10周年のSPコンテンツ!

【聲の形】「西宮は将也を『許す/許さない』とか最初から考えていないのではないか」という解釈 - 他まとめ

使用してあるツイートはほぼ自分の何気ないツイートのみになってます。 自分用でしたが思うところがあり編集して公開。 映画を鑑賞/原作を読了した人向けです。 (筆者は映画一回/原作未読です) (追記・コメント欄がすごく建設的で読み応えありと思います!) 続きを読む
アニメ 聲の形
37
ひろと @second_tone
西宮硝子さんはメガネが似合うと思う(切実な想い)

西宮さんと作品テーマの関係について(9月23日 - 0:43)


ひろと @second_tone
やっぱり「聲の形」関連のトゥゲッターとか読み直してて思うの、いじめられてましたとか自分も聴覚が、とか言う人々でも案外、いじめに来ていた人とか非情にも見えてしまうような周りの大人を嫌ったり憎んだりするような精神的余裕がまだあるんだな、それは誰かが与えてくれてるんだな、と思うとまだ、
ひろと @second_tone
その人々には家族とか友人とか大事にしてくれている人がいるということであって、幸せ者なんだよなー、と考える
ひろと @second_tone
いじめ云々で「将也を許す/将也は許されるべきではなかった」って言う元いじめられっ子の方々とかそうでもないけどそっち側に立って作品の感想を綴る人々って言うのはなんだかんだで「誰かしらを憎む/嫌う」だけの精神的な余力パワーがあるっていうことに尽きるのであってな……「聲の形」はな……
ひろと @second_tone
西宮硝子ってキャラクターは小学生当時は結弦も幼かったろうし母親はあんな感じでキツめであったり教師もちょっとアレだから精神的を回復する余裕とか手段がなかったわけで自分からどうにかして寄る辺を探さなきゃいけなかったわけでそれが歪んだ欲求として将也への行動や補聴器アレされても誤ったり…
ひろと @second_tone
「聲の形」序盤を終えて高校生になってから将也と再会したときには結弦がいたり手話サークルっていう居場所があったりで硝子の心の拠り所はあったわけで、だから将也と再会したときには真っ先にまず逃げ出すわけですよな、驚いてるのもあっただろうけど、将也に依存する必要性がもはやなかったわけでな
ひろと @second_tone
「聲の形」が聴覚あれこれとかいじめの話を絡めだすと、なんだかすぐにちょっと危うい感じの論調になってしまう違和感の原因はこれであって、そもそも二つの要素は西宮硝子ってキャラクターの行動原理には関係なくて、ただ本人は植野がしてくれていたように(経験不足で応えられてなかったけど)、
ひろと @second_tone
ひとりのフツ―なコミュメンバーとして認めてもらってコミュニケーションしてほしかっただけであって、だから根本的にこの作品のテーマが「コミュニケーション」であると断ずることができるわけですよ! わかりますか「聲の形」のこういった本質が! エエッ!?
ひろと @second_tone
なんだかんだ高校生に進んでからも、西宮硝子さん本人の学校生活がどうかだとか、主要登場キャラの中で西宮さん本人だけがつながっている友人的なキャラクターは不在だったし、好意的な態度でコミュニケーションを図りに来てくれていた将也に惚れるっていうのは、特にエラーでもなく自然なことだよな…
ひろと @second_tone
本予告にあるみたいな花火かつ名前を叫ばれてるような状況になってるってのも、やっぱり「誰かと普通に一緒に過ごしたい」ってのが行動原理だって思えば、「自分と関わると…」という具合に西宮硝子さんが自己評価が最低な中で将也が積極的に関わろうとして来てくれてたら、じゃあ私から身を引こう、と
ひろと @second_tone
まあなるよね、でもその方法なんて全然思いつかないし将也と家族以外に自分を受け入れてくれるようなところも思い当たらないしモンシロチョウずっと飛んでるようなシーンを経たあとの心境だったら、西宮硝子さんが自分を追い詰めて追い詰めてああいう行動に出るっていう孤独感もなんとなく納得できるな

「西宮さんは将也を『許す/許さない』とか考える理由がそもそもない」解釈について(9月23日 - 4:50)


ひろと @second_tone
自分、ちょっとまた「聲の形」論いいすか?
