怪異としてのしおい

タイトル通り
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洲央 @laurassuoh

しおいの訪れを感じつつ、まだ肌寒い夜に夏の焼ける砂を思い出す

2016-06-03 01:46:10
洲央 @laurassuoh

懐かしい潮の匂い、温かな海風に乗ってやってくるしおいの呼ぶ声……

2016-06-03 01:46:45
洲央 @laurassuoh

ちょうど街灯の少ない路地に差し掛かってからだろうか。後ろから、こちらの歩くのに合わせて着いてくる足音がするのだ。歩幅を縮めてみたり、速く歩いてみたりすると、それに合わせて足音も小刻みになったり駆け足になったりする。しかし、"それ"は確実に後ろにいるはずなのに、気配がないのである。

2016-06-03 15:26:25
洲央 @laurassuoh

何度か振り返ってみたが、コンクリート塀に囲まれた普通の道路があるだけで人っ子一人いない。大学の正門前で友達と別れる時に「夏の足音がするな」などと話したことが、何かの引き金にでもなったのだろうか。いや、そんなわけない。怪異など迷信だ。そう分かってはいても歩き始めるとまた聞こえる。

2016-06-03 15:28:40
洲央 @laurassuoh

6月のむしむしした夜のせいか次第に変な汗まで出てきてシャツが肌に張り付いた。このまま家についてしまっては、家の中にまで得体の知れない”それ”が着いてきてしまうような気がして、例えば鏡を見てそれが自分の背後に立ってなどいたらきっと発狂してしまうだろうから、意を決して立ち止まる。

2016-06-03 15:32:05
洲央 @laurassuoh

「誰なんだ!」 自分でも信じられないくらいの大声が出た。それほど切羽詰っていたのだろう。あるいは自分の一日で唯一リラックスできるのがこの夜の散歩のような帰路であるため、それを邪魔されて思った以上にイラついていたのかもしれない。 「さっきから……」

2016-06-03 15:35:54
洲央 @laurassuoh

隠れていないで出て来いと、怒りにまかせて続けようとしたが背後の気配に変化があったため咄嗟に言葉に詰まってしまった。急激に気温が上がったような気がする。それに、さっきまでなかった”それ”の気配が明確に立ち現れ、すぐ背後に立っているようにさえ感じた。首筋を生温かい風がじわりと撫でる。

2016-06-03 15:40:10
洲央 @laurassuoh

振り向いてはいけない。きっと恐ろしいものを見てしまう。嫌な予感が頭の中を駆け巡る。かと言ってこのまま走り出したところで”それ”が着いてきてしまっては埒が明かない。幽霊など信じていないが、背後の”それ”が放つ気配は明らかに尋常ではなく、じとじとした視線が闇の中からこちらを窺っている

2016-06-03 15:43:59
洲央 @laurassuoh

もはや振り向く以外どうしようもない。効くかどうかは分からないが、小さい頃に里山のお婆様に教わったあの方法を試してみる他ないだろう。それは山で見知らぬものに着けられているように感じてどうしても背後を確認しなければならない時に行う方法だ。

2016-06-03 15:48:27
洲央 @laurassuoh

なに、簡単な方法なのだが、左の肩越しに頭だけで振り返って背後を見る、というものだ。それは相手の本性を見ることができ、なおかつ相手にそれほど悟られないのだと言う。ただ、それはこちらから相手に接触していない場合で、先ほど声を上げてしまったからもはや通じるかは分からないのであるが。

2016-06-03 15:52:11
洲央 @laurassuoh

「……ままよ」 思い切りの良さだけは自分の数少ない長所である。もっともそれが裏目に出ることもまた多々あるのだが。いずれにせよ、この時私は正常な判断ができなくなっており、この湿っぽい空気と足音の存在が作り出した恐怖のせいなのだが、左肩越しにではなく、右肩越しに振り返ってしまったのだ

2016-06-03 15:56:03
洲央 @laurassuoh

「はぇ……」 鬼が出るか蛇が出るか、口裂け女でも切り裂きジャックでも、何でも来いと身構えていた私は、何とも間抜けな声を出していた。 そこにいたのはまだ小学生か中学生くらいの、小麦色に日焼けした1人の少女だったのである。 「ねぇ、私と遊ぼう?」 彼女は笑顔でそう言った。

2016-06-03 16:08:12
洲央 @laurassuoh

考えてみればずっと着けてきた足音は自分の足音の反響だったのかもしれないし、一人のものではなく偶々誰かが連続して横切っただけかもしれない。 どうしてそうするのか分からないが、この少女が私をずっと着けていたということも考えられる。いずれにせよ、怪異などやはりなかったのだ。

2016-06-03 16:11:08
洲央 @laurassuoh

私は胸を撫で下ろし、彼女に名前とどうして私と遊びたいのかと尋ねた。 「名前はしおいです! えっとね、私が一人で、お兄さんも一人だったから、二人で遊んだら楽しいかなって!」 無邪気な笑顔で少女、しおいは答えた。夜、見知らぬ男を着けてきて遊びたいと言い出すなど明らかにおかしい。

2016-06-03 16:13:29
洲央 @laurassuoh

おかしいのだが、私はどうしてかこの少女から悪意を読み取ることができなかった。いやむしろ、この少女は本当に遊びたいだけなのだと妙に納得したのだ。足音を真似たのだって遊びである。少女に対して性的な方面の気持ちは一切沸かなかった。私も、ただ少女と遊びたいとだけ思ったのである。

2016-06-03 16:15:22
洲央 @laurassuoh

「いいよ、遊ぼうか」 そう答えると、しおいは嬉しそうに私の手を握った。 今から思えば、左肩越しに振り返っていたら少女も私も”こんなこと”にはならなかったのだと思う。少女の本当の正体である××××を、あの時私が見抜いていれば。

2016-06-03 16:17:27
洲央 @laurassuoh

だが、少女に手を握られた私はそれまでの恐怖など一切忘れて一体全体どんな遊びをするのだろうというそれこそ少年のような気持ちを抱いていた。いや、違う。それは気持ちだけではなかった。少女の提案を受け入れた時から、まず周囲はジメジメした梅雨の夜ではなく、蝉たちの鳴く真夏の夜になっていた。

2016-06-03 16:21:34
洲央 @laurassuoh

そして私自身は、少女より大きいはずの自分の手が少女と同じかやや小さいくらいになっていて、目線も気がつけば少女と同じ高さになっていることを、ごく自然に受け入れていたのだ。つまり、私は少女、しおいと遊ぶと答えたその時から、少年の私に違和感なく変化していたのである。

2016-06-03 16:22:33