放浪王子の竜退治#1 革命の後◆1
_北方の小国で革命が起きた。贅の限りを尽くした国王は捕らえられ、街中で公開処刑となる。王政は打破され、民衆の政府ができた。魔法使いの属する魔法院と、市民の属する民衆院の二院制政府で、人々は手放しで喜び祝福した。 国王には18になる王子がいる。今回は彼の話である。 1
2016-05-25 17:21:31_王子は処刑の場にいた。特等席で父の死ぬ姿を見ていた。国王が最後に言った言葉は、王子の中に深く刻み込まれる。 「我が人生に悔いなどない!」 王子の人生には、悔いしかなかった。死にゆく父が羨ましくさえ思える。落ちた首は、誇らしげに笑っていた。 2
2016-05-25 17:26:19_そして、処刑から1週間が過ぎた。馬に乗って荒野を進む王子。誰もいない、草もほとんど生えない、石ころだらけの平野。風は冷たく、ボロボロのマントを被る王子に吹き付けていた。 「悔いは、どうやって消せるんだろう」 いまだに父王の言葉は頭の中に残り続けている。 3
2016-05-25 17:31:50_王族はみな追放され、王子もまた、当てのない旅に出ざるを得なかった。最低限の旅行装備と、護身用のナイフだけ。食料はたったの3日分。 故郷から東に北壁山脈を目指していた。王子の左から進行方向へ向かって斜めに、巨大な山脈が遠く壁のように立ちはだかっている。これが北壁山脈だ。 4
2016-05-25 17:37:09_灰色の空の下、青く銀に輝く氷河の山脈。荒野にはいくつも雪解け水の地下水からなる小川が流れており、馬の足を濡らした。猛禽が空の上で弧を描いて飛んでいる。 「餌はあるのか……いや、鳥の餌より自分の餌の心配だな」 まずは村を見つけ、労働の対価に金を貰うしかない。 5
2016-05-25 17:42:11_これからのことを考えながら馬を歩かせていると、その足音が増えたことに気付いた。誰かが後ろから追いかけてくる。ゆっくりとした速度で、のんびりと。 振り返る王子。後ろには、馬に乗ったマント姿の小柄な旅人が見える。 「やぁ! あなたも旅人かい?」 6
2016-05-25 17:47:09_王子は馬の足を止めて旅人を待った。暗殺者かもしれないが、何の価値もない王子をわざわざ高い依頼料を支払って殺すものもいないだろうと考えた。 「同行させてください。女の一人旅は不安なので」 なるほど、旅人は小柄な女性であった。 7
2016-05-25 17:51:06「名乗るのが先でしたね。わたくしはリミアイ」 「よろしくリミアイ。たぶん僕のことはもう知っていると思うけど……」 「もちろんご存知ですとも。王子様♪」 二人は馬を並ばせて荒野を歩く。曇り空はいつしか晴れ、巨大な積雲シルフが風を吹きながら二人の頭上を通り抜けた。 8
2016-05-25 17:55:38_同郷の者というのは服装や訛りですぐに分かる。 「いいのかい、僕は悪逆非道の王族だよ」 冗談めかして言うと、リミアイもまた笑って返した。 「大丈夫ですよ。これでも剣の腕には自信があります」 そう言ってマントをめくって、腰の馬上剣を見せた。柄には不思議な印章が彫られている。 9
2016-05-25 17:59:06_王子はその印章をどこかで見た気がしたが、思い出せなかった。 「俺だってちょっとは自信がある。なにせ、これから猛獣を倒しに行くんだからね」 「猛獣というと?」 リミアイは不思議そうに尋ねる。王子は武器も鎧も持っていない。王子はにやりと笑って言った。 「竜退治だよ」 10
2016-05-25 18:03:20【用語解説】 【積雲シルフ】 地球で言う綿雲のことであるが、水の粒子の集まりでもあると同時に、シルフという生き物の一種である。外観は綿雲に似ていて、大きな顔の形を雲が象る。綿雲同様毎日のように見られるシルフであり、凶暴なクラウドシルフと違って優しく、風を吹くだけである
2016-05-25 18:08:35