ひろと @second_tone
「聲の形」昨日も書いた気がするけど、将也と硝子の関係性に「いじめ」とか「許す/許さない/許されるべきではない/簡単に許すべきではない」論を絡めるのはそもそも精神的余裕がある側の語りであると思うところであり、その理由としては、硝子は転校間際の時点で将也を嫌いかどうかはっきりしてない
ひろと @second_tone
というところがある。つまり何かと言うと、「硝子が自分をいじめていた将也を『憎んでいる/嫌っている』という前提がまず違うのでは?」という解釈でありますな。本当に嫌っているのなら机を拭いたりするといった行動はないと思うし、もっとはっきり小学生時点で拒絶する反応があってもおかしくないと
ひろと @second_tone
「自分をかなりキツめにいじめていた相手を嫌わないはずがない!」という気持ちがあって、この解釈を頭から否定されるというのも理解できる。けども、硝子は耳が聴こえないのであって、想像しかできないが、心の成長も周りからすれば幼いところがあると思う、「聴こえない」ゆえの社会経験の半減とか…
ひろと @second_tone
それと、はっきりした悪口はもちろん、そうでもない言外に仲間外れにするようなニュアンスの言葉も(女子が遊具で集まっていて、やや離れたところにいる硝子を仲間外れにしてみんなで帰るシーンとか)、硝子は聞き取れてないわけであって、自分ひとりではすべて理解できない硝子にとってはその辺りは…
ひろと @second_tone
健常者である人々が想像するほどの精神的ダメージというのはなかったんじゃないかな、という想像で。「んなこたない態度でわかるしキツいわ」という実際に耳が聴こえない方もいるかもしれないが、硝子個人の場合、あの母親のような家庭環境やちょっとアレげな先生とか、とにかく周囲の大人が総じて……
ひろと @second_tone
硝子に対して与えるべき助言や励ましとか対処法を授けてなかったんじゃないかなと思うわけですね。だから(おそらく当時から自己評価が低かったであろう)硝子は、(社会経験の少なさも災いして)原因が自分にあるという想像をするしかなくて、だから大して周囲へのマイナス感情を持ってなかった、と…
ひろと @second_tone
「硝子は確かにキツめのいじめをされてたがそれほど周囲を嫌ってなかったのではないか」論ですけど、黒板の落書きを消してもらって「ありがとう」と書くシーンも、普通の人々からすれば「ケンカ腰で責められないからああいう返事するしかないよね…」と解釈するかもしれないけど、硝子にとっては、
ひろと @second_tone
硝子本人の子供社会に対する想像力が実年齢に伴ってないこと、自己評価が低くて自分の疑心暗鬼を否定してしまうであろうこと、そもそも将也はあのとき「聞こえていれば明らかに嫌味なニュアンスをすくいとれる声」でしゃべりながら消してたけど、もちろん硝子にはそれがわからないという点があって…
ひろと @second_tone
耳が聞こえる自分は「うわあ将也めちゃクソ野郎」と思ったけど、まあ想像でしかないが、硝子本人は大してダメージ受けてなかったんじゃなかろうか、という解釈ができなくもない…はず
ひろと @second_tone
ごちゃごちゃしてきたので結論すると、硝子本人は各所で言われているほど、「許す/許さない」に自分の心のなかで発展するほど将也や周囲をそもそも嫌っていなかったという解釈には整合性がある程度取れるであろうなー、という話
ひろと @second_tone
そして小学生の頃から硝子が望んでいたこと、ああいう行動に出る理由・動機であるというのは、やはり最初から最後まで「普通の友達がほしい/一緒にコミュニケーションを取る相手がほしい」であって、それは高校生になった後も変わっておらず、つまり作品テーマであるという話はまた別になるので割愛
残りを読む(26)

コメント

アプロ @rUyaCVtIiRxgC9M 2016年9月24日
個人的には、主人公がヒロインと同じ「いじめられっ子」に落ちたことで、ようやく対等な立場になった(だから、小学生の硝子は、いじめの標的になった石田に優しくできたし、殴りあいの喧嘩もできた)と感じて、描写のエグさに戦慄しました。 後の「石田グループ」が植野とメガネを除けばいじめ経験者しかいなくて、結局クラスメイトたちとの和解がなされなかったことも、「同じ地獄(いじめ)を経験しなければ、元いじめられっ子と本音ではわかり会えない」という描写に見える。
ひろと @second_tone 2016年9月24日
rUyaCVtIiRxgC9M コメントありがとうございます! またいろいろ考えさせられます。おそらく原作も読まれている方でしょうか、自分は映画1回のみなのでどうしても浅くなってしまう気がしております…。>小学生時代で二人の立場が対等だったのはケンカしてる瞬間だけだったのではないかなと思います。直前まで硝子が将也の机を「拭いてあげていた」というとこからして、あの時点では少なからず子供社会的には硝子のが上だったのでは? と。(返信はつけずに続けます~)
ひろと @second_tone 2016年9月24日
将也がわかりやすく転落したあとに硝子をいじめるような子はいないでしょうし、だからこそ将也は悔しいと心底思い、あの場面で硝子を強く拒否したのではないかなぁと。ケンカしてる瞬間というのは互いに冷静さがないのでなんとも言えないですが、物語を観ている側としては、あの場面は二人がまっとうで対等なコミュニケーション・関係性を持っている唯一のとこでないかなと思います(舞台挨拶でも『いいシーン』とキャストの方が言ってましたし)。たしかにあの場面へ至るまでの流れはなかなかクるものがありますが…キツかった…。>
