【ヴァルプルギスの華燭】一日目昼――第二の間

昼フェイズ、戦闘
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ジタ・トリウィア @walp_zi

また触れれば、血は囁くだろう。彼への隷従を。触れるだけでは影響は微々たるものであるだろうが。 「なあ、マリア」 ジタは微笑む。ジタは笑っていた。 「お前の名は、どういう意味がある?」 その双眸は、ただただ白い。底が見えぬ白を緩ませ、ジタは笑う。

2016-08-02 02:11:39
マリア・ガルシア @ro_akiyui

叩き潰した。けれども男は——ジタは死んでいない。パイプオルガンの瓦礫の間から起き上がる姿に、マリアはひどく悦んだ。 であれば、ジタの言葉には存分に応じる価値がある。マリアは喜んで問いかけに言葉を返そうとして、口を閉ざす。鋭い血槍の穂先が風を切り、迫っていた。

2016-08-02 02:52:05
マリア・ガルシア @ro_akiyui

マリアは動揺しなかった。避けようともしなかった。その代わりにマリアは組んだ両手を離し——その左手が牙を剥いた。 一瞬のことである。手袋に包まれた左手が、手袋を引きちぎって現れた。それは白く、しかし嫋やかな手指ではない。それは蛇の頭であった。目の無い蛇の頭。

2016-08-02 02:52:27
マリア・ガルシア @ro_akiyui

それは血槍の穂先に喰らいつき、身を裂かれながら牙を立てた。——囁き声。隷従を求むる声。頭の中に響くようなそれ。マリアは一つまたたいた。 牙の先から毒が滴る。痛みを忘れ、己を忘れ、委ねる悦びを覚える為の毒。それは血槍に滲み。 「では、ジタ様」 受け止めていた血槍を振り落とす。

2016-08-02 02:52:58
マリア・ガルシア @ro_akiyui

マリアは黒布の下で微笑んだ。 「マリア(私)はマリアです。マリア・ガルシア。私の名は聖母の名であり、一族は槍でありました。しかし詳しくは存じ上げません。私が知る前に皆居なくなってしまいました。悲しいことに。けれどこの名が祝福であり福音であることを私は知っています」

2016-08-02 02:54:38
マリア・ガルシア @ro_akiyui

蛇の頭から人の手へ。変じた左手が血を流すのを知らぬかのような動きでジタへと差し伸べられ、そうして再び左手は蛇へと変じる。一つが二つに。同じ身体を持つ二つの白蛇の頭が、ジタに喰らいつかんと牙を剥く。 「貴方の名には意味がありますか?」

2016-08-02 02:55:06
ジタ・トリウィア @walp_zi

牙を立てられた血に毒が混じるのを感じた。であれば、それに勝る血の量でその血を押し出せば良かった。血が噴き出す。それは先にも増して血溜まりを深める、広げる。 伸びてくるその手を、その双頭をジタは拒まなかった。左手を差し伸べる。喰らいつかれる痛みに、ジタは笑いながら顔を歪めた。

2016-08-02 19:04:11
ジタ・トリウィア @walp_zi

左手は使い物にならなくなるだろうが、ジタには関係なかった。突き立てられた牙の傷口から血が滲む。血が噴き出す。それは白蛇を赤く染め、ジタを赤く染め。 「福音か。素敵だね」 ジタは息を吐いた。そうして、真白を緩ませる。 「俺の名かい?」 マリアの毒と混ざった血は動かない。しかし、

2016-08-02 19:04:18
ジタ・トリウィア @walp_zi

絶えず生み出されるジタの血は止まらない。 ジタは白蛇に牙を立てられている左手を自らの方へ引き寄せる。それはまるで、マリアを抱き寄せるように。 同時に、左手より噴き出す血は絡みつくように、蛇の形を模してマリアへと迫る。顎(あぎと)を大きく開き、噛みつかんと。 「ジタが示すは『七』」

2016-08-02 19:04:46
ジタ・トリウィア @walp_zi

故に、俺の名に、意味があるとするならば。 「——七番目」 ジタは笑う。俺の言った通りだろ、と言いたげに。

2016-08-02 19:04:59
マリア・ガルシア @ro_akiyui

双頭がジタの左手に喰らい付く。痛みを恐れぬ姿、喪失を恐れぬ姿は好ましく映る。マリアはそれを、純粋に嬉しいと思った。牙は毒を滴らせる。その意志を奪おうと、その心を慈しもうとするかのような毒が滲む。ジタの血が溢れるように零れていく。

2016-08-02 19:39:19
マリア・ガルシア @ro_akiyui

——これは少し、と思った。これは少し、不思議だ、と。血は流れるのではなく、まるで増えていくかのように見える。 思考の瞬き。双頭の腕を引かれ、身体が引かれる。血の蛇が顎を開くのが見える。マリアの右肩から先が蛇に変じ、その側頭を強かに打ちつけた。軌道を変じる一撃だ。

2016-08-02 19:39:31
マリア・ガルシア @ro_akiyui

血の顎が喰らい付いたのは左肩。……鈍痛。囁き。マリアの微笑。 「そう、七番目、ですか。私はその意味を存じ上げませんが、それにもまた意味があるのでしょう。貴方も知らない、世界の御意志。貴方の名はそれでも言祝ぎに他ならず、貴方が貴方であることを契る言葉に他なりません」

