- colorful_iline
- 4933
- 0
- 0
- 0
26 「面白そうやな、俺も入れてくれんの?」 「え、もちろんです!」 やった、作戦練るわってケラケラ笑った。 水曜日、先生と松ぼっくり戦争する約束をした。 はじめての約束。
2016-01-23 16:46:0327 *** 水曜日。約束通り、錦戸先生は松ぼっくり戦争に参戦してくれた。 昼休みギリギリまで、もう衣替えもすんだ秋なのに汗だくになって思いっきし松ぼっくり投げ合った。 めっちゃ楽しかったわ!ありがとうな! って言ってくれた。
2016-01-25 14:25:1328 錦戸先生は、驚きの速さで人気教師になった。 よく見なくても、彫りが深くてかっこいい容姿に、わかりやすい授業。 親しみやすくて、笑いもわかる若い男の先生が人気にならないほうがおかしい。
2016-01-25 14:25:2129 英語の成績は中の上。 問題児なわけでも、超優秀なわけでもないわたしが先生と話す機会なんてそんなになくて。 最初は、わたしが一番最初に仲良くなったのに!なんてちょっと妬けたけど、次第にただただ日常の、 人気な英語の先生と、 そこそこな生徒、になっていた。 ***
2016-01-25 14:25:3330 紺ソックスだけじゃちょっと寒くて、タイツをはこうかはかまいか、悩みはじめた頃。 進路調査票が配られた。 「提出期限は来週末まで。忘れずにちゃんと出せよー」 帰りのホームルーム、いつもなら聞き流す担任の言葉が頭から離れなかった。
2016-01-25 14:25:4031 なんにも書けない真っ白な紙を持って、中庭のベンチに、寝転がった。 なんでこんなに落ち着くのに、ここは人気がないんだろう。 ていうかなんで別棟に中庭の作ったんだろう。 日当たりのいい本棟につくればいいのに。日当たりの悪い別棟の中庭、この季節はまず誰もいない。
2016-01-25 14:25:4932 なんにも考えずに、時が止まればいいのに。 そっと目をつむって。 寒いけど、このまま寝ちゃおうかな、風邪ひくかな。 「おい、パンツ見えとるぞ」 「へっ!?」 慌てて起き上がると、すっごい悪い顔して笑う錦戸先生がいた。
2016-01-25 14:26:0233 「…見ました…?」 「おん、モロ見え」 「…さいっってー!」 「え、うそ!うそやん!ホンマならよう言わんわ!」 さっきまであんなに余裕そうだったのに一言で慌てふためく先生がなんか面白くて、吹き出した。 先生も一緒に笑ってた。
2016-01-26 20:55:1834 「よう、おるな、ここ」 「なんで知ってるんですか」 「よう見るから」 こんな人気のないとこ見てる人もいるんだあ、って思った。
2016-01-26 20:55:2635 「落ち着くんですよね。なんでこんないいとこなのに人気ないんだろ」 「別棟なんかそうそう来ないからやろ、ちょっと遠いし」 「まあそうですよね」 「でもその方がええんちゃう?人ざわざわおったら落ち着く場所じゃなくなるやろ」
2016-01-26 20:55:3836 たしかに。人いっぱいいたら一つのベンチ、一人で寝っ転がって占領もできないし。 先生が、隣ええ?っていうから、どうぞ、って座り直した。 「それはそうと、お嬢さん、大事な物落としてますよ」
2016-01-26 20:55:5137 先生が、ひらひら〜と目の前にかざしたのは、 白が目立つ、進路調査票。 「あ、すいません。ありがとうございます」 寝っ転がったときに、落としたのかな。 顔の前にかざされたものをつまみとった。
2016-01-26 20:56:0138 「こんなクソ寒いとこで、野宿敢行しようとした原因はこれか」 「別にそういうつもりじゃ」 「へえ。まあここで凍死とかやめてくれよ」 「しませんー」 ふざけた調子で笑ってたのに、先生は急に真面目な顔して、こちら側に膝をむけて座り直した。
2016-01-26 20:56:1040 「先生は、なんで英語の先生になったんですか」 唐突な質問に、先生が一瞬びくっとした。 「え、俺?めっちゃアホな理由やで?」 「いいから聞かせてください」 「んー、アメリカで俺の英語通じたから」 「は?」
2016-01-28 17:36:0741 先生は、だから言うたやん…どっから話せばええかな… って一回空を仰いだ。 「高校のとき、旅行でハワイ行ってん。」 もしかしてアメリカってハワイ。 わたしの顔がほころぶの見ると、ちゃんと聞けやー、って先生の顔もほころんだ。
2016-01-28 17:36:1942 「日本語通じるーとか言われてるけど、実際そんなでもなくて、買い物すんのに英語話さなあかんてなって。それで話してみたら、通じてん!ちゃんと買い物できて、なんこれ!めっちゃおもろいやん!って」 「それで英語の先生になったんですか?」 「中の部分はしょればな」
2016-01-28 17:36:3943 理由というかきっかけか、 って笑った。 普段の錦戸先生って、スマートなイメージで、きゃーきゃーいってるあの子やこの子は多分そういうのが好きなんだと思う。 けど、松ぼっくり戦争をガチでやったり、こういうとことか、結構おちゃめなのかも。
2016-01-28 17:36:4744 「まあ真面目な話すると、それから英語の授業めっちゃ面白くて。 でもみんなちゃうやん、おもんないって嫌いなやつもおって。 けど苦手なやつって苦手意識が強いだけだったり、最初でつまずいてわけわからんくなったやつが多いやん。」
2016-01-28 17:36:5545 わたしも別に英語得意なわけじゃないからわかる。一個つまずいたら、どんどんわからなくなる感じ。 「もったいないわぁって思って。それで、俺英語の先生になるわって大学行ってん」 先生は、アホやろ?って付け足して、恥ずかしそうに笑った。
2016-01-28 17:37:0546 「アホなんかじゃないです」 「え?」 「わたしは、そういうの、なんにもないから」 白紙のままの進路調査票を、自分の胸元で小さくひらひらさせた。
2016-01-28 17:37:1347 両親がどっちも高卒なこと。 だから大学に行けっていわれること。 2つ下に妹がいること。 妹が部活で私立に行きたいこと。 目の前が真っ白なこと。 先に何もないのに大学に行くことが申し訳ないこと。
2016-01-28 17:37:3248 錦戸先生は、茶化しも説教もせず、わたしの勝手な家庭の話も、進学に消極的な話も、全部きいてくれた。 一通り話終わって、少しの沈黙の後、先生が先に口を開いた。 「別に、俺は普通やと思う」
2016-01-28 17:37:4249 「普通って?」 「おかしくないし、ダメでもないってこと。むしろ、俺は偉いと思うで」 「どこも偉くないです」 「わからないことわからないって言えんのって偉いよ。大体のやつは、言えなくて、取り繕った見栄えのいいこと言うし」 それが悪いとは言わんけどさ、と付け足して言う。
2016-01-28 17:37:4850 わからないをわからないって言えるのが偉い。 そんなこと人に言われたことなかったから。 真っ白な自分が恥ずかしいって思ってた。本気で悩んるなんて、みっともないって思ってた。
2016-01-28 17:38:02