午前0時の小説ラジオ メイキングオブ「さよなら、ニッポン ニッポンの小説2」2 「神話的時間について」

鶴見俊輔から多田富雄へ飛ぶライブ感。 我々が忘れたと思っているけれども時折顔を覗かせる、そしてまだ知らない「神話的時間」について。
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高橋源一郎 @takagengen

「神話的時間」20・老人が子どもに戻ることで「神話的時間」を取り戻す。それは、なんとなくわかるかもしれない。だが、鶴見さんは、もう一つ、老人の「神話的時間」について書いている。このことを、今日は考えてみたいと思った。

2011-02-16 00:52:11
高橋源一郎 @takagengen

「神話的時間」21・「もう一度、神話的時間に戻ってみたいんですけれども。人生には神話的時間が戻ってくるときがある。若い時はね、年をとるということは自分が死に近づくことだと思っていたんです。みなさんの中でも、若い方はそう思っているでしょ。実際、年をとってみると、この中の…」

2011-02-16 00:54:15
高橋源一郎 @takagengen

「神話的時間」22・「…年をとっている方は、そう思っていないと思うんですよ。老いるということは、自分の付き合っている他人が死ぬことなんです。他人の死を見送ることです。自分が死ぬ時はわからないんですから、死ぬ瞬間は、他人が死ぬってことなんですよ。このことを通して自分で死を体験する」

2011-02-16 00:56:39
高橋源一郎 @takagengen

「神話的時間」23・「老人の時間はそういう時間なんです。私の持っているさまざまな名簿はすでにかなりのところまで幽霊名簿なんです」。これは、どういうこと意味なのか。このことのどこに「神話的時間」が存在するのだろう。ぼくは、これを読んだ時、多田富雄さんの「残夢整理」を思い出したのだ。

2011-02-16 01:00:10
高橋源一郎 @takagengen

「神話的時間」24・免疫学者の多田さんは、晩年、病の床にありながら、書き続けた。「残夢整理」は、最後の作品だ。この中で、多田さんは、彼が出会った、そして、すでに亡くなったしまった友人たちのことを記している。多田さんが自身が死の床にあって書かれたこの本の末尾に、彼はこう記している。

2011-02-16 01:03:40
高橋源一郎 @takagengen

「神話的時間」25・一度引用したことがあるけれど、これは繰り返し読まれるべき文章だとぼくは思っている。

2011-02-16 01:04:21
高橋源一郎 @takagengen

「神話的時間」26・「私はかつて昭和天皇の「ひん葬の礼」に列席したことがある。真っ白な布に覆われた一室で、皇族を含む何人かが着座して待っていた。陛下のご遺体はこの真っ白なお部屋のどこかに安置されているらしかった。しばらく待っていると、音もなく電灯がすべて消された…」

2011-02-16 01:07:07
高橋源一郎 @takagengen

「神話的時間」27・「…それから小一時間、暗闇の中で私たちは陛下を偲んだ。いわゆる「もがりの儀式」はこうしてはじまる。私たちはこの時間のうちに、それぞれの昭和天皇を思い出し、それに付随した時間の記憶を確認し、深い哀悼と鎮魂の思いに浸った。こうして痛切に思い出しているうちに…」

2011-02-16 01:09:43
高橋源一郎 @takagengen

「神話的時間」28・「…不思議な感覚に包まれた。陛下が黄泉の国から蘇って、この一室の暗闇のどこかから私たちを凝視している幻覚に襲われたのである。私のまぶたに涙があふれた。戦時の苦しみと戦後の復興に身近で参加されていた昭和天皇のお姿が次々に思い出されて、涙がとめどなくあふれるのを」

2011-02-16 01:12:09
高橋源一郎 @takagengen

「神話的時間」29・どうしようもなかったのである。やがて無言で明かりが点いて、参内者はそれぞれの感動を胸に退出した。心が洗われるような気がした。違った時間に旅をし、昭和天皇に再会した思いだった。こうして私の昭和天皇の鎮魂は完成した…」

2011-02-16 01:14:21
高橋源一郎 @takagengen

「神話的時間」30・「…同時に自分がまぎれもない昭和の子であることを確認したものである。日本には優れた回想と鎮魂の儀式があるものだと思った……」

2011-02-16 01:15:55
高橋源一郎 @takagengen

「神話的時間」31・「昭和天皇の「ひん葬の礼」に教えられたように、切実に思い出すと私の死者たちも蘇る。本当である。私はこの執筆中に何度となく蘇った彼らと対話し、涙を流し、ともに運命を嘆き、そして深い諦念に身をゆだねた。切実に回想すればいつでも彼らに会えることを知った…」

2011-02-16 01:18:23
高橋源一郎 @takagengen

「神話的時間」32・「そうなんだ。涙で見えなくなったキーボードの向こうに、死者たちの生きた時代と世界がひどく現実味を帯びて広がって言った。私は何度も何度もそこまで彼らを追いかけて行き、同じ空気を吸い、一緒に語り合った。それは多少危険な体験でもあった…」

2011-02-16 01:20:26
高橋源一郎 @takagengen

「神話的時間」33・「…そのくらい死者たちの吸引力は強かった…。この短編を書いている最後の段階で、私は癌の転移による病的鎖骨骨折で、唯一動かすことのできた左手がついに使えなくなった。鎖骨を折ったことは、筆を折ることだった。書くことはもうできない……」

2011-02-16 01:22:44
高橋源一郎 @takagengen

「神話的時間」34・「…まるで終止符を打つようにやってきた執筆停止命令に、もううろたえることもなかった。いまは静かに彼らの時間の訪れを待てばいい。昭和を思い出したことは、消えてゆく自分の時間を思い出すことでもあった」。この最後の文章を綴った二カ月後、多田さんは亡くなるのである。

2011-02-16 01:24:33
高橋源一郎 @takagengen

「神話的時間」・多田さんは、この中で「死者」と会った、と書いた。ぼくたちが「死者と会った」と書くなら、たぶん、それは比喩かフィクションだ。でも、多田さんは、間違いなく「死者」と会ったのだ。会話を交わしたのだ。なぜなら、多田さんは、最後に「神話的時間」を生きていたからだ。

2011-02-16 01:26:22
高橋源一郎 @takagengen

「神話的時間」36・ぼくたちは、死者には二度と会えないと思いこんでいる。それは、ぼくたちが「日常的時間」を生きているからだ。でも、そうではないのだ。鶴見俊輔は「河合隼雄は亡くなったが、私はこれからもくりかえて会って、その話を聞きたい」と書いた。本の中にその友は「生きている」のだ。

2011-02-16 01:30:39
高橋源一郎 @takagengen

「神話的時間」37・もう一度、多田さんの文章を読んでみよう。その度に、多田さんと話しているような気がしないだろうか。過去は消え去らない。死者は忘れ去られない。それは、多田さんが、「神話的時間」を生き、そのことによって、ぽくたちにも、「神話的時間」を持たせくれようとしているからだ。

2011-02-16 01:33:46
高橋源一郎 @takagengen

「神話的時間」38・子どもが持ち、老人が持つ、「神話的時間」。ぼくは、ひとりの作家として、文学もまた、「神話的時間」を作り出すことをその使命としていると信じるのである。以上です。ご静聴ありがとう。今晩は、ココマデデス。

2011-02-16 01:36:16