第5話「変貌」パート3

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白樺活性炭濾過物 @bookmark_vodka

5-3-24「人は…体が資本とはよく言うが、そうとも言えん。心が滅茶苦茶になってしまえば体もボロボロだ…中途半端に混濁を起こしてここに来た艦娘達は、総じてふとした時に何かを『トリガー』として酷く狂い出し…」 言葉が途切れる。 その後、助けたかった、と呟いたように聞こえた。

2016-05-27 22:00:10
白樺活性炭濾過物 @bookmark_vodka

5-3-25「そんな事を何度も繰り返していたから、私達は貴方もそうなってしまうんじゃないかと気が気じゃなかったの」 黙っていた扶桑さんが初めて口を開き、代わりに応える。 「私達の言った何が引き金となって、同じ道を辿らせてしまうかも分からない。だから、慎重にならざるを得なかったわ」

2016-05-27 22:01:18
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5-3-26 扶桑さんがポケットから小さな注射器のようなものを取り出す。 「もし兆候が見られたら…直ぐにでも沈静化させる準備はしてた。貴方は大丈夫だったみたいだけどね」 ここまでの話を聞いてふと思う。 「…そういえば、司令官 何故私にはこの話をしても大丈夫だと思ったのですか?」

2016-05-27 22:01:40
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5-3-27「君は…さっき私に『家族』の話をした。真っ直ぐな、曇りの無い目で…」 司令官が、此方を真っ直ぐに見つめながら言う。 「今までここで朽ちていった者達はみな『艦娘』としての意識と、『人』としての元の自分の混在、両者が両者を蝕もうとするのに耐えられなかったのだ」

2016-05-27 22:02:25
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5-3-28「これがここに送り込まれてくる者達の大抵の死因だ。簡単に言えば、2人分の心が1人分しか生存出来ない所に押し込められた結果としてお互いに殺し合いをしてしまう状況だ。『当人達』が望む望まざるに関わらず、ひとたび安定が崩れてしまえば一気に命が削り取られていってしまう」

2016-05-27 22:02:50
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5-3-29「だが君は、二人分の記憶と意識を驚くほど安定した状態で持ち合わせ、『綾波』の体で有りながら『綾香』としての意識を全面に出しても負担が殆ど無いように見える…そうでなければ、あれほど怒りの籠った表情で『綾香』としての自分の家族の話を切り出す事は出来ないだろう」

2016-05-27 22:03:30
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5-3-30 そういうものなのか自身に自覚はなかったが、自分がどうやら更にイレギュラーな存在である事は何となく理解できた。 「…そして、家族の話だが」 ぴくっ、と 一瞬顔が強ばる。 「聞いた話を統合して考えると、海軍に捕らわれたのは間違いないだろう。問題はその理由なのだが」

2016-05-27 22:03:57
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5-3-31「君から聞いた不可思議な石の話と、君が艦娘になるに至った理由が非常に引っかかる。話を聞いている限りでは、君はおよそ1日の間その石を所持していただけだ。私が研究に携わった当初のやり方や、これまでに送られてきた艦娘に施されていた処置とは明らかに異なっている…」

2016-05-27 22:04:33
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5-3-32 司令官は席から立ちあがると、本棚から一冊のファイルを取り出してめくり始めた。 「艤装型にしろ何にしろ、これまでの例から言えば対象の体そのものにアプローチをかけてやる必要があったハズだ。注入、移植、吸収、付加、培養…あぁ、脳をそのまま挿げ替えようとした例もあったな…」

2016-05-27 22:04:57
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5-3-33 胸糞悪い、とばかりに司令官は乱暴にファイルを閉じた。 「『第肆型』…私が最初に立ち合った頃が『第壱型』だが…まさか、触れたり周りに居ただけでも変化を起こせるとでも言うのか?だとすれば両親や兄弟にも影響が及んだことを察して監視下に置いた、とは考えられるが…」

2016-05-27 22:05:14
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5-3-34 …もしそうなら、やっぱり周りを巻き込んでしまったのは私のせいだ。またしても胃が鉛のように重くなる。 「それに、仮にそうだとしても大きな疑問がある。そもそも何故そんなとてつもない危険物、且つ最高機密なものが田舎町の浜辺に無造作に転がっている?一体何があったのだ…」

2016-05-27 22:06:09
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5-3-35 周りを巻き込んで…周りを? その時、恐ろしいことに気が付いた。 「私…あの石を学校に持って行っちゃった!?」 「何だと?」 最悪の展開ばかりが頭に浮かぶ。 「そうだったら、皆…皆も!?私…!」 「落ち着いて、綾香ちゃん!そうだとまだ決まった訳じゃないわ!」