ひろと @second_tone 2016年9月24日
>『後の「石田グループ」』が、原作準拠なのか映画準拠なのかちょっとわからないところですが、私的には「和解」は必要ないのではないかな、と思います。まとめ内でもツイートしてますが、この物語に「許す/許さない」をあてはめるのなら「自分で自分を許せるかどうか」だと思ってまして、個人から他人への感情はあまり重要ではないと考えてます。最後のシーンで将也の主観にあった×印がすべて落ちていて、これは将也自身の変化の結果であるのではないかなとも。
ひろと @second_tone 2016年9月24日
映画では「本音でわかりあった」演出というのはなかったと思いますし、大事なのは分かりあうことでなく、終盤の川井がそうであったように理解しあおうとすることではないかなー、と思う次第です。あの後どうなったか自分はわからないですが(原作には描写があるそうで)、将也が自分を許せたにしてもそう簡単には行くまいよという感じでないかなと考えます。どうなんだろう…なんにせよ原作買わないとイカンですね…。コメントありがとうございました~(長い長すぎる)。
愚者@ C97土南ソ30a @fool_0 2016年9月24日
当局も許す許さないは物語の本旨ではないと思うんですよね。そもそも当の硝子自体苛められていたという意識が希薄、或いはそれ自体無かったようですし、故に自分がいじめの被害者だったという意識が無かったから許すも何もないという。別まとめでも言いましたが、『聲の形』はコミュニケーション不足(或いは欠陥)がもたらす人間ドラマが主旨であって、許す許さないは外野が勝手に騒いでるというのが当局の雑感です。
ひろと @second_tone 2016年9月24日
fool_0 コメントどもです! >自分は許す許さないの話にあった「硝子がいい子すぎ/現実を美化しすぎ」みたいな話に違和感があったんですよね。それで自分も考えてこの結論なのですが、ああいった評価をする方々がこの結論に達してくれるはずもないよなぁとも予想できてしまい(思考でも検索でも)、もう現実は作中世界よりはるかに厳しくて嫌んなるなーという感じです! つらい…。西宮は「君に生きるのを~」のとき、将也は最終カットのときのように、どこでどう救われたか/成長したかを考えてほしいですよねー…。
義明_雑談用 @yoshiaki_idol 2016年9月24日
「いじめられていた」意識はないでしょうけど、「疎まれていた」「迷惑がられていた」は感じてたんでしょうね。それは映画でもクラスの空気として、硝子が転校してから合唱や朗読、植野が硝子のノートを取ってやってるせいで自分のノートが取れて無い、などのシーンで段階的に描写されてます。
義明_雑談用 @yoshiaki_idol 2016年9月24日
将也もその空気を読んで、一度は「お前このままじゃウザがられるぞ」とはいいますが、結局それを解消するのでなく、いじめる方向になってしまう、という次第。まあ自分が小学生だった頃を思い出しても、上手くやれた自信は無いですね^^;
ひろと @second_tone 2016年9月24日
yoshiaki_idol コメントどうもです!>感じてたでしょうねー…。そこまで鈍感ではなかったでしょうな、転校してきたという辺りからも「自分が起こした問題」みたいな経験と学習はあったと思います。自己評価が低くなったり「自分のせいでおかしくなったもの」としてきっと覚えてますよね。ちょっと飛びますが、このことは花火大会のシーンにつながるのかなと。お前の罪を数えろとかではないですが、あの行動が唐突に感じられるのは、第三者の知りえない硝子自身が覚えていることの積み重ねがすごく多いのかなー、と。つらい…。
ひろと @second_tone 2016年9月24日
yoshiaki_idol >自分もそりゃ無理だなーと思いますね…。佐原さんの善意がどれだけ尊いしても足りないくらい尊いと感じ入ります。他にもいろいろあって私的に佐原さんがいちばん好きです。佐原さんもっと出番あってよかったですよね、佐原さん…尊いッス…。
義明_雑談用 @yoshiaki_idol 2016年9月24日
second_tone 佐原は原作だと最終回までに更に成長というか変貌を遂げますので、機会があればそちらも御読みになればよろしいかと^^
STEELFAN @steelfan_kyoto 2016年9月24日
個人的な見解であると前置きしてですが、いわゆる批判派は「許す許さないは物語の本旨ではない」というのを分かっていない訳ではないと思います。
STEELFAN @steelfan_kyoto 2016年9月24日
むしろ分かり過ぎるくらい分かっているからこそ「少女が人間としての尊厳を奪われるだけでなく、それに怒ることすらも奪われる残酷物語だ。なのに美談のように描き、世間にもそう扱われている。そこが許せない」と主張しているのだと。
STEELFAN @steelfan_kyoto 2016年9月24日
西宮はあまりにも孤独で孤立しているがゆえに、いじめてくれる=暴力という形であっても自分に関わってくれる将也に惹かれるわけですが、まとめ主さんが「歪んだ欲求」と表現しているように、これは本来とても病的でグロテスクな好意と言うべきものです。
