛など微塵も所有していないだろ う糞餓鬼の気まぐれで、僕の映画人生のラストが乱されることなど許せるわけもない。そんなことならその映画はもう見ないほうがましなのだ。だから僕はあえ てボイコットしたのだ。
2016-04-17 07:12:29特別な夜には映画を見るという、それまでも幾度となく守り続けてきた自分の中での聖なる儀式をね」 「ふふ」 「ふふ!?」 「いえ」 喫茶店娘は零れ落ちた意味深な笑みを慌ててコーヒーで飲み下す。それが自然な感情の発露かはたまた謀略的な表現であったのか怪獣男は今一判断に迷う。
2016-04-17 07:13:50「じゃあ結局見なかったのですね?その映画」 「いや実をいうとそれが見たのだ。ただし、別な映画館での話だがね。幸か不幸かそこから地下鉄で3駅先にある別な繁華街でも同じ映画を上映しているシアタールームがあるとの情報をネットで得てね。そのときばかりはさすがに大都会だと感心したよ。
2016-04-17 07:15:00僕のホームタウンであるこの田舎町などでは未来永劫上映などされないであろうその映画を、同時に2軒ものシアターが取り扱ってくれていたのだか ら、つくづく都会へは出てくるものだと恐れ入った。それもこれも、自殺行へ踏み切ったおかげなのだから、
2016-04-17 07:15:23もはや再起の目処も立たないようならば一度自分を 殺してみるというのは実に賢明な手立てだと思い知らされたよ。実際その映画はそれは人生のフィナーレを飾るにふさわしく、強烈なインパクトを残してくれた。
2016-04-17 07:16:48僕の中における怪獣映画というものの概念を根底から覆し、デジカメ一台さえあればそれはあくまで僕のような貧乏人にも作成可能なものであるという事実 を教示してくれたわけなのだからね」 「ちょっと待ってください」 喫茶店娘は平手を差し出し、怪獣男の話をさえぎった。
2016-04-17 07:17:05「それではなんですか?その時見た映画がさっきの『FX』だったのですか?」 「いかにもそうだね」 「あなたはその映画を見たとき、お金がなくてパラオに行きたくてもいけない状態にあったと自ら語っていたではないですか?」 「いかにもそうだね」
2016-04-17 07:17:45「パラオにはいけないのにサハリンにはいける、しかも衝動的に繰り出せるというのは一体どういうことなのよ?」 「わかってないね君は」 怪獣男はせせら笑った。
2016-04-17 07:18:30「僕にとってのパラオは機会があればいつか尋ねてみたい観光地でしかない。目的が遊びとあらば、財布の紐もそれ相応に硬くはなるさ。それに対してサハリンのほうはといえば、輪廻転生の果て、自らの終焉の場に選んだ死地なのだからね。
2016-04-17 07:20:54人生において間違いなく最重要の行事に赴くとなれば、当然引き出しの位置も変わってくる。人間というものには、たとえそれがどんな底辺だろうが、財務破綻者であろうが、最後の最後に使うことのできる命金みたいなものはあるのだよ。
2016-04-17 07:21:52当日、僕はそれをつかみ出したわけだ」 「また借金ですか?自殺するにも金貸し業者の手を煩わせたのですね、どこまで子供なのですあなたは?」
2016-04-17 07:22:38