マイアミ鎮守府特別編「Bride」 前編

orphe @orphechin

「ご、ごめんなさい。ぼーっとしてました」 「お前らしくもないな」 「はい…すみません」 「会議の時はしっかりしててくれ。実質護衛はお前だけなんだからな」 「が、頑張ります」 頑張りすぎた勢いで場内皆殺しにしたりしねえだろうな、そう言おうとしたがやめておいた。#マイ鎮特別編

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＜ドン・ファン＞の指定した会議の場所は、彼女の所有するホテルの一室だった。チェックインを済ませ、エレベーターを上がり、2人は部屋の中に入る。会場にはすでに他のメンバーが揃っていた。 「んもう、おそーい」＜ドン・ファン＞が豊かな金髪を揺らし、顔を膨らます。 #マイ鎮特別編

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＜ドン・ファン＞。元艦娘で、「愛宕」と呼ばれていた女。LV99を機に提督と結婚したが直後に提督は不審死。その後は未亡人として提督の裏稼業を引き継ぎ、この地を代表する悪党となった。艦娘はやめたものの、ブルーのドレスはかつての重巡時代の栄華を見るものに思い起こさせる。#マイ鎮特別編

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「ウサギの＜グラハム＞にしちゃ遅いじゃねえか、え？」 「日本での残務が残っててな」 提督に話しかけたのは＜ナイジェル＞。長髪を後ろに撫で付け、軍服をラフに着こなした長身の男だ。 彼もまた、武器密輸や麻薬取引で財を為した腐敗提督の1人だ。 #マイ鎮特別編

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「あー、羽黒ちゃんだ。かけつけ一杯いかね？」彼の秘書艦の隼鷹が羽黒に絡む。その手には巻物の代わりに酒瓶が握られていた。 「あの、今は仕事中なので」 「おいおい、遅れたんだからそれぐらいやって当然ってもんじゃねえか？」＜ナイジェル＞も絡む。彼の顔もまたほのかに赤い。#マイ鎮特別編

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「会議に遅れたのは謝る。後でつきあうよ」「おめえじゃねーよ！羽黒ちゃんと飲ませろよー」愛宕が手を叩く。「はいはい、そこまでそこまで。会議中にもお酒はちょっと出すから、2人にはそこで飲んでもらいましょう。あなたたちも飲むわよね？＜ジョーンズ＞、それと吹雪ちゃん」#マイ鎮特別編

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＜ジョーンズ＞と呼ばれた学者風の男は黙って頷き、顔をガリガリと掻く。秘書艦の吹雪は何も言わず、下を向いたままだ。この男は情報屋である。マレーシアのブラックマーケットに精通しており、顧客の取引相手が信頼に値するか否かの情報を掴み、誠実に伝達するのが仕事だ。#マイ鎮特別編

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＜ジョーンズ＞は仕事上信頼できる相手だったが、彼のパーソナリティについては全くそれと真逆の話がよく伝わってくる。曰くマレーシアで最悪のペドフィリア、曰く養子と称して子供を引き取り、自宅で殺して喰っている。 曰く…など枚挙に暇がない。 #マイ鎮特別編

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会議はある程度までは順調に進んだ。懸念とされていた麻薬物流の問題も、従来のアフガンからイランへと切り替えるという手続きで一応は収まった。「再開が待ち遠しいぜ」＜ナイジェル＞がぼやく。「現地にうちの艦娘を数人、送り込もう。交渉は早くまとめたい」マイアミ提督が言う。#マイ鎮特別編

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「それにしても忌々しいのは＜ジェイク＞だ。今回の問題、そもそもあいつが生きてりゃトラブルなんてなかった」＜ナイジェル＞が酒を呷る。＜ジェイク＞。マレーシアのイスラム過激派の首魁。一日5回の礼拝を欠かさず、刳り貫いたコーランにアフガン製の麻薬を仕込むような男だった。#マイ鎮特別編

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＜ジェイク＞は元提督で、麻薬の禁断症状中に神とやらを見たとかで宗教にはまっていった男だ。持ち前の組織力と人脈を活かし、提督を引退した後もかなりの数の艦娘を保有していた実力者だ。そんな男でも殺してのける相手とは。「どう殺されたんだ」マイアミ提督が愛宕に聞く。#マイ鎮特別編

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愛宕がマイアミ提督に写真を放る。 「吐かないでね」 提督の近くに＜ナイジェル＞、隼鷹、そして羽黒が集まり、写真を覗きこむ。「あちゃあ、こりゃひどい」隼鷹が呆れ声で言う。 ＜ジェイク＞は彼の根城であるモスクの中で、腹を割かれ内臓を豚のものと取り替えられて殺された。 #マイ鎮特別編

