【ヴァルプルギスの華燭】一日目昼――第二の間

昼フェイズ、戦闘
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《ヴァルプルギスの華燭》管理アカウント @walpurgis_marry

善良なることが美徳であるのではない その命の在り方に沿うことこそが美徳である 命は廻るためにある 力は廻すためにある その招待状はその命に捧げた献身に対する報酬である そして来たれよ強者共よ その命の在り方に沿う者等こそをこの地は歓迎し、祝福するだろう #ヴァル華

2016-08-01 20:00:01
マリア・ガルシア @ro_akiyui

その屋敷は、一目でその異様さを判らせた。決して異様な姿をしていたわけではない。けれども、その屋敷は異様の一言に尽きた。 マリアは、あらゆる異様を見てきた。あらゆる土地を巡り、あらゆる海を渡り、永らく旅を続けて来た。けれどもその異様は、マリアが見たどの異様よりも図抜けていた。

2016-08-01 21:02:35
マリア・ガルシア @ro_akiyui

「此処、ですね」 マリアはその屋敷が招待状に書かれた屋敷であると確信し、扉に触れるのを躊躇しなかった。白い手袋に包まれた手を伸ばし、指先で触れる。瞬間、ギィ、と音が鳴る。 扉は、ゆっくりとその口を開いていた。 マリアは、その扉に入ることを躊躇わなかった。

2016-08-01 21:02:45
マリア・ガルシア @ro_akiyui

「……あら、これは、不思議ですね」 扉の先にあるものは、どのような様相であれ室内であると、マリアは疑っていなかった。けれども其処は室内でなく、昼日中の、木々に囲まれた涼やかな教会の面前であった。 ギィ、と扉の音がする。振り向けば、扉が閉まっていくようだった。

2016-08-01 21:02:58
マリア・ガルシア @ro_akiyui

罠だったろうか、と思いはするが、慌てはしない。マリアは閉ざされた扉に背を向け、教会へと歩み始めた。 「あの教会には、何かあるのでしょう」 楽しみです、と声にはせず。歩む足は瞬きの間に失せ、代わりにするすると地面を滑るように行く大蛇の半身が、その道程を描いていた。

2016-08-01 21:03:08
ジタ・トリウィア @walp_zi

「ああ……ついた……」 ついぞ、道中で乗り物を手にすることはできなかったジタは、屋敷を前に深く、大きなため息を吐いた。どれだけ歩いたか分からない。どれだけ都市を沈めたか分からない。 ただもう、二度と女王陛下から招待状を受け取らない。 そう決めて、地面にへたり込んでいた体を起こす。

2016-08-01 22:38:56
ジタ・トリウィア @walp_zi

ぐぐっと体を伸ばして、背筋を正して。——次の瞬間には肩を落とし、腰を曲げた。はあ、と溢れるため息はただただ其処に響き、気を滅入らせる。 疲れたなあ、めんどくさいなあ。ぶつぶつとぼやく口先と裏腹に、体の中では血が駆け巡り、どくどくと沸き立ち、ジタを急かす。 ——はやく、はやく、と。

2016-08-01 22:39:02
ジタ・トリウィア @walp_zi

「うるさいよ……」 耳を塞ごうと体の中より発されるそれは、変わりなく響き続ける。本人の意図とは相反するように。 ジタは三度ため息を吐く。そうして、諦めたように扉に手を伸ばした。嫌だ嫌だ、そう思いつつも手はゆっくりと取手を捻り——。 ——目の前に広がるは、賛美を象る色硝子。

2016-08-01 22:39:10
ジタ・トリウィア @walp_zi

明らかに自分が暮らしてた処とは、空気の違う空間。色硝子から溢れる光は、ジタを異端と謗る同胞が厭うものであった。 「っ、」 肩が震える。ジタは体を丸め、ぶるぶると震えていた。そうして——。 「くく、あっははははは」 ——響く、哄笑。楽しげな笑い声。ジタは、笑っていた。体を震わせて。

2016-08-01 22:39:15
ジタ・トリウィア @walp_zi

「面白いなあ、大した趣向だよ」 同胞が厭い、同胞が拒絶し、同胞が死する空間であっても、ジタにとっては何のしがらみもなかった。何の効果もなかった。ただただ、愉快だった。 ゆっくりと教会の中を見回し、ジタはパイプオルガンの前で立ち止まった。ふらりと椅子に座り、鍵盤に指を乗せ。

2016-08-01 22:39:19
ジタ・トリウィア @walp_zi

彼は、鍵盤を叩いた。荘厳な音が、教会の中に広がる。奏でるは賛美歌——『救世主』。 彼は気づいていない。——教会の外にいる、存在を。 彼は知る由もない。——近づく、相手を。 彼はただ、鍵盤を叩く。楽しげに、愉快そうに。この、聖なる場を、嘲笑うように。

2016-08-01 22:39:24
マリア・ガルシア @ro_akiyui

「神を讃えましょう」 ——彼女の半身は大蛇であった。白い鱗の、輝くように滑らかな尾の大蛇であった。 「全能の神にして我らの王」 ——彼女の半身は人であった。人の修道服を模した服を纏い、ベールによって髪を覆い、黒布によって顔を隠す。

