【アビス・カミング・シー・フォーリン】

ニンジャスレイヤー二次創作です。SUMIYUさん(@SUMIYU1987 )より名前を頂いたニンジャ・アビスクロークのディセンション時のエピソード。 #すみゆ忍テキスト #9638txt
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黒宮 @km_correre

アチナ・ミヤハは夢を見失っていた。それはこのネオサイタマで氾濫する病だった。マケグミへの転落。落伍者。落ちているゴミへ誰が気をはらうだろうか?安アパートで己に生まれる衝動のまま、小コミュニティの中へ、奔流として唸る言葉を流し続けていた。夢が彼女にはあった筈だった。今は無い。何も。

2016-07-03 00:18:55
黒宮 @km_correre

【アビス・カミング・シー・フォーリン】

2016-07-03 00:22:07
黒宮 @km_correre

アチナはネオサイタマにある大学へ、奨学金で入った。このマッポーの夜に制度が存在していたことすら奇跡的だ。以後働きながら、なんとか。行っては戻り。食事は一度するかしないか。それでも泥のように生きていた。アチナは家がない人間よりまし、と己に言い聞かせアルバイトへ急ぐ。 2

2016-07-03 00:26:22
黒宮 @km_correre

世の人間はなんでこんなにも我慢をして、何のために生きているのだろうと彼女はいつも考えていた。彼女は思考へ浸り、己の世界へ考えを広げることが一番の娯楽と捉えていた。小さなサイバーコミュニティ上で流す言葉はまるで私から出た液体。蒸発も消化も昇華もできない可哀想な言葉。3

2016-07-03 00:30:07
黒宮 @km_correre

大学へは行ける時に行っていた。大学の図書館へ行き言葉を蓄え、己の中の衝動に言葉をくべるのだ。それでやっと己のエンジンはガコンガコンとがたつきながら煙を吐き出す。その煙を漉いて、抽出して、紙へ。束ねた紙へ。本へ。アチナは作家になりたかった。今は?わからない。「イラッシャイマセ…」

2016-07-03 00:34:47
黒宮 @km_correre

物を受け取りそれを通す。値段が計算され、カネを受け取る。機会が計算し、私はそれを返す。アルバイトは人間を機械にするプレス機のラインだと彼女は思う。心が乾いていく。最近は食事の味がしない。そういえば今朝は食事をしたっけ。覚えていない。「ありがとうございました」 なにが有難うだ。 5

2016-07-03 00:38:20
黒宮 @km_correre

もっとありがたがれ!私がわざわざ、笑顔で!死ぬほど目が回ってて、言葉が口から吐きそうなほどなのに!私の目を見ろ!アチナは凍りついた笑顔で客を送った。そう、金がなくては生きてゆけない。ストレスと理性に責められ、彼女は大事なものをすり減らしつつあった。夢は、眠る時すら見なかった。 6

2016-07-03 00:41:46
黒宮 @km_correre

「オツカレサマです。お先にシツレイします」 エプロンを畳み、髪を解き、店長へお辞儀。何度目かのバイト先だが一番親切だ。「雨、降ってるから気をつけてね。オツカレサマ」 うんざりだ。傘なんて持っていない。バックヤードからでると雨は小ぶりから激しさを増しつつあった。 8

2016-07-03 00:46:14
黒宮 @km_correre

アチナは重酸性金属雨のなか、フードを被りゆっくりと歩いて帰った。ただのパーカーは水分を吸い、どっぷり重くなる。肌がチクチクと痛む。でも刺激がなければ生きていることすら自覚するのは難しい。他人に触れることすら希薄なこの都市では貴重な時間だった。少なくとも彼女はそう感じていた。 9

2016-07-03 00:49:45
黒宮 @km_correre

住んでいるアパートは学生向けの狭くて、ボロボロで、古い建物だ。アチナはそこへ巣を作るように住んでいた。湿ったパーカーを干し、そのまま床へ倒れ込む。寝転がったまま小さな机に置いたサイバーグラスへ手を伸ばす。そこには小さなコミュニティが。アチナが自由でいられる場所があった。 10

