壁打ちまとめA

女体化で壁打ちしてるやつ
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イチ@ぐうたら類(原稿中) @ichi_p01

女ってこんなに大変なのか、と子供部屋のソファの上で横になりながら、一松は胸のうちでつぶやく。 痛みには波があって、最高潮の時は本当に動くこともままならないが、引いているうちは遠くの方で痛みの気配と下腹の重苦しさが意識される。なによりもぞっとしないのはトイレに言った時だ。

2016-07-18 03:26:11
イチ@ぐうたら類(原稿中) @ichi_p01

こんなに大量の出血、男の間は見たことがない。さすがに不安になって、買い物から帰ってきた松代に尋ねてみたところ、そういうものらしい。ただ貧血になりやすいので、レバニラでも作りましょうと言われた。 レバニラは好きだし出血もそういうものだと言われて安心したが、気分はやはり晴れない。

2016-07-18 03:30:26
イチ@ぐうたら類(原稿中) @ichi_p01

いつになったら男に戻れるのだろうか。 一生このままだったらどうしよう。 そんな不安感が市松の胸をひたひたと侵す。なにしろもうひと月、女のままなのだ。このひと月、不安になって病気のこと、そして一生、あるいは長期間元に戻れなかった人々の症例を読み漁った。 普通に過ごす人も多かったが、

2016-07-18 03:35:39
イチ@ぐうたら類(原稿中) @ichi_p01

変わった性別を受け入れられなかった人や周囲の人もいる。 ある夫婦は妻がこの病気で、ある日から男になって戻れなくなった。 それでもしばらくよ内は夫婦関係を継続したが、最終的には離婚をしたようだ。――夫が耐えられなかったのだ。幼い子供たちも母が消え、唐突に現れた男に馴染めなかった。

2016-07-18 03:40:09
イチ@ぐうたら類(原稿中) @ichi_p01

そういったケースの他、もちろんうまく過ごしている患者もいる。たとえば夫が女になってしまったある夫婦は、親友のような関係になったらしい。 自分はどうなるのだろうか。 今まで通りでいていいのか、変わらなければいけない部分も出てくるのか。腹の痛みだけではなきうめき声がもれた。

2016-07-18 03:54:30
イチ@ぐうたら類(原稿中) @ichi_p01

今日も今日とて性別は戻らないままである。市松は落胆しながら、重たく感じる身体を起こした。 既に日は高く昇り、他の兄弟たちは思い思いに出かけたようである。 朝食はたぶん、ないだろう。 米さえ残っていれば卵かけごはんくらいはいけるだろうが、食い意地の張った奴らなので期待はできない。

2018-02-27 01:23:31
イチ@ぐうたら類(原稿中) @ichi_p01

頭をがりがりと掻きながら階段を下りて台所を確認したが、案の定炊飯器は空だ。おかずも残っていない。 それでは、と冷凍庫を開けてみたものの冷凍ご飯のひとつもなかった。 棚も探してみたがパンなんてコスパの悪い主食があろうはずもなく、外に食べに行く金はない。詰んでる。 ぐう、と腹が鳴った。

2018-02-27 01:27:46
イチ@ぐうたら類(原稿中) @ichi_p01

こうなればせめて牛乳でも飲んで空腹を紛らわすしかないか、と冷蔵庫の扉に手をかけたところで、人の気配がした。振り返れば唐松が台所の入り口から顔をのぞかせている。 「んだよ」 そうすごんでみせると、ひゃっと一度顔を引っ込めてからおずおず、といった様子でふたたび姿を現した。

2018-02-27 01:31:08
イチ@ぐうたら類(原稿中) @ichi_p01

「……は、腹が減ってるのか、ブラザー?」 市松は舌打ちする。唐松はわずかにびくっとした様子を見せてから、後ろ手に持っていたものを市松に差し出した。 「これ……マミーが他の松に食われないように取っておいてあげてくれって頼まれたんだが」 そこには、ラップにくるまれたおにぎりがふたつ。

2018-02-27 01:35:21
イチ@ぐうたら類(原稿中) @ichi_p01

市松は束の間、それを見つめてから無言で奪い取る。どこかほっとした様子の唐松を無視して台所の椅子に腰かけてかぶりつくと、中身は鮭だった。大方朝食の塩鮭をほぐしたのだろう。 唐松を選んだのは、人選としては一番安牌なので妥当だ。松代のことなので他意はない。他の松なら勝手に食べかねない。

2018-02-27 01:40:47
イチ@ぐうたら類(原稿中) @ichi_p01

それでも、昨日の今日で顔は合わせにくい。 他の松だったら、礼くらいは言えていただろう。でも、唐松にはどうしても素直に言えない。 ちら、と目を向ければ、唐松がぼんやりした表情でこちらを見ている。 「……なに」 腹がいっぱいになったおかげか、先ほどよりは少し柔らかい声音になった。

