「二条通りに恋の夢」→「二条通りに恋の跡」→「迷いハザマの愛の声」で行こうと思いました 嘘つき三日月(仮)は「恋の夢」の一部かなぁ 「恋の跡」は書き直す予定。
2016-06-24 22:48:38大阪の陣で焼け残った強運の薙刀直シを見た美しいだけの刀はこう思った。あれに並び立ちたいと。友になりたいと。そうして彼の将軍に共に振るわれたかったと。だから思い込んだ。衣は足利の絹を。拵えは足利の宝剣を真似て。足利の引両紋を歪めて自らの月として。そうして足利の宝剣と「成った」。
2016-06-24 20:19:12何もなかった刀のつくもがみが青をまとい金を差し色としてその美しさを際立たせる。まるで魔法のような。だかしかしこれは鬼の変化に近いだろう。虚を実とし身に纏い、三日月宗近は目を開く。 そこにいたのは足利の宝剣にふさわしいたたずまいの刀のつくもがみ。何もなかった刀ではないのだ。
2016-06-24 20:23:03だから、だから。新たに自身に張り付けた物語を強固に思い込むには、虚を実にするには真実を混ぜなければ。それは目的とも一致する。 あの薙刀直シと仲良くならねば。 何、「ずっと共にいた」のだ。だからきっと大丈夫。無根拠な自信が歩みを軽くする。
2016-06-24 20:27:59天下人の一の箱どころか所持もされずに放り投げられた刀だけれど、「足利でずっと共にいた」のだ、「剣豪将軍に共に振るわれた」のだ、きっと仲良くなれるだろう。だってもう何もない、美しさと銘以外何もない刀ではないのだから。この姿ならきっと目を向けてくれる。一瞥にもされぬなど、きっとない。
2016-06-24 20:31:12健気に楽しそうに歩いていく足取りは軽く、新たに得た姿でぱたぱたと小走りで駆け出していく。心が浮わついて仕方がない。どこにいるのだろう。早く会いたい。会って無事を祝いたい。あんな農民あがりの天下人の所有から解放されて幸せだろう。骨喰。骨喰藤四郎。足利尊氏の愛刀よ。
2016-06-24 20:35:38追いすがる手を振り払って火の中に取り残されて、一息ついたのは安堵故だと自らでも思う。あの美しい刀だけは焼かれなくてよかったと思う。それは本当だ。ただ、あの刀は嘘をついていた。虚言癖かと思えば違う。話していて、ああ寂しかったのか、と思った。
2016-06-24 01:51:19物語が無い刀というのは世の中には五万とある。持ち主に使われない道具というのもまた五万とある。あれはそれが寂しかったのだろうと少し思った。どちらも持っていた俺には想像しかできないが。
2016-06-24 01:55:20だから人口に膾炙した「剣豪将軍」の物語を自身に張り付けて、必死に俺と仲良くしたがったのも嘘を真にしたかったからだろう。目的が透けて見えてもどうでもよかった。かわいらしい嘘ひとつどうして否定する必要がある。
2016-06-24 01:56:58けれど嘘は嘘だから、真実を知っている俺からすればやはり違和感はあった。だがそれだけだった。実直で人柄もよい青年だった。それは真実だった。けれど刀の付喪神として思うのは、結局栄華を誇ろうが愛されようが、壊れるときは壊れるということだ。そう今の焼けそうな己のように。
2016-06-24 01:58:37人のように愛し合って何になるのだろう。愛し合って信頼し合って幸福を祈っても殺し合わなければならなくなった兄弟を俺は知っている。物は壊れる人は死ぬ。運命は残酷だ。俺より古いあの刀はそんな現実から目を背けて夢を見ていた。それは哀れで可哀想に思えた。だから憐憫を寄せた。
2016-06-24 02:00:51二条の屋敷には火は放たれなかった。少なくともその城の主が死ぬまでは。宝物の略奪が終わるまでは。だから、二条の屋敷で火が起こったというのは嘘なのだ。虚構をひとつ見つけてしまえば引っ張り出すようにたくさんの綻びが見つかる。嘘、嘘、すべてが人口に膾炙した物語が補強した嘘。
2016-06-24 01:36:18けれどそれさえきっと忘れてしまうのだ。だって本当は何もないということはつらかったから。目をそらしたかったから。試し切りすらしたことのない刀に何の価値がある。だからいつか、これはすべて「真実」になる。
2016-06-24 01:42:21だからきっとつながった縁はもう一度逢えると紀州に行ったかの刀を想う。思い続ける。そうして眠りのうちに記憶は組み替えられて嘘を暴く可能性は忘れられた。
2016-06-24 01:44:04「愛するひとよ永遠なれ」なんて、別れ際に言わないでおくれ。お前はいまから燃えて俺は残るのだろう。けれど鋼とて老いると知らないはずはないだろうに、それでも永遠なれと願うなんてあんまりだ。俺はおまえになりたかった。なんて、言うにはもう遅すぎる。繋がった縁は切れて手は離れた。離された。
2016-06-23 21:30:04ぽつんと残されてから振り払われた手を信じたくなくてずっと握っていた。まだ繋がっていると信じたかった。ああ、すべてが赤い。阿鼻叫喚の人々は逃げ惑い城すら燃えて怒声が飛び交う中に残される。遺される。俺以外のすべては燃えたというのに。二度いや三度見送った炎、三度目は逃げられなかった。
2016-06-23 21:33:52それでもまるでそれでいいというように諦めきって笑うものだから、あまりにもやりきれないではないか。 死神が笑う声がする。人も物も貴賤の別なくいつか平等に壊れるというのなら、俺はいつ終わるのだろう。友が焼けるのを目の前で見送って尚更そう思う。俺も紙一重であったのだ。
2016-06-23 21:37:06だから最後に「さよなら」なんて、そんなのあまりにあんまりだ。俺はお前の行った彼岸には行けないのだろう。行くなというのだろう。残れと言ったのだろう。なら永遠にもう会えぬのだ。
2016-06-23 21:39:13一度目、二度目、此度が三度目の炎のはずだ。それなのに一度目を思い出せない。はじめからなかったことを思い出せるわけがないと心のどこかが囁いた。一度目、二条の屋敷が燃えて、燃えていた、か?思い出せない。思い出せない。けれど確かにあのとき敵方は火を放ってーーー
2016-06-23 21:44:06ぷつりと何かが途切れる音がした。 「いい加減夢から覚めろ。無い物ねだりの欠けた月」 残酷な言葉とともに頭をぐらりと揺らされて、意識が闇へと落ちていく。 夢、夢、そうか、骨喰が燃えたのも、夢、か? ならば覚めなければ。そう思ってまたひとつ嘘をつく。また会いたいなぁ。
2016-06-23 21:47:02