2016-08-02 00:00:13
マリア・ガルシア @ro_akiyui

誰からも彼女の肌は見ることは叶わないが、その半身は確かに人の形をしていた。 「彼が君臨なされました」 ——その姿、その異様。東方の怪物ラミアが最も近かろう。 「そして……世界は永久に続くのです」

2016-08-02 00:00:46
マリア・ガルシア @ro_akiyui

教会の、その開かれた扉の間から、するりと音も無く入り込んだマリアは、その美しき賛美歌を耳にした。奏でられるはオルガンの音。奏でるは一人の男性。マリアは涼やかな声を響かせた。 「御機嫌よう、見知らぬ殿方。私はマリア。明日には忘れられる名でしょうが、どうぞ今だけはお呼びください」

2016-08-02 00:01:51
マリア・ガルシア @ro_akiyui

祈るように両手を組み、敬虔な信徒のように礼をする。 「此処で会ったも神のお導き。私は貴方の名前を問うても宜しいでしょうか。それとも名乗れぬ出自の方でしょうか」 言葉を重ねながらも、するりするりと大蛇は動く。パイプオルガンの男性の、傍らへと。

2016-08-02 00:02:16
ジタ・トリウィア @walp_zi

——声が、した。 ジタはパイプオルガンを叩く手を止め、いつの間にか閉じていた眼を開いた。白い双眸は教会の扉を見つめ、そうして自らの傍らに目を落とす。 初めはただの修道女かと思った。しかしながら、目を下に向けて、その認識を改めた。 「マリア。——『生神女(マリア)』」

2016-08-02 00:53:56
ジタ・トリウィア @walp_zi

聞こえた名を口の中で転がす。蛇の半身を持つ、神の母。この場に相応しいとも言うべきか、はたまた異質だと言うべきか。(それとも異質は己か?) ジタは小さく笑い、彼女——マリアの方へ、体を向けた。彼は、機嫌が良かった。 「ジタ。ジタ・トリウィア。なんてまあ、名前はただの記号だろう?」

2016-08-02 00:54:04
ジタ・トリウィア @walp_zi

「それでもまあ、多分、君のことは忘れないよ。そんなすぐにはね」 ——君のような、目を惹く存在のことはね。 ジタは笑う。扉に入る前の彼からは想像できないほど、楽しそうに。愉快そうに。 ふわりと白髪が揺れる。ジタは緩く目を細め、真白の瞳で彼女を見つめた。

2016-08-02 00:54:09
マリア・ガルシア @ro_akiyui

「いいえ。名とは祝い。名とは幸い。名とは契り。名は肉を定義付け、名は魂を固定する。心在る者にとって名とは大切なものなのです」 記号、という言葉を否定する。マリアは思う。一面を、ある一面を見れば名は確かに記号であろう、と。 けれども決してそれだけではない。

2016-08-02 01:21:25
マリア・ガルシア @ro_akiyui

名とは重要なものだ。祝いであり、幸いであり、神との契りであり、……そして呪いでもある。 「故に真の名を畏れ、名乗れぬ者は五万といます。であればこそ、貴方がそうでないことは、喜ばしく思います、トリウィア様」 呪いを恐れる者は多く、死を恐れる者は殊更多い。

2016-08-02 01:21:40
マリア・ガルシア @ro_akiyui

であるが故に、その畏れはマリアを落胆させる。それが弱者と断じさせるに十分な要素であるからだ。 故にマリアは喜ぶ。名乗る者をマリアは慶ぶ。そして続く言葉に歓喜する。 「忘れないと言ってくださる。それもまた喜ばしいことです」 死とは忘却であり、忘却とは死である。

2016-08-02 01:21:53
マリア・ガルシア @ro_akiyui

死と忘却はマリアにとって同質だ。であるが故に、『忘れない』とは『死なない』と同義の言葉であった。 マリアは笑った。 「ああ、神よ、感謝します!」 祈りの言葉が響く——と、同時。 大蛇の尾が、風を切り振り下ろされる。それはパイプオルガンごと、男を潰し、殺さんが為に。

2016-08-02 01:22:37
ジタ・トリウィア @walp_zi

血が騒いだ。 大蛇の尾がジタに触れた——尾によって起きた風圧で、顔を庇うように持ち上げられた右腕の肌が裂けた瞬間、彼の腕から血が大きく広がるように噴き出した。それは硬質化し、尾を受け止める。 「……出来れば、ジタって呼んでくれる方がいいな。トリウィアは俺だけを示す訳じゃないから」

2016-08-02 02:11:18
ジタ・トリウィア @walp_zi

何事もなかったように、ジタはパイプオルガンの瓦礫の中から現れた。その右腕は依然出血し、血溜まりを広げている。 「まあ、マリアの言い分も分かるんだが、少なくとも俺にとっては記号でしかない」 血溜まりは広がる。滔々と、こつこつと。 「なあ、マリア」 それは大蛇の尾を飲み込むように、

2016-08-02 02:11:25
ジタ・トリウィア @walp_zi

それは大蛇の周囲を囲むように。意思を持っているかのように、広がっていく。滔々と広がった、底を見せぬ深紅が。 「お前の名は、個人を示すか?」 ジタが笑う。それと共に広がっていた血溜まりは形を変え、鋭い槍のように、その切っ先がマリアへと向かっていく。風を切り、その体を貫かん、と。

2016-08-02 02:11:34