STEELFAN @steelfan_kyoto 2016年9月24日
割と近い描写として綾瀬さとみ(漫画家)の成人向け漫画『スケッチ』というのがありますが、こちらの作品はヒロインの好意が病的なものであるとハッキリ分かる描写(一部で有名な「変態! 変態! 変態! 変態!」のコマ)がなされています。
STEELFAN @steelfan_kyoto 2016年9月24日
『聲の形』の描き方はあまりに巧み過ぎて、いじめ自体の残酷性はともかく「それに対して怒ることすらも出来ない状況に追い込まれている」という部分の残酷性が糊塗されているように見えてしまいかねない、というのが批判側の問題意識なのかなと。
愚者@ C97土南ソ30a @fool_0 2016年9月24日
あとこれも別まとめで言及しましたが、石田美也子(将也ママン)と西田八重子(硝子ママン)のやりとりも個人的には注目すべきところです。加害者と被害者、それぞれの母親が抱える葛藤と苦悩も『聲の形』のテーマの一つではないかと。 無論それだけだと救いが無さ過ぎるのですが、そんな二人の奇妙なきっかけで始まる交流も凄くいいです。残念ながら映画では尺の都合上省略されていますが、原作ではママンズの女子会もあるので是非おすすめです。
愚者@ C97土南ソ30a @fool_0 2016年9月24日
steelfan_kyoto 要するに本来なら誰しもが怒るべきところを硝子はそう思うことすら奪われているにも関わらず美談として描かれていることに我慢ならない人が居るという訳ですか、それなら分かりやすいです。ただそれを理解した上で言いますと、美談というほど持ち上げている要素が無いというのが当局の雑感です。むしろ当局が前述したママンズのように母親ですら(或いは母親だからこそ)自分達の子供を理解できておらず自殺を見逃してしまったりしているように、人間関係の難しさを浮き彫りにしている方が目に付きます。
駄文屋あさひ@iM@s最高! @asahiya_WWer 2016年9月24日
ううむ。「許す、許さない」ではなく、「やり直しの物語」かなと。『聲の形』の主要キャラって大人も子供も、何かしら失敗してて「失敗を踏まえてこれからどうしよう」をただひたすら重ねただけの話なんじゃないかなと。だから苛めが残酷でも、仲直りが美談でもなく、あくまで「経過や結果」で、「子供の頃目指して失敗したけど、今は失敗しなかったね」ってことではないでしょうか
ひろと @second_tone 2016年9月25日
コメントがたくさん! あざます。>「怒ることすらも奪われる~…」という観点ですが、確かにフツ―の神経ならここに怒りを感じるのかなと思います。硝子さん自身の境遇や性格がどうというところを考えなければではありますが、まあ納得できます。ただ私的には、「聲の形」だけを挙げて「そこが許せない」攻撃するほど酷くはない(というとアレげですが)と思います。「硝子の自己評価の低さ」というとこを見て考えればありふれたレベルではあるというか。つらい…。ここは個人的な価値観なので他の意見がないとなんとも言えんですが…。
ひろと @second_tone 2016年9月25日
なんだか作品内容にちゃんと言及したコメントが寄せられていて嬉しいなぁという思いです。他のまとめはいろいろノイズが多いので、作品を観たうえで軽くでも語りしたい方は、ぜひともここにコメントしてもらえると自分も何かが捗ります…お願いします…。
耳見子子巳弥々@静かに暮らす @marichakon 2016年9月26日
まとめタイトルで「そりゃそうだな」と思って、自分なりに考え詰めた上で中身読んで内容としても同意、です。付け加えるとしたら、硝子が精神的ダメージを受けていたかという問題よりも「硝子が何を考えているかわからない」ことが物語上の一番のポイントだったのではということですかね。ディスコミ。
耳見子子巳弥々@静かに暮らす @marichakon 2016年9月26日
言葉が喋れないこと、筆談の限界、手話ができるか否か、手話ができた上での限界、また「健常者」同士でも起こる齟齬といった様々な段階でのディスコミがあって。「相手の考えは分からないし、相手が自分の考えを分かっているかどうかも分からない」という根源的恐怖からの孤独感。
耳見子子巳弥々@静かに暮らす @marichakon 2016年9月26日
あと色々な感想見てあんまり言及されてないように感じた点が、「小学生の時じぶんが何考えてたか、覚えていますか」ということ。あの年頃の急速な精神的肉体的変化って、過去の自分が自分じゃないように感じるほどわからなくなるものだったりする。川井とか実際そういう感じもありそうだしなぁ、と……なんか長くなって逸れてきたのでコメントではここまでにします。連投失礼しました。
STEELFAN @steelfan_kyoto 2016年9月26日
second_tone お返事ありがとうございます。そう言っていただけると助かります。 ただ、すいませんが、『硝子さん自身の境遇や性格がどうというところを考えなければではありますが』の意味を捉えかねています。 彼女のあの歪な人格形成を考慮する上で境遇を外して考えている人など批判派にも肯定派にもほとんどいないと思うのですが。 あるいは、「彼女はああいう人格になった上で将也を受け入れたのだから、外野がガタガタ言うべきではない」という意図でしょうか?