2018-02-27 01:44:44
イチ@ぐうたら類(原稿中) @ichi_p01

「いや……食べ方は前と変わらないんだなと思って」 前もそうやって両手でおにぎりを持ってたよな、と指摘されて自らの手元に視線を落とせば、確かに両手だ。 「当たり前でしょ。中身が一緒なんだから」 言って、はぐっと最後の一口を押し込むとそうだな、という声。

2018-02-27 01:48:17
イチ@ぐうたら類(原稿中) @ichi_p01

「市松は、市松だよな」 どこかぼんやりした口調で言って、邪魔したな、と唐松は台所を出て行った。 その背中を見送りながら、市松は違和感を感じる。 椅子を蹴飛ばしながら立ち上がって唐松の背中を追いかけて、その肩を掴む。さすがにびっくりした表情の唐松が振り返った。

2018-02-27 01:56:03
イチ@ぐうたら類(原稿中) @ichi_p01

「ど、うしたぶらざー」 たどたどしい言葉を無視して、市松は唐松の手を取って自分の胸に当てさせた。途端に真っ赤になる唐松に、市松はすごむ。 「市松ですけど」 「だ、だからそう言ってるだろお~?」 「違うよね」 市松は一言で切って捨てた。唐松の瞳が揺らぐ。

2018-02-27 02:03:44
イチ@ぐうたら類(原稿中) @ichi_p01

「あんた、僕のこと女に見てるでしょ」 「そ、そんなこと」 じゃあさ、と市松は笑った。 「どこまで女か試してみたくない?」 胸に当てさせた手をぐっと掴む。唐松はあからさまに動揺した表情を見せた。 「こんなことでもなけりゃ、一生童貞捨てらんないんじゃない」

2018-02-27 02:09:23
イチ@ぐうたら類(原稿中) @ichi_p01

唐松がびしりと固まる。 ああ、と市松は思う。クズだ。自分も、こいつも。素敵なクズニートの六つ子。遂には病気を利用して禁忌まで犯そうとしている。 だって、と思う。養えないなら、もう前と同じに戻れないなら、あるものは利用して、こいつをしばりつけないといけないじゃないか。

2018-02-27 02:13:41
イチ@ぐうたら類(原稿中) @ichi_p01

一度でも抱けば、平等に与えられる『親愛なるブラザー』なんて欲しくもないものじゃなくて、罪悪感と快楽で縛れるかも知れない。 思ってしまったらダメだった。 どうせこのまま戻れないなら、と自暴自棄になったのもあるだろうけれど、こいつの中の特別の位置に行けるなら、もうなんでもよかった。

2018-02-27 02:17:50
イチ@ぐうたら類(原稿中) @ichi_p01

やがて、唐松の手が市松の肩に添えられ――そして、明らかに手加減された力で引きはがされた。 驚いて見れば、今しがたの頬の紅潮など欠片も残さない、冷えた表情で唐松が見下ろしてくる。 「……それは、駄目だ市松」 もっと自分を大事にしろ、と市松の下腹部を見つめてから、唐松は踵を返した。

2018-02-27 02:24:19
イチ@ぐうたら類(原稿中) @ichi_p01

残された市松はぺたり、と廊下にしゃがみ込んだ。ずきずきと下腹部が痛む。 拒否されたこと以上に、なにからなにまで『女の子扱いされた』ことの方が堪えていた。さらには女を利用しようとした自分に吐き気すら覚える。 結局、なにをどうしようと唐松の特別になんてなれっこないのだ。

2018-02-27 02:30:00
イチ@ぐうたら類(原稿中) @ichi_p01

男だろうと女だろうと、唐松に受け入れてもらえる日が来るなんて思ってはいけなかったはずなのに。自分が仕出かしてしまったことに、一松は身を震わせた。超えてはいけない一線を越えてしまったという実感が、今更ながらにずしりとのしかかってくる。 市松は唐松が出て行った玄関を見つめる。

2018-02-27 02:35:01
イチ@ぐうたら類(原稿中) @ichi_p01

唐松兄さん、と市松は呟いた。 あんたは正しいよ。兄弟の中で、ある意味著呂松よりも一番常識人なだけあって、自分みたいに選択を間違わなかった。 兄弟であるとか男同士であるという以前に、そんな唐松に自分みたいな奴を受け入れてもらおうなんて方が間違いだった。

2018-02-27 02:41:16
イチ@ぐうたら類(原稿中) @ichi_p01

ぽた、と廊下に水滴が落ちた。 人間は悲しいから泣くのではなくて、辛い気持ちを和らげるために泣くのだと、どこかで聞いた言葉が脳内をよぎる。 なにからなにまで自分のためとは、本当に救えない。 こんな弟でごめん、唐松兄さん。 小さな呟きは誰に聞かれることもなく、涙と共に廊下に吸い込まれた。

2018-02-27 02:46:53