2016-05-27 22:06:53
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5-3-36「その通りだ。これはもう完全に憶測の域ではあるが…本当に周りにまで影響が及ぶとすれば、軍も最初から問答無用でご両親を捕えたのではないか?君の話では、客間での会話の途中で突然男が態度を変えたと…それは、両親にも効果が及んでいる事が会話の中で判明して焦ったのではないか?」

2016-05-27 22:07:15
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5-3-37 「っ…」 口にしているように、司令官の言っている事は憶測でしかない。だが、今はその憶測に縋るしかない事が歯痒くて仕方がなかった。 「…ここまでを加味して家族の安否についてだが、綾香君がこうである以上『艦娘化』は遅かれ早かれ始まってしまうのではないだろうか」

2016-05-27 22:07:58
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5-3-38「そして、残念ながらその後の事までは分からない…変化が無事に終了したならば、どこかの鎮守府に戦力として投入される というのが大いに有り得る話だ」 …自分があの石でこうなったのではないかと考えた時から、自分でも嫌な予想はしていた。やり場のない怒りと後悔が胸に満ちてくる…

2016-05-27 22:08:09
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5-3-39 ここで全員が黙り、話は途切れた。扶桑さんと司令官は何かをずっと考えている様子で、私は心中の負の感情と戦いながら、僅かな時間に流れ込んできた、到底頭が追い付かないほどの事実の数々を飲み込もうと必死だった。 それから暫く沈黙が続き…最初に口を開いたのは司令官だった。

2016-05-27 22:09:08
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5-3-40「…吐く物は吐いた、と思う。君にとってはあまり満足がいくものでは無かったかもしれないが、どうか許してほしい。ここに閉じ込められてより、外からの情報は殆ど入って来なくなってしまったからな…」 司令官が申し訳なさそうに言う。 「そして、今度は君に一つ問いたい事がある」

2016-05-27 22:09:41
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5-3-41「この話を聞いて、君はこれから『どうしたい?』」 今までで一番強い眼差しを送り、司令官は問いかけた。 「…」 「艦娘として生きても良いし、人として生きても良い、と私は思う。戦いたくなければ戦わなくとも良いし、軍を憎んでくれても、私を憎んでくれても構わない」

2016-05-27 22:10:13
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5-3-42「或いはここから去る…としても、私は止めない。その場合についてはあまりサポートはしてやれないかもしれないが…」 ここまで話すと、司令官は執務机へと戻っていった。 「…ともかく、君には選ぶ権利が十分にある、と私は思う。それだけ重たいものを、君は一気に背負わされたのだ」

2016-05-27 22:10:57
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5-3-43「…ゆっくり考えて良いのよ。提督だって、直ぐの返答を迫っている訳じゃないから」 扶桑さんも、最後に私に微笑みかけると、執務室から出て行った。 … 執務室のソファーでずっと留まっている私に、司令官はそれ以上何も言わなかった。遠くで工廠から響く音だけが空間を支配していた。

2016-05-27 22:11:26
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5-3-44 窓の外の日はすっかり夕日に変わり、執務室に影を落としていた。 「…司令官」 あれからどの位の時間が経過したのか。私の発した声が遂に静寂を破った。 「もういいのか」 目線は手元の書類に落としたまま、司令官が声に応える。 私もソファーから立ち上がり、執務机の前に立つ。

2016-05-27 22:11:59
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5-3-45「答えを聴こうか」 手を止め、先程と同じ強い目で司令官が此方を見つめる。 「…どうしたいのか分かりません」 「ふむ、しかしそれでは答えにならないのではないか?」 …一旦目を閉じて深呼吸すると、思った事を思ったまま口から出す。 「人体実験を行った海軍は許せません」

2016-05-27 22:12:38
白樺活性炭濾過物 @bookmark_vodka

5-3-46「私の周りに居た人達の事も気になります。正直直ぐにでもここを飛び出して会いに行きたい位です。人としての自分を失うつもりはありません」 「では…」 「…ですが、艦娘としての自分も失いたくありません。深海棲艦が全ての元凶ならば、私にしか出来ない事もきっとあるでしょう」

2016-05-27 22:13:01
白樺活性炭濾過物 @bookmark_vodka

5-3-47「この姿から元に戻れないということも、今の私には受け入れる事しか出来ません。それに、折角私の命を拾ってくれた『わたし』を無下にする事も出来ません。1人では何も出来ない事位も分かります。それならば…」 「それならば?」 「私は、私の命を司令官…貴方に預けようと思います」

2016-05-27 22:13:49
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5-3-48「ほう?君は自分の命を牢獄に捕らわれたこんな下らない男に預けて言いなりになろうと言うのか。それはまた何故だ?」 「貴方が、本当はこの先の事をまだ何も諦めてなどいないからです」 『呆れた』という様な調子で語っていた司令官の顔が、一瞬で虚をつかれたという表情に変わった。

2016-05-27 22:14:19