2016-08-02 19:39:43
マリア・ガルシア @ro_akiyui

言葉は穏やかに。声は苦痛を表すこともなく涼やかに。 「良いことです。名があるのも、名を名乗れるのも」 血染めの双頭がより強くジタの左手に喰らい付く。大蛇の尾が、その身体を、その腹を薙ぎ払わんと振るわれる。

2016-08-02 19:40:07
ジタ・トリウィア @walp_zi

打撃を受けてなお食らいついた血の蛇は、そのままどろりと溶けた。滴り落ちるとともに、一部は傷口から体内へと入っていく。それは隷従の囁きを伴い、蝕みながら、流れていくだろう。 ——と、痛みの増す左手に、ジタは目を落とした。先程よりもより強く噛みつかれている。目を瞬く。 その、間。

2016-08-02 21:35:24
ジタ・トリウィア @walp_zi

——強い衝撃。内臓の潰れる音。ぎちぎちと千切れるよな肉と皮の音。左腕の痛み。全身を打ち付ける衝撃。シンバルが響くよな頭痛。ぐるぐると回る視界。燃えるよに熱い腹。 「あ?」 薙ぎ払われるままに地面に叩きつけられたジタは、地面に伏したまま、目を瞬かせた。血溜まりが、広がっている。

2016-08-02 21:35:31
ジタ・トリウィア @walp_zi

そうして、体を起こした。左腕は肩から千切れ、そこにはない。血溜まりで染まった白髪は一部のみが深紅になり、体は至るところから血が溢れていた。顔は、左側だけが血に染まり、まるで涙のようであった。 「言祝ぎ」 しかし、呟くは、怨嗟でも、憂いでも、怒りでもなく。先程マリアが発した言葉。

2016-08-02 21:35:40
ジタ・トリウィア @walp_zi

だくだくと広がっていく血溜まりは止まることはない。むしろその勢いは増し、マリアに向かって迫っていく。瓦礫を飲み込み、邪魔なものは押し退け、やがて狼のような大きな顎を模して。洪水のよに溢れ、流るる血は止まらない。 「言祝ぎなんてのは、初めて言われたな」 ジタは嬉しそうに笑って。

2016-08-02 21:36:02
ジタ・トリウィア @walp_zi

広がりゆく血溜まりは、大きな顎は、牙をぎらつかせ、マリアを飲み込まん、と迫る。

2016-08-02 21:37:23
マリア・ガルシア @ro_akiyui

——肩の傷から、浸食するように囁きが満ちる。隷従を求める声、声、声。耳の中を反響するようなそれに、マリアはまばたき、呟く。 「少しだけ、大人しくしてくださいね。今はまだ、あともう少しだけ」 薙ぎ払われたジタの、その残された左腕を無造作に放り出し、双頭の蛇がマリアの肩を噛む。

2016-08-02 22:33:37
マリア・ガルシア @ro_akiyui

滴る毒はマリアの身体を巡り、余分なものを削り取る。声を聞く器官を麻痺させる。耳か、思考か、分からないけれど。 「であれば私が祈りましょう。幸いあれと」 牙を抜き、蛇は変じて人の腕に変わる。言葉はジタへ。大狼の顎を見る。マリアの身体は音もなく飛び出した。

2016-08-02 22:33:48
マリア・ガルシア @ro_akiyui

大狼の顎を恐れなかった。マリアの身体は蛇へと変じる。人を喰らう白き大蛇。見開いた銀色の目を輝かせ、その顎を開き、マリアは正面から大狼に挑む。 ——喰うか、喰われるか。であれば。マリアはその牙がジタに届くまで、引かないだろう。

2016-08-02 22:33:53
ジタ・トリウィア @walp_zi

大狼の顎は大蛇となったマリアを飲み込んだ。しかし、彼女は止まらない。 大狼の顎は、牙を彼女に、突き立てる。だが、彼女は止まらない。 大狼の牙が溶け、血となり、彼女の中へ入っていく。隷従の囁きは増す。しかして、彼女は止まらない。 彼女は、大狼の顎に飲まれて尚、ジタを喰らわんとする。

2016-08-03 00:36:17
ジタ・トリウィア @walp_zi

彼女は、彼女の牙は、大狼の顎に飲まれて尚、ジタを喰らわんとする。 その様を、ジタはただただ眺めていた。 大狼が内側から破れていく様を、ジタは動かず、微笑み、見つめていた。否、動けないのだ。叩きつけられた衝撃はジタの体を砕いた。体を起こし、座るだけが精一杯であった。

2016-08-03 00:36:24
ジタ・トリウィア @walp_zi

——たとえ、動けたとしても彼が避けたかは、また別の話であるが。 「なら、俺も祈ろう。君の幸いを」 ジタはゆっくりと右腕を広げた。それはまるで白き大蛇を、マリアを迎えるよに。 マリアの牙は、確かにジタに届いた。と同時に彼の体から今までとは比べ物にならない量の血が噴き出し、溢れる。

2016-08-03 00:36:42