フォア・ザ・ブルースカイ #3

ナイフ回
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劉度 @arther456

(これからSSを投下します。TLに長文が投下されますので、気になる方はリムーブ・ミュートなどお気軽にどうぞ。感想・実況などは #ryudo_ss をお使いいただけると大変ありがたいです。忙しい方はtogetterまとめ版をどうぞ。それでは暫くの間、お付き合い下さい)

2016-04-23 20:31:07
劉度 @arther456

【フォア・ザ・ブルースカイ】#3

2016-04-23 20:32:08
劉度 @arther456

10年以上前、ロシア南西部の小さな村が正規軍によって攻め滅ぼされた。反政府ゲリラが、その村を拠点としていたからだ。彼はそこで、少年少女に訓練を施し、兵士に仕立てあげる教官だった。そうなった過程を、彼が誰かに語ったことはない。ただ、事実だけがよく知られている。1

2016-04-23 20:33:05
劉度 @arther456

「……人違いだ」思い出したくない過去を抉られ、一瞬言葉に詰まった彼だったが、すぐに気を取り直した。彼女の顔に見覚えはない。それに10年以上前の話だ。目の前にいる少女は、明らかに年齢が違う。デタラメだ。だが、不知火は食い下がる。「違いません。教官の顔ははっきり覚えています」2

2016-04-23 20:36:01
劉度 @arther456

「人違いだ」もう一度告げてから、彼は踏み込んだ。不知火の手首にナイフを振り下ろす。不知火は腕を引いて避ける。もう一歩踏み込み、左拳を放つ。不知火は上体を反らせてこれも回避、そこからサイドステップで彼の側面に回りこんだ。追って旋回する彼の足元に、不知火が強烈な足払いを放つ!3

2016-04-23 20:39:01
劉度 @arther456

彼は不知火の動きが見えていた。重心をずらして足払いを受ける。そうすれば、転ぶどころが微動だにもしない。しかし、不知火は同時に彼の服の裾を掴んでいた。傾いた重心を落とすように、裾を勢い良く引く。「ッ!?」別方向からの力に、彼の体は対応できなかった。床に転ばされる。4

2016-04-23 20:42:04
劉度 @arther456

すぐに起き上がろうとしたが、その前に不知火にマウントを取られた。首にナイフが振り下ろされる。喉に刃が突き刺さる前に、自分のナイフで不知火の刃を受け止めた。「……なるほど」気を緩めれば喉を抉られる体勢でも、彼の声は平静だった。「納得しましたか」「ああ。俺が教えた技だ」5

2016-04-23 20:45:02
劉度 @arther456

体格で劣る子どもが、大人を引き倒すための技。彼があの村で子どもたちのために考え、教えた動き。体得できたのは、あの村でも一人だけだった。ならば、不知火があの少女だと認めるしかない。「艦娘になったら顔が変わって、歳も取らなくなるのか?」「そういうこともあります」6

2016-04-23 20:48:03
劉度 @arther456

不知火の顔に陰が落ちる。だが、ナイフを押しこむ手は緩まない。そんな少女の有り様に、彼は昔を思い出した。「俺が最後に言った言葉、覚えてるか」「ええ。先の事は自分で考えろと」「考えて、まだ戦場にいるのか?」「ええ、提督が私のことを、認めてくれましたから」少女の瞳に曇りはない。7

2016-04-23 20:51:09
劉度 @arther456

ナイフに全体重がかけられる。支える腕が震え始めた。「一度だけ聞きます。狙いは提督ですか?」「……そうだ」彼は正直に答えた。嘘をついたところで、信じてもらえる訳がない。「分かりました。申し訳ありませんが、ここで止めさせていただきます」片手をナイフから放し、少女は拳を握りしめる。8

2016-04-23 20:54:04
劉度 @arther456

握り拳が彼の顔に振り下ろされた。一瞬でも怯ませればナイフを押し込めると、少女は思ったのだろう。だが、彼はこれを待っていた。首をひねって拳を避け、膝と太腿で少女の体を押し退ける!「ッ!?」殴るために体重を前に傾けすぎていた少女は、彼の上から転げ落ちた。9

2016-04-23 20:57:07
劉度 @arther456

二人ともすぐに起き上がり、ナイフを構えた。仕切りなおしである。彼はナイフを順手で持つ。一方、少女は逆手。彼は数度のフェイントの後、鋭い突きを繰り出した。少女はそれをナイフで受け流す。更に連続の突き。いずれも牽制。少女は捌き、避け、時には突き出された腕を狙う。10

2016-04-23 21:00:16
劉度 @arther456

刃を強く振り払った少女は、反撃に出た。逆手のナイフから繰り出されるのは、縦横無尽の斬撃。彼は少しずつ後ろに下がり、ナイフを避ける。壁に背がつく時間を、0.1秒でも伸ばすために。逆に少女は、追い込む前に決着をつけようと、更に深く踏み込んで刃を振るう!11

