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51 「ただ、俺が教師として言えるのは、わからないならわからないなりに、選択肢を広げられる環境に行った方がええよってこと」 「どういうことですか?」 「親御さんがええって言ってるなら、その言葉に甘えるのもええんちゃう?大学」
2016-01-28 17:38:0852 「でも理由なしにそんな」 「目標を探すために大学に行く。それも立派な理由やん」 目標を探すのも立派な理由。 考えたこともなかったことだった。
2016-01-28 17:38:1253 「無理にとは言わんし、悩むだけ悩めばええし、俺ならいくらでも聞くし」 寒さで冷えた手で、いつのまにか涙で濡れてたわたしの頬をぬぐって。 そのまま、頭をくしゃくしゃと撫でてくれた。 恋に落ちる音がした。 ***
2016-01-28 17:38:1754 そのあと、ぐすぐすと泣きはじめたわたしにわたわたしながらも、先生は寒空の下、落ち着くまでずっと一緒にいてくれた。 「ちょっと待っとき。」 そう言うと駆け足でベンチを離れて、2本缶を持って戻ってきた。
2016-02-04 00:45:1055 「ココア飲める?」 「…飲めます」 「これ飲みや」 渡されたのは、あったかいココア。 先生はさっきみたく隣に腰掛けて、もう1本の缶、コーヒーのプルタブをあけた。
2016-02-04 00:45:1856 「あったかぁ」 「ぬくいな」 ほとんど会話らしい会話はしなかった。 寒いか、熱いか。一言ずつだけ。 キーンコーンカーンコーン 沈黙を破るように、最終下校を知らせる鐘が鳴った。
2016-02-04 00:45:2657 「よし、帰るか」 先生はベンチから、腰を上げて帰りを促す。 冬の17時過ぎ、気づいたらあたりは真っ暗だった。 先生は校門まで一緒に来てくれた。 「ありがとうございました」 「気をつけて帰り。また明日」 ***
2016-02-04 00:45:3758 朝起きたら、ココアの缶がなくなってた。 どうしても捨てたくなくて、ちゃんと洗って水切りラックに置いておいたのに。 今日資源再生ゴミだから、っていけしゃあしゃあと妹が言う。 家出る寸前まで喧嘩した。 ***
2016-02-04 00:45:4759 「あ、おはようございます」 「おはようってもう夕方やで?」 「今日一番最初に先生にあったから、おはようです」 放課後。 中庭に行ったら、今日は錦戸先生が先にベンチに座ってた。 「先生も、ここ好きなんですね」 「あー…まあな」
2016-02-04 00:45:5860 嬉しかった。おんなじだって。 自分でも単純だと思った。 ちょっと年上の、かっこいい人に優しくされただけで、こんなにも簡単に恋、してる、みたくなるなんて。 しかも、思春期の女子生徒にありがちすぎる。先生、だなんて。
2016-02-04 00:46:0361 頭ではそんなのただの憧れだよっていってるのわかってる。 けど、いままでも恋は何回もしてきた。 それと全く同じ、それどころか、 ずっとずっと、痛かったの。
2016-02-04 00:46:1062 「昨日のココアの缶、妹に捨てられちゃいました」 「はぁ?当たり前やん」 「でも捨てたくなかったんだもん、嬉しかったから」 先生は、なんそれ、ってふにゃふにゃな顔で笑った。 「んなもん、いくらでも買ったるわ」 ***
2016-02-04 00:46:2363 それから、なぜか先生はいつも中庭に来てて、わたしも前よりも中庭に行くようになって。 ほとんど毎日のように、先生と話した。 友達のこと。 進路のこと。 家のこと。 テレビのこと。 真面目な話もしたし、世間話もした。中身の何にもない話もした。 内容はなんでもよかった。
2016-02-04 00:46:3464 でも、授業中とか、クラスとか、校舎では全然話さなかった。 放課後、人のいない中庭、2人だけの秘密。 あの日も、いつもと同じように、放課後の中庭で、先生と一緒にいた。
2016-02-04 00:46:4265 「先生これなんで主語と動詞逆なんですか?間違ってません?」 「あー、これな。強調するのに、倒置が起きる時あんねん。頻出ちゃうからそこまで気にせんでもええよ」 真面目に英語を教えてもらう。 わたしが勉強するときは、先生はよくラップトップで仕事してた。
2016-02-04 00:46:4766 「先生、毎日こんなとこで油売ってていいんですか」 「俺やってちゃんとここきて仕事してるんですー」 そんな話したことあったな。
2016-02-04 00:46:5367 解き終えた宿題をしまいはじめたとき。 「あ、雪」 使い古したこげ茶の合皮のリュックに白い跡がついていく。 「先生、雪!」
2016-02-04 00:46:5768 「ほんまや」 すごい冷えるとは思ってたけど、雪降るほどだとは。 ぱらぱらと降る粉雪を見て、ただただきれいだなぁ、って思ってた。
2016-02-04 00:47:0269 「ちべたっ」 傘もささずに見てるもんだから、顔にもぱらぱら降られて。 「お前、まつ毛についてる」 「え?」 「雪。とるから、ちょお、目つむって」 促されるまま、目を閉じれば、触れる感触があったのは、 まつ毛じゃなくて、唇だった。
2016-02-04 00:47:0770 目を開けると、目の前に、 錦戸先生。 「はじめて、やった?」 「……ではない」 「なんや、そっか」 粉雪が降った日。 錦戸先生とはじめてキスをした。
2016-02-04 00:47:1271 *** それからかわったこと。 先生が、わたしを下の名前で呼ぶようになった。 たまに、手を繋ぐようになった。 でもかわらないことの方が多かった。
2016-04-01 23:27:3772 校舎の中ではほとんど話さないし、基本的に中庭でしか会わない。 話しもするけど、ちゃんと先生は仕事するし、わたしも勉強をする。 連絡先も知らない、学校の中庭でだけの不安定な関係。 それでも、好きだから。 先生と一緒にいれるならそれでいい、って思った。
2016-04-01 23:27:4373 あ、かわったこと、もう一つあった。 先生がちょっとだけやきもちやくようになった。 「…大倉と仲ええん?」 ??? 「いや、飯一緒に食ってたから、仲ええんかなあって思った…だけ、やけど」 歯切れが悪い回答に、悪戯心と嬉しさとが入り混じる。
2016-04-01 23:27:4974 「……先生、やきもちぃ?」 「ちゃ!な、そんなんちゃうわ!」 年上の男の人にこんなこと思うのも失礼だけど、顔赤くして慌てふためく先生はなんかすごくかわいかった。
2016-04-01 23:27:5475 「大倉とは、中学一緒なだけですよ。というか、わたしの友達の彼氏だし。」 「…ほぉん、そっか」 ちょっとホッとした顔が嬉しかった。 でも、あれから一度もキスはしなかった。
2016-04-01 23:28:00