ひろと @second_tone 2016年9月26日
steelfan_kyotoぬ、日本語が粗雑ゆえ伝わりにくかったようで申し訳ないです。>だいたい後者の感じです。西宮自身のことを考えると、「怒ることすら~」というのはやや押しつけがましいぞ! と考えてました。物語の後半で西宮は「自分が壊したものを取り戻したい」という動機から様々なことと相対していきますよね。ずっとあった罪の意識から自分を許すために頑張るわけです。とすると、西宮からすれば高3の頃に限らず小6の頃のことも許すべき対象になってるはずで、罪の意識を抱えていたということになります。
ひろと @second_tone 2016年9月26日
steelfan_kyoto 外から見れば酷な境遇だったかもですが、西宮の主観ではむしろ逆なんですよね。1クラス壊してしまってると。こういう西宮を優しすぎると捉えるか共感するかで意見が分かれると思うのですが、自分の場合は共感するので「残酷」というのは押しつけ気味かなぁと。聴覚~…という要素が西宮/物語全体の繊細な印象を強めているだけで、「怒ることすら~」というのはもっと深刻な状況だよなとも思います。だから「そこが許せない」攻撃するほど酷くはない(というとやはり大変アレげですが)と書いたのかと思います。
STEELFAN @steelfan_kyoto 2016年9月27日
second_tone お返事ありがとうございます。 当方としては、彼女のあの自罰傾向を「罪の意識から自分を許す」という形で解決させてしまったこと、そのことによってあの性格を優しさ・純粋さであるかのように見せてしまったことがが『聲の形』の一番の問題点だと思っていますので、そこをはっきりさせることができて有難く思っております。
STEELFAN @steelfan_kyoto 2016年9月27日
敢えて厳しい言い方をすれば、彼女のやっていることは尊厳の不当廉売だ、と当方は思っております。あれだけの目に遭わされてなおそれを自分の所為だと認識し行動することは、他の同様の被害を受けている人々に対する抑圧になってしまいかねない(メタ的な意味ではもうなってる)と。
STEELFAN @steelfan_kyoto 2016年9月27日
もちろん彼女がそうなってしまったのは環境の故の必然であり、情状を酌量してあまりあるものです。 が、であればこそ、『彼女に本来必要なものは信頼できる大人による庇護であった』『しかしそれが劇中で得られる目途が全く立たないがゆえに、「いじめてくれた」将也等との交流に依存することになった』『それは本来極めて病的でグロテスクな関係である』という三点に言明せねばならない、と。そのように考えております。
愚者@ C97土南ソ30a @fool_0 2016年9月27日
steelfan_kyoto その辺りのグロテスクさは劇中で植野が「(硝子が)周りを疲れさせる存在」などと表現しているのですが、一方でそれだけで万人に伝わるかというと難しいでしょうね。端的に言って硝子自身は何も悪くないんです。ただその上で、自らが周囲に与える影響まで考慮できなかったことが人間関係を歪にしてしまったということは言えるかと。もっともそれは健常者でもかなり難しいことではあるのですが。
義明_雑談用 @yoshiaki_idol 2016年9月27日
steelfan_kyoto 大筋には同意します。一点だけ反論するなら、硝子は「いじめてきた将也等との交流に依存」じゃなく、もう一度やりなおせるチャンスと捉えたんだと解釈してます。「皆と仲良くなりたい」と最初に書いた筆談ノート、それを置いていくことで諦めていたのを、自分をいじめた将也が持ってきた。「コイツを攻略すれば、ひょっとして?」という期待を持ったんじゃないかと思ってます。
義明_雑談用 @yoshiaki_idol 2016年9月27日
劇中、一見普通の回想シーンに見えるところとして、将也が後ろの席からちょっかいかけて、硝子が「もう、やめてよね」と普 通 に しゃべるところがあります。勿論、硝子が実際そんな風に言える訳でもありませんので、それは夢、あるいは「願望」とも言えるでしょう。硝子は小学生のあの時、「こんな風に普通にやり取りできれば良かった、そうしたかった」とずっと思っていたんですよね。だから、それをやり直したかったし、ラストで植野が「バーカ」と指文字で伝えてきたことが嬉しかったんでしょうね。
義明_雑談用 @yoshiaki_idol 2016年9月27日
私はこの作品を、浄化とか、ましてや恋愛モノとは全く捉えてなくて、将也は周りをちゃんと見て声をちゃんと聞くようになる、硝子も小6の筆談ノートの願い「皆と仲良くなりたい」をやり直す、それだけの話と思ってます。まだスタートラインに立っただけ、みたいなモノ。それすら認めない、許さない、という姿勢で叩こうとする人は、正直勘弁して欲しいですね^^;
なみへい @namihei_twit 2016年9月27日
あぁ、なんだかホッとしました。当方、なんでこんなコトするの!とキレるよりも先に、なんでこんなコトするんだろう?という困惑から始まって、何か気に障ることをしたんだろうかと自問自答を始めてしまう人間でありまして。イイ気味だとかザマアミロという感情の気持ち悪さ、ソレを向けられた時のおぞましさとか、周囲にまき散らしたあとの後味の悪さとか、それでもこんなこと繰り返すんだ、よく平気だな、って思ってしまう側に居るので、硝子の行動も、硝子への批評も、どちらにも共感しきりです。