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「この事件で奇妙なのが、艦娘には誰一人として死者が出なかった事よ」煙管に火を点け、愛宕が言う。 「確かに、変な話だ」マイアミ提督が言う。＜ジェイク＞は大量の艦娘を運用している。警備は厳重、戦闘は不可避だったはずだ。そして何より、死者を出すはずの大きな理由がある。#マイ鎮特別編

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彼は自爆作戦を好んでいた。 彼はブラックマーケット経由で艦娘を安く買い取り、麻薬と暴力で手っ取り早く洗脳した後、爆弾を内蔵させ、彼の言う「神の敵」-実際はただの商売敵だが-の元へ向かわせるという作戦を好んで用いていた。 #マイ鎮特別編

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「もし戦闘が起きたのなら、盾となって爆死した艦娘がいてもおかしくはないな」 「そこでさらに奇妙な点があるの。艦娘たちにはいずれも記憶が無い。そして彼女たちの爆弾は全員解除されていた」 「哀れなガキどもを救うヒーロー気取ってんのか？その狂人は」＜ナイジェル＞が言う。#マイ鎮特別編

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「ただの狂人にこの国一流のテロリストを殺せると思う？」 「個人の犯行じゃなく、組織が関わってる可能性もあるってことか…おい＜ジョーンズ＞、何か情報は掴んでるか」＜ナイジェル＞が＜ジョーンズ＞に訊くが、彼はただ首を振る。その顔は陶器のように青ざめ、白かった。 #マイ鎮特別編

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「こんなことなら、うちの主力をもっと連れてきた方が良かったな」ぼやく＜ナイジェル＞に隼鷹は,「提督ぅ、あたしがいるから大丈夫だってー。あ、＜ドン・ファン＞、ビールもう一杯」 「飲み過ぎよ」紫煙を吹かし愛宕が手を振る。「一応、ウチの部下には捜索命令を出してるわ」#マイ鎮特別編

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「うちの商売相手が惨殺されたってことは、私の命も狙われてる可能性は十分にある。それが利権か、あるいはもっと別の狙いがあるのかは不明だけどね。ただ、犯人は見つけなければならない。協力してもらえるわよね？皆」異議は認めない、愛宕の口調からはそうした威圧感があった。 #マイ鎮特別編

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「マンハント、か」 「いいねえ、楽しいよきっと」マイアミ提督の言葉に隼鷹が笑う。 「ね、羽黒ちゃん？」 「は、はい…」羽黒が返す。その顔にはうっすらと赤みが差し、目には暗い物を感じさせる何かがあった。 「他の連中も呼ぶか？」マイアミ提督が言う。 #マイ鎮特別編

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「あまり大所帯でもかえって困るわ。他の提督連中にナメられる可能性もある」愛宕が言う。「捜索は明日から始めようと思うわ。皆、今日はゆっくり休んで」そして会議は終わった。 #マイ鎮特別編

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部屋に帰るまでの廊下を、提督は羽黒と歩いていた。「あの写真、お前はどう思った」彼が聞く。「あの殺し方から、何を感じた」 「…まず憎悪を感じました。できるだけ惨たらしく殺してやろうという。でもそれだけじゃない気がします」 #マイ鎮特別編

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「他に何かあると？」 「はい。殺された人は、艦娘の体に爆弾を埋め込んでいたんですよね。そして自分は体の中身を豚に入れ替えられて殺された。何かそこに…報復のようなものを感じるんです」「報復、か」 「報い…あるいは、裁き」 裁き。その言葉は、提督の脳裏に奇妙に響いた。#マイ鎮特別編

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裁く？誰が提督を裁くというのだ。手の付けられない暴力装置を数多く保有し、敵はおろか本国にも海軍本部にも服さぬ者が多くいるこの連中を、一体誰が裁けるというのだ。そして何を基準に裁くのだ。正義という建前など、暴力と勝利と金の前に、とうの昔に消え去ったではないか。 #マイ鎮特別編

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「この世界で人はもはや人を裁けない。殺すことはできてもな。もし裁くものがいたとするなら、そいつは神だろうさ」 「神様…」 「だが神などいない。いたらこんな世界とうに滅ぼしてる。じゃあ俺はもう寝るぞ。おやすみ羽黒」そうして提督は自室のドアを開け、中に入っていった。 #マイ鎮特別編

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白い光に照らされた廊下の中で、羽黒は立ち尽くしていた。 #マイ鎮特別編