2016-04-23 21:03:06
劉度 @arther456

その一閃は早計だった。彼は素早く少女の右手首を掴む。「ッ!」刃が彼の首筋数cm前で止まる。同時に右手のナイフを少女の右肩へ突き出す!だが、その前に少女は彼の右手を払い、手首を掴む左手とまとめて抑えこんだ。両腕をとられた彼が繰り出したのは、足払い!12

2016-04-23 21:06:09
劉度 @arther456

「くっ!?」今度は少女が倒れた。追い打ちのナイフを転がって回避、回転の勢いを利用してブレイクダンスめいた蹴りを放ち牽制、全身のバネを器用に使って、隙なく膝立ちになる。飛びかかろうとした彼は、しかし踏みとどまった。ナイフで斬りつけるには、少女の位置が低すぎる。13

2016-04-23 21:09:06
劉度 @arther456

互いに静止状態。うかつに相手の高さに飛び込めば返り討ちだ。手招きをする少女には応じず、彼はゆっくりと回りこんで隙を窺う。先に動いたのは少女の方。短距離走のスタートのように、曲げた膝のバネを全開にして飛びかかる!地面スレスレから迫る刃の軌道が跳ね上がり、彼の脇腹を狙う!14

2016-04-23 21:12:07
劉度 @arther456

彼はこれをサイドステップで回避、だが、何かに阻まれる。廊下に置かれたサイドテーブル。気付いた時、少女は既に懐。狙っていたのか。刃が煌めく。ギィン!刃と刃が噛み付き合うけたたましい音。間一髪、彼は自分のナイフで斬撃を受け止めた。だが同時に、少女は左手でアッパーを放っていた。15

2016-04-23 21:15:04
劉度 @arther456

脳を揺らす一撃。視界がぶれ、意識が飛びかける。こうなった時に生き残る術を、彼は体に染み込ませている。無様にふらつきなが少女から離れる。ナイフを構えながら後ろ歩きで、脅威から距離を取る。少女は追いかすがり、斬撃を放つが、下がり続ける彼に与える傷は、どれも浅い。16

2016-04-23 21:18:04
劉度 @arther456

5秒逃げた。彼の廊下の壁に背中がぶつかる。同時に意識を引き戻した。追い詰めた少女が、押し付けるような斬撃を放つ!彼はナイフで受け止め、少女の胴を蹴り飛ばす!「ぐうっ!」吹き飛ばされる不知火。彼は壁から離れ、少女から離れる。「……疾くなったな」かつての訓練を思い出す。17

2016-04-23 21:21:02
劉度 @arther456

あの頃から少女は、いや、不知火の技には目を見張るスピードがあった。あれから十年が経っている。少女は実践の中で技を磨き、彼は歳をとった。彼はその事実をようやく飲み込んだ。「加減のできる相手じゃない、か」ナイフを構える。突きのための順手ではなく、斬りつけるための逆手で。18

2016-04-23 21:24:03
劉度 @arther456

不知火が斬り込んだ。額、肩、胴へのS字の斬撃。彼は上体を逸らし、刃で防ぎ、一歩引いて全て防いだ上で、戻ろうとした不知火の腕を浅く斬った。痛みを物ともせず、不知火は顔を狙った次の連撃を放つ。これをいずれも躱し、肩を斬りつける。踏み込みはしない。反撃を受けない、ギリギリの間合い。19

2016-04-23 21:27:02
劉度 @arther456

次々と繰り出される斬撃を、彼は丁寧に捌いていく。そして、致命傷には至らないカウンター。体の傷が10を超せば、焦れない相手はいない。大技を誘う。だが、不知火が放ったのは鋭いローキックだった。「ッ!?」ナイフの動きに集中しすぎていた彼は、奇襲にバランスを崩した。20

2016-04-23 21:30:09
劉度 @arther456

彼はこの技を知っている。自分の技だからだ。不知火のナイフが心臓に迫る。防御は間に合わない。崩れたバランスに逆らわず、地面に倒れこんだ。転がりながら起き上がる、大きな隙に不知火が彼の肩にナイフを――。「……?」覚悟していた痛みが来ない。無傷のまま、彼は立ち上がった。21

2016-04-23 21:33:06
劉度 @arther456

その時、不知火は構えを取り直していた。先ほどのトドメの一撃で、バランスを崩していたようだ。その様子を彼は訝しんだ後、気付いた。「……そうか。それか」「やはり、教官には通じませんか」「いや、通じる」だが、不知火はかつて見せた動きを真似ているだけだ。この技の意味を知らない。22

2016-04-23 21:36:03