なみへい @namihei_twit 2016年9月27日
好意的であれ否定的であれ、「気になって仕方ない/気に障って仕方ない」人ってのは、「何とも思っていない」人よりも確実に近い関係であるし、「何を考えているか分からない」相手よりも、「正でも負でも感情をぶつけてくる」相手の方が理解は進んでより近い関係になっていきます。
なみへい @namihei_twit 2016年9月27日
自分も他人もよく見えてない人、自分のせいだと抱え込んでしまう人、他人のせいにしてまき散らす人、いずれも何処にでもいる人です。3パターンの人間しかいないわけじゃなく、3つの成分率がそれぞれ異なる人間が沢山居るわけで。過度に突出していると抑制する力が働くのはわかりますけども、怒らない人に向かって、何故腹が立たない?怒れよ、ってのは正直ゲンナリします。そういう人も居るんだって。ふぅん、で済ませてくれよ。
なみへい @namihei_twit 2016年9月27日
怒る自分(怒ることを止められない自分)を認めてやれてないから、怒るという行為の否定に繋がる存在が脅威なんでしょうな、とか勝手に思ってます。こちとら怒っていい時/怒るべき時に怒れない不利益を飲んででも、怒らないことを選んじまうっていうのに、あんたら怒らんでもいい時に怒って顰蹙を買ってそれにまた怒り出すとか、もう勝手にやってろとしか。
なみへい @namihei_twit 2016年9月27日
人物像(個性)が、シンボル(抽象)化されておらず、リアルさというか生々しさのあるところに、この作品が人を惹きつける要因があるのかな、と。登場人物と自分が重なった人が、登場人物達のように一歩踏み出せますように。 (全くまとまってなくてスミマセン)
あぶらな @ab_ra_na 2016年9月27日
るろ剣読んで「改心したっつっても人殺しが何やかんやで結局許されて幸せになる話じゃん納得いかねえ」みたいなもんかな。
ヘイリバー @heyriver321 2016年9月27日
聲の形は漫画を追ってきて映画は未視聴だけど、主と大体同じ意見だなぁ。石田と西宮は小学校の時に二人が本音で喧嘩してること考えると少なくとも西宮には自分が被害者的な感情はなかったんじゃないかと思う。
クラフト @Craft070707 2016年9月27日
大体の所、「テーマの本質はイジメにはなかった」と言う流れで、そも硝子はイジメと認識してないはずって感じか。それなら将也が補聴器壊す必要も、その流れで耳から血を流す必要もない気はするけどね。「それが舞台装置になっている」ことが問題なのに、「それは舞台装置だから」と返されると、なんかもにょる。
クラフト @Craft070707 2016年9月27日
ちなみに、 http://teenssexandwarmode.hatenablog.com/entry/2016/09/27/001919 ここも、補聴器を執拗に壊されたりするのは単なる舞台装置で、そこに引っ張られたらこの映画の「美しい部分」を見失うよって言ってる。本当に必要だったんかい?補聴器をいくつも壊す描写。
かげろ~ @kgerou 2016年9月27日
Craft070707 弁償した母親への負い目になっていますし、主人公が高校三年まで生きてきた意味にもなっていましたよ
クラフト @Craft070707 2016年9月27日
kgerou んでも、それだけの事件でも、「硝子が許す許さないの話ではない」のでしょう?将也を追い込むためだけの事件として補聴器が壊され、硝子はイジメと認識してもいないとするなら、本当に必要だったのかね?
クラフト @Craft070707 2016年9月27日
Craft070707 イジメと認識していたが、そういう精神状態になかったと評価するとして、結局のところ「補聴器壊される大事件」に対しての硝子の反応が都合よすぎると思う人が一定数いるわけでしょ。
かげろ~ @kgerou 2016年9月27日
Craft070707 「いじめ」発覚が補聴器の紛失からですし、弁償と母親の耳の怪我あたりのエピソードもなくなりますからね。 理屈をつければ「必要でない」とすることもできるとは思いますが、主人公の人格形成に影響を与えるエピソードですし、無理に理屈付けてオミットする理由はないかと。
@mouth0717 2016年9月27日
ディスコミュニケーションの結果起きる弊害として小学校時代のいじめが位置づけられているので、いじめ描写がぬるいと「無理にディスコミュニケーションを解消しようとしなくてもそんなに問題なくね?」ということになりかねず……。
義明_雑談用 @yoshiaki_idol 2016年9月27日
Craft070707 「『それが舞台装置になっている』ことが問題」というのは、それを問題としたいという意識を持つ人の主張になります。問題としない人はそこに引っかかりませんので、根本から食い違ってきます。最初から自分なりに論を組み直す必要があると思いますね。
義明_雑談用 @yoshiaki_idol 2016年9月27日
それこそ、硝子の聴覚障害についても作品全体のテーマという解釈と、単に硝子というキャラクターの設定・個性・属性の類とするスタンスとで最初から違っていれば、当然それに続く論も変わってきます。 Craft070707 で引用されたレビューも、その点において批評家達も引っかかってると指摘されてます。
義明_雑談用 @yoshiaki_idol 2016年9月27日