2016-07-03 00:53:12
黒宮 @km_correre

おそらく、いや絶対。アチナはこのコミュニティがなければ早くに命を捨てていたと思っている。そこには匿名の、文章のみの交流があった。顔はなく、絵もない。そこでならアチナは万能でいられた。だが最近はその静謐な場所へ愚昧な言葉を垂れ流していた。そこへ小さな秘匿メッセージが飛び込んだ。11

2016-07-03 00:57:48
黒宮 @km_correre

《アナタの言葉はまるで濁ってしまった トゥーを切らせていただきます サヨナラ》 彼女がこのコミュニティで、一番議論を交わし、励ましあったユーザだった。姉のようにまた父のように慕い、この厳しい都市で本を書く人間になろうと。約束した人間からの関係の拒否。現実を見たくなかった。 12

2016-07-03 01:04:12
黒宮 @km_correre

【アビス・カミング・シー・フォーリン】続く。

2016-07-03 01:05:46
黒宮 @km_correre

アチナはなぜ自分が女性なのだろうかと小さい頃から自問してきた。このネオサイタマでは女である事は搾取されることだ。あんなたかが数センチの棒だけで地位が変わる。彼女は常に理不尽の壁へ当たりながら、生きてきた。そこかしこに壁があった。 13

2016-07-06 12:23:05
黒宮 @km_correre

【アビス・カミング・シー・フォーリン】続き #すみゆ忍テキスト #9638txt

2016-07-06 12:23:36
黒宮 @km_correre

生きる事は悲しいかな、ルーチン作業だ。彼女は落ち込みはしたものの食事を作り始めた。炊いておいたコメを炒める。野菜、卵、適当に混ぜ入れる。彼女は焦点を失いながら、体はルーチンワークを行い続けた。食べなければ、死ぬ。 14

2016-07-06 12:26:22
黒宮 @km_correre

そう、人間は食べなければ死ぬのだ。自覚した途端食欲に火がついた。生きる。そう決めたじゃないか。ティーンの頃は儚い自死にもあこがれを抱いた。それでも自分は世に溢れる文字の本流には抗えなかった。食べなければ。どんなクソッタレな仕事をしていても食事をとっていれば死にやしない。 15

2016-07-06 12:29:38
黒宮 @km_correre

適当なヤキ・ライスをフライパンからスプーンで。味がおかしい。知るかそんなもの!食べるのは私だ。5分でそれを片付けたアチナは備蓄していたスナックへ手を出す。──アチナは集中し始めるとそれにかかりっきりになる人間だ。その後彼女は、たっぷり3時間は食べた。そして吐いた。胃は空になった。

2016-07-06 12:35:29
黒宮 @km_correre

天井。汚い。掃除しなきゃ。口の中が酸っぱい。もう胃液しか出ないよ。でもお腹空いたな。なんで私ってこうなんだろう。─夜間にずっと行っていたサイバーグラス内コミュニティへのアクセスはしていない。これが虚無か!アチナは床へ寝転がり、天井を見たまま笑った。何故かわからないが酷く笑えた。

2016-07-06 12:39:53
黒宮 @km_correre

────翌日、アチナは家を出た。バイトへも学校へも行かなかった。 18

2016-07-06 12:41:57
黒宮 @km_correre

彼女には両親ともに、健在だった。どうやら幼い頃は海の見える街で育ったらしい。自我が芽生えてから覚えているのはこのクソ汚いネオサイタマだけだ。それでもテレビショーで海が流れると望郷の念を掻き立てられた。だからアチナは、自分が行き着く先は海と決めていた。この際どこでもいい。海だ。19

2016-07-06 12:45:19
黒宮 @km_correre

港、埠頭がいいと彼女はぼんやりと考えていた。髪は括っていない。自分の緩やかな癖毛が嫌いだった。自分の行動を短絡的と思うやつがいるかもしれない。でもそれでも20は回ったし充分社会にも人にも悪意にも揉まれた。この街には場所が足りないなら、私はその場所を誰かに譲ろうと、思った。 20

2016-07-06 12:49:45
黒宮 @km_correre

【アビス・カミング・シー・フォーリン】続く。 #9638txt #すみゆ忍テキスト

2016-07-06 12:50:23