- love_suzume
- 3319
- 0
- 0
- 0
1. 「店長、いいんですか?今日早番だったのに」 ちっこい事務所のちっこい時計はもう、23時半を回った。 「んー、まあよくあることやしな」 「みんな村上さんに甘えすぎだと思う」 彼女はむぅって頬を膨らませた。
2016-05-21 22:06:342. うちのファミレスのバイトのひとりが突然シフトドタキャンして、その穴埋めで結局夜まで...。 こんなん慣れすぎてもう腹も立たんわ。 「誰か来週水曜遅番入れへんかなぁ...」 穴だらけのシフト表見て、ぼやいた。 「来週みんな試験だし、どうですかね」
2016-05-21 22:06:573. 大学生ってのは、やれ試験だ帰省だ旅行だ留学だ就活だボランティアだってとにかくよー休む。 そしてまぁとにかくすぐやめる。 あてにならんことこの上ない。 今俺にグチグチ言うてるこの子やって、就職決まった四年生で、就職先で研修兼ねたバイトが始まるって今月末でさよならやし。
2016-05-21 22:07:074. 「で、何?なんかあるんやろ、話」 出来るだけさらっと聞いてみる。 さっき、営業時間中に呼び止められた。 「後でいいですか?」って。 「その、この間のお客さんのことなんですけど...」 気持ち悪い客がいる、そう報告があったのは二週間前のこと。
2016-05-21 22:07:225. 男は週に一回くらい、だいたい夜のピークが終わる頃に来るらしい。 で、来た瞬間から帰るまでずっと、この子のことじーっと見てる、らしい。 「見てるだけやろ?そんなんこっちなんもできんやん」 「だって!嫌なんです。たまにニヤニヤしてスマホになんか書き込んでるし、色白だし」
2016-05-21 22:07:516. ...色白関係ないやんけ。 「今日なんて、お釣り渡すとき手握ってきたんですよ!もう、ほんと無理です怖い」 正直なとこ、そんくらい我慢せえ!って思うけど。 「...今度そいつ来たら俺接客するから呼んで。おらんかったら別のヤツに代わってもらえ、な」
2016-05-21 22:08:047. 出来るだけ優しく言うたら、彼女はやっと落ち着いたようだった。 「そうだ。店長、ほんとに来ないんですか?来週」 バイトたちで定期的にやってるらしい飲み会、毎回声かけてくれるけど、一回も行ったことはない。 バイトと仲良くなりすぎないこと。 本社からも言われてる。
2016-05-21 22:08:188. 舐められたらあかんし、何より...。 恋愛沙汰に巻き込まれんようにって。 それで失敗したヤツら山ほど知ってる。 「一応、送別会兼ねてるんですけど...私の...」 そらそこそこ長く生きてるし、こんくらいの年の子らと関わるようになってだいぶ経つし、だいたいわかるやん。
2016-05-21 22:08:309. こいつこの子のこと好きなんやなとか、こいつら別れたんやなとか...。 この子、俺のこと好きなんちゃうかなとか。 「たまにはいいじゃないですか、顔出すだけ!」 そういうセンサー?が働くようになったんは自衛の意味もあるんやと思う。
2016-05-21 22:08:4310. 面倒なことにならんように。 機嫌損ねて辞められないように。 核心に触れさせない。 告白させない。 のらりくらり、かわす。 ズルいなぁ思うけど、俺にも生活あるし。 「おっちゃんもな、いろいろ忙しいねん。若もんだけで飲んだ方が気ぃ使わんしええやろ」
2016-05-21 22:08:5211. ちらっと伺うと、不満そうな顔で名札をいじくってる。 「なんやねん」 「...私、結構バイトがんばってたつもりなんですけど...。店長にとってはそんなもんだったんですね」 あーあーあー。 ...めんどくさ。 「あのな、一回行ってもーたらこれからずーっとになんねん」
2016-05-21 22:09:1512. 「ずーっと行けばいいじゃん」 「そんな暇ちゃうわ」 彼女は仏頂面になったけど、あきらめたようだった。 「...あれ...やっぱり今日、なんかあったんじゃないんですか?」 壁のカレンダーの今日の日付...ボールペンで丸く囲ったとこ指差してる。
2016-05-21 22:09:2113. 「もしかして...奥さんの誕生日とか...?」 ...ったく...。 女っちゅーのはなんでそういうカンだけは鋭いんやろ。 最近ゆっくり話せてないし、たまには...って思ってなんとか調整して早番にして、近所の有名なケーキ屋にバースデーケーキオーダーしてた。
2016-05-21 22:09:3714. 「え、奥さん待ってるんじゃないんですか?早く帰った方が...」 「どうせそうなると思ったーってわろてたで、さっき」 それに......。 「...家庭訪問やねんて、明日。今ごろ必死で掃除してんちゃうか」 なんて答えていいのかわからない、って顔で、目を逸らした。
2016-05-21 22:09:4915. 「そんなもんやで、結婚してもう7年...8年か。結婚記念日とかも下手すりゃ忘れるしな」 なんの自慢にもならん。 そんなことは百も承知。 「......私は...」 「...うん」
2016-05-21 22:10:3016. 「毎年誕生日はプレゼント贈りあって、結婚記念日は休み合わせて旅行とか、子供できたら親に預けてちょっと高いディナーとか、そういうこと進んでしてくれる人がいいです」 俺もな、そうしようと思っててんで、昔は。 なんやろな。 理想と現実...ってほど大げさちゃうけど。
2016-05-21 22:10:4917. 例えば...。 二十歳そこそこの俺が今の姿見たらなんて言うんやろ。 毎日若者と働いてると、ついそんなこと、考えないわけじゃない。 .................。
2016-05-21 22:10:5618. この子だけちゃうねん。 バイトの子はいっくら一生懸命やってくれたって、どんなに俺のこと慕ってくれたって、卒業したら辞めていく。 そこそこの会社に入って、すぐに俺より稼ぐようになる。 そんで、すぐに気づく。 “店長”だったあの男、たいしたヤツじゃなかったんだって。
2016-05-21 22:11:0619. ファミレスの店長なんて、誰にでもできるカンタンなお仕事だって。 「...ほい、じゃあ終わり!帰んで」 彼女は釈然としない顔やったけど、背すじを伸ばした。 「鍵閉めてくるから、俺の車の前で待っとけ」 「.........え...?」
2016-05-21 22:11:1820. 「...送別会、行かれへんから...代わりにどっか行きたいとこ連れてったる」 「...今...から...ですか...?」 もうすぐきっと、俺のことも、この店のことも思い出になる。 いつか、思い出すこともなくなる。
2016-05-21 22:11:2321. 忙しく流れていくこの子の今に、少し爪痕を残してみたい、なんて...。 「...どこ行くか考えとけ」 やっぱり、ズルいな、俺。
2016-05-21 22:11:30