mouth0717 さんの指摘にもありますが、別まとめにおいて山本弘氏が「いじめ被害者だった一人として言わせてもらう」とコメントしたのに対し、「そんなの半分フカシ、リアルなイジメってのはそんな甘いもんじゃない」とコメントした者が居たくらいですので、いじめ描写については個人個人の経験から上にも下にも見なされるものだと思います。補聴器の件を「それだけの事件」と大袈裟に捉え、必要かどうかを論じるのはあまり有意義では無いと思います。
*ゆっっっけ @CNANGyukke 2016年9月27日
まとめにも納得できましたが、「やり直しの物語」というコメント欄の意見がすごく腑に落ちました。登場人物が、変に改心していい子ちゃんにならないところもこの作品の魅力だと私は感じていて、それなのに関係性が変わって行くのは、「接し方」が変わっているから、コミュニケーションを取るようになったからということなのではないかと思います。あと、作中に、筆談、写真、SNS、動画、メールと、様々なメディアが登場するのも、他人への伝え方=「聲の形」はひとつではないという示唆なのではないかと思ってみたりもしますね。
かげろ~ @kgerou 2016年9月27日
なんにせよ、「西宮硝子さんはメガネが似合うと思う」に完全同意です。
STEELFAN @steelfan_kyoto 2016年9月27日
これは作品内容そのものよりも受け手側に対する言及になってしまうのですが、「聴覚障碍もいじめも単に舞台装置でしかない。本当に書きたかったのはディスコミのせいで周囲に酷い目にあわされた女の子が『もう一度彼らとやり直したい』という願望を成就させる物語なんだ、それだけが本質なんだ」という意見にはどうしても首肯できません。
STEELFAN @steelfan_kyoto 2016年9月27日
もしそうなら、「そんな残酷フェティシズムはアングラでやれ。一般誌で青春群像みたいな書き方売り方をして一般の聴覚障碍者やいじめ被害者に迷惑かけるな」という批判をせざるを得ません。
STEELFAN @steelfan_kyoto 2016年9月27日
以前のコメントで私は綾瀬さとみ著『スケッチ』の名を挙げましたが、該当作はもともと成人向け漫画である上、作中で「ヒロインの好意は変態的なものである」と言明することによって「これは現実の同性愛者やいじめ被害を取り扱う物語ではない」とはっきりさせています。これはこれで一種の誠実な対処だと思います。
STEELFAN @steelfan_kyoto 2016年9月27日
しかし『聲の形』はその道を選びませんでした。たとえば補聴器の破壊と耳からの出血をリンクさせる描写は、どれだけカンの悪い健常者に対してもその行為の深刻性を理解させるに十分なものでした。当作は現実の聴覚障碍差別やいじめとも誠実に向き合っていると思いますし、「舞台装置~」論はその誠実さを損なうのではないか、と思います。
かげろ~ @kgerou 2016年9月27日
steelfan_kyoto テーマ(主題)が「コミュニケーション」だとしても、お互いのコミュニケーション不足から発生した「いじめ」が薄まるわけではありません。しかし「いじめ」や「聴覚障害」ばかりに目をとられていたら、主題が見えてこないのでは? と思います。
愚者@ C97土南ソ30a @fool_0 2016年9月27日
steelfan_kyoto ご主張には納得できる点も多々ありますが(というか他の批判意見が酷過ぎるのばかりで議論するに値しない)、その上で一つ反論を致しますと steelfan_kyoto の「(前略)それだけが本質なんだ」とまでは言ってないんですよね。少なくとも当局は他のまとめなどでも何度も触れているように、将也と硝子だけでなく家族や友人、クラスメイトなどといった周囲のコミュニケーション不足(または欠陥)もあの作品のテーマの一つだと思っています。
愚者@ C97土南ソ30a @fool_0 2016年9月27日
これも前にどっかでコメントした気がするのですが、『聲の形』って人間関係の嫌な部分を抽出して煮詰めたような作品なので @steelfan_kyoto さんのような反応もすごく納得できるんですよ。ただ率直に言ってそこから先はそれこそ受け手側の問題な気がします。
まーさ@提督 @ma_kan_sa 2016年9月27日
映画だと描写が少し足りなかったですが 硝子は前の学校でも同じような事件で何回も転校してますし 自分が声が聞こえないことが原因で結弦もいじめられてます。 さらに言うと父親は硝子が耳が聞こえないことが原因で家を出ております。 原作では硝子の夢で父親を合わせた家族全員での暖かな生活や学校生活が出てきます。 それを硝子は自分のせいでぶち壊してしまったと思ってるわけですよ。
愚者@ C97土南ソ30a @fool_0 2016年9月27日
ma_kan_sa それに加えて母親の『厳しく当たることが子供達の為になる』という思い込みが更なる家庭不和の悪循環を生み、最終的に硝子の自殺を見逃すという最悪一歩手前な結果となってしまってますからねえ……
STEELFAN @steelfan_kyoto 2016年9月28日
すいませんが、「他の批判意見が酷過ぎるのばかりで議論するに値しない」という部分について、最後に一つだけ。 作品内容にもまとめの本論にも関わらない、完全に「受け手側の問題」なので、もし当まとめに不適切でしたら削除してください<まとめ主さま
STEELFAN @steelfan_kyoto 2016年9月28日
当方は読み切り版の頃にあらかじめ『聲の形』のことを知っていたわけですが、劇場版で初めて本作を見た人は当然そうではない訳です。 特に聴覚障碍者の縁者だったり、差別問題に興味があるなどの理由で見に行ったような人は、タイトルと広告キャプション等からもっと穏当な内容を想像したと思うんですよね。
STEELFAN @steelfan_kyoto 2016年9月28日
ところがそういう観客は、硝子が極めて深刻ないじめを受けながらそれを自分の所為だと信じ込んで自罰する上、その信条を維持したまま「コミュニケーションを変えたら上手くいくようになった、やっぱり自分のやり方がいけなかったんだ」と成功体験を得てしまう、という極めてグロテスクな描写に直面するわけです。
STEELFAN @steelfan_kyoto 2016年9月28日
そして愕然としたまま「なんだこれは」と声を上げたら、肯定派からの「物語の読み方を間違えてる」「聴覚障碍は本質じゃない」という批判に直面するわけです。 正直、自分がその立場に置かれていたら、こんなに落ち着いて文面を考えられるとは思いません。
STEELFAN @steelfan_kyoto 2016年9月28日
もちろんこれは不意討ちを食らった側の都合であり、肯定派にしてみれば「お前の都合など知るか」という感じではありましょうが、彼らが強硬な言葉を使いがちになるのも(特に公開初期の今の段階では)無理からぬ部分がある、という点について心に留めておいていただけると幸いです。
愚者@ C97土南ソ30a @fool_0 2016年9月28日
steelfan_kyoto まどマギ劇場版の時にも似たような話が上がっていたのを思い出しました。『魔法少女なのに、あの詐欺みたいな内容はなんだ! 事前の周知が足りてない映画館側の不手際だ!』みたいな感じで。その時にも当局は「TV版放映後だからネットで探せばいくらでも情報はある。その気になれば簡単に予習できる環境でそんな物言いはちょっと無理があるんじゃないですかね?」などといった回答をしました。
愚者@ C97土南ソ30a @fool_0 2016年9月28日
率直に言って『聲の形』が劇場版で初出という作品であるならば、 steelfan_kyoto のような批判も分からなくはありません。しかしまどマギ同様聲の形も世に出て既に知られた存在になっていた訳で、ネットでどのような作品かはある程度分かる訳で、全く情報が無いとは言い難いんですよね。不意打ちというのは事前に全ての情報が伏せられている状態で初めて通じる言い分であって、聲の形がそれに該当するとはちょっと思えないです。
愚者@ C97土南ソ30a @fool_0 2016年9月28日
無論これらは当局個人の考えで絶対に正しいとは言いませんし、予備知識なしで映画見る人も少なくないですから不意打ちされたという主張も分からなくはないです。ですが、だとしてもそこまで声高に責められることなのかという疑問があるのも確かです。聴覚障害者だからネットは使えない、なんてことはまさかないですよね? むしろネットを利用する事で健常者と同じ土俵で事前に情報を得られるものだと思っていたのですが、そのように考えるのも健常者の傲慢と言われるのでしょうか?
愚者@ C97土南ソ30a @fool_0 2016年9月28日
とまあ、ここまであれこれ書いてきましたが、正直これ以上の議論は個々人の主観のぶつけ合いにしかなりそうになく、恐らくは不毛な応酬となりそうですからこの辺りで一端主張を収めます。
ねこバタ会議@RogueBlood制作中 @nekobata_kaigi 2016年9月28日
とても共感できるまとめでした。物語についての感想や見解は人それぞれですが、『聲の形』というタイトルの意味もそっちのけで、いじめ加害者と被害者の軸のみで作品を断罪するのは違うんじゃないかなあとは思います。障害やいじめの問題は「道具だから大したことではない」ということではなく、そこだけにこだわってしまうと西宮硝子を一人の人物として見ることが出来なくなってしまうのではないかなと感じます。
STEELFAN @steelfan_kyoto 2016年9月28日
当まとめに近い観点で書かれたブログ記事を見つけましたので張らせていただきます。 第52話にみる、硝子の「防衛機制」とは? http://koenokatachi.seesaa.net/article/420656430.html
ひろと @second_tone 2016年9月28日
自分のツイート群より中身のあるコメントがたくさん集まり、ウワァスッゲエなどしております、まとめた人です。まだアクセスがあるようなので冒頭にコメント欄見てね的なことを書き足そうと思います。さてですが。手前のリンク先がとてもよく、まだ知らないとこにいい文章がたくさんあるなと思いましたので、そういうのも気軽に貼ってくれェ! といった状態です。てことで自分も今日見つけて共感した記事貼っときますねー( https://oriver.style/cinema/koe-no-katachi-review-3/
ねこバタ会議@RogueBlood制作中 @nekobata_kaigi 2016年9月29日
公式ファンブックの作者への一問一答やロングインタビューに、登場人物の各場面での行動論理についての解説が掲載されていました。ここでも挙がっていた硝子の持つ自己嫌悪と加害者意識についても触れられており、とても興味深い内容でした。
ログインして広告を非表示にする
ログインして広告を非表示にする