【ミリマスSS】まつりと朋花のガールズハント・プライド・アウト
朝露に濡れた草が、小さく揺れた。かつては背の低い草で生い茂っていたこの場所には、いつしか、二筋の道ができていた。一筋は彼女の右足をなぞり、もう一筋は彼女の左足をなぞる。“彼女”は、今日もまたその道を進む。草たちは彼女を濡らさぬよう、首を傾けた。 01
2016-06-14 22:28:33“彼女”は……“徳川まつり”と名乗るそのアイドルは、墓地の裏の草原で佇む。いや正確には、その草原の真ん中にそびえ立つ、真っ黒な石碑の前で、佇む。石碑は地面に突き刺さった細長い六角柱で、少し傾いている。表面には何も書かれていないが、人工物であることは一目見ればわかる。 02
2016-06-14 22:33:28まつりは、肩に提げていた白いポーチからハンカチを取り出し、石碑の表面を濡らす露を拭いた。太陽は山稜から顔を出したばかりで、暑さよりも暖かさを、強さよりも柔らかさを感じさせる。赤い陽光を蓄えた露が石碑の表面を滑り落ちた。それはさながら血涙のようで、まつりに過去を思い出させる。 03
2016-06-14 22:39:01しかし太陽のおかげか、不思議と心は澄んでいる。この石碑を建てた頃のような不安はもはや、ない。まつりはハンカチをしまい、顔の前で手を組み、目を瞑った。視覚が遮断され、聴覚が研ぎ澄まされる。風の声が、木の声が、鳥の声が、虫の声が、朝の声が、命の声が、聞こえる。 04
2016-06-14 22:45:14草が不規則にざわついた。後方から誰かが接近している。まつりは、微かな音で……金属が擦れ合う音で……“誰か”の正体を悟る。「朋花ちゃん、いい加減に、目を瞑ったところを狙い澄まして来るのはやめてほしいのです」「バレてました?」「なのです」「敵わないですね~」天空橋朋花は嘯いた。 05
2016-06-14 22:49:43朋花はまつりの横に並んだ。まつりは手を組んで目を瞑ったままだ。「朋花ちゃん、礼拝の方はいいのです?」「今日は特に神託もなかったんですよ」朋花の首から下がるロザリオが揺れ、金属が擦れ合う。「それに、少し羨ましくて」「羨ましい?」「まつりさんが、一人で祈れることが羨ましくて」 06
2016-06-14 22:54:25まつりは沈思した。「……今は、妙なことに、一人ではないのです」「私のことですか?」「違うのです」「使い古された台詞は聞きたくないですよ」「残念ながら使い古された台詞なのです」まつりは目を薄く開いた。「765プロのみんなが、仲間がいるのです」朋花は小さくため息をついた。 07
2016-06-14 23:00:46「……ほ。朋花ちゃんは、そうじゃないのですか」「……」朋花はロザリオを握った。「私の仲間はまつりさんの仲間ではないですからね~」「騎士団の方たちですか」「そうですね」朋花はまつりのリボンを見つめる。「それに。私は“姫”ではなく“聖母”ですから」その声は悲しみを帯びていた。 08
2016-06-14 23:07:54まつりは、自分が765プロに入ってからのことを思い出す。朋花とは何度か対立したことがある……『徳天の乱』も今は懐かしい。あの事件を経て、朋花との距離は縮まった、と自負していたが、朋花は自分のことをどう思っているのだろうか。彼女達は、互いに素直な言葉を交わし合うことはない。 09
2016-06-14 23:13:07「まつりさん、たまには向こうで祈ってみたらいかがでしょう」「“向こう”?」まつりは朋花の方を見る。朋花が鼻先をまつりの顔の僅か数センチ近くにまで近づけていたので、まつりは動揺した。動揺を顔に出さないよう、右手の爪を左の手の甲に食い込ませる。朋花が小さく笑う。「礼拝堂です」 10
2016-06-14 23:19:31「たまには気分を変えてみるのもいいかもしれませんよ」朋花は天女のような微笑みをたたえている。が、まつりはその様子に違和感を覚えた。何か、黒い感情が、微笑みの後ろに眠っている。「朋花ちゃん」「はい~」「……いや、なんでもないのです」まつりは首を振った。きっと考えすぎだろう。 11
2016-06-14 23:27:21断る理由もなく、他にすることもなく、朋花をむげにするのも気が引けて、まつりは朋花の提案を受け入れた。二人は石碑をあとにする。朋花の口元が一瞬だけ歪んだのを、草も木も風も虫も、まつりでさえも、誰も気づくことができなかった。空に雲が散らばり、太陽を覆い始めた。 12
2016-06-14 23:35:22「アユム、ちょっと待ってヨ~!まだあっちの店で見たいものあるノ!」島原エレナは、人混みを掻き分けていく舞浜歩に手を引かれながら、喧騒に負けないように叫んだ。「え?なに?」しかし喧騒に負けていた。「あのネ」「あ、わかったわかった」歩は絶対に理解してない顔で頷く。「わかったよ」 13
2016-06-14 23:52:26「オイッ待て!」男の手がエレナの手首を掴んだ。「エッ?」エレナは目を白黒させる。全く面識のない男だ。「エレナ?」歩が振り返り、男の姿を視界に認める。髪は黒と金が斑に混じり、顔や体つきはゴツゴツしていて、ゴリラにそっくりだ。手や胸元は汚らしい毛に覆われている。「……誰だ?」 14
2016-06-15 00:00:45「俺はアイドルって奴が大嫌いなんだ。特に765プロはなぁ。以前大恥かかされた」ゴリラ男は鼻の穴を広げて怒る。周囲を通る人たちが三人を避け、水流に浮かぶ小さな木の葉のような形の空間が生まれる。「ロコって奴と宮尾美也って奴をぶっ潰したかったんだが、もう、お前らでも構わねぇ」 15
2016-06-15 00:11:09「『ガールズハンター』……か。本物に会うのは初めてだよ」歩は、自分の鼓動の加速を、痛いほど感じる。いつかの『錯乱者《アーボイド》対談』から今までに、ガールズハンターの数は増える一方だ。「そうとも呼ぶらしいけどな。俺はただ単にお前らを潰したいだけだ!」男は拳を握りしめる! 16
2016-06-15 00:19:27「ちょ、ちょっと、落ち着いてヨ……ダイジョウブだから……ネ?」エレナは男をたしなめる。男は憤怒の形相でエレナの頬を殴りつけた。「ウッ!」エレナはコンクリートの地面に叩きつけられる。「収まんねぇ収まんねぇ……俺の過去が収まんねぇ……こんなんじゃ……」歩はダンス体勢をとる。 17
2016-06-15 00:27:12「舞浜歩、だったな。ピンク髪」「そうだよ」歩はポケットから練りワサビのチューブを取り出す。男は拳に鉄サックをはめた。僅かに血が付着している。過去にもアイドルを手にかけたことがあるのだ。歩の背中を、怒りが駆け上がる。「俺の名前は」「言わなくていいよ」歩はチューブの蓋を外した。 18
2016-06-15 00:35:06歩が男の視界から消えた。「ん?」男が辺りを見回す。「逃げたか」「逃げるわけないだろ」男の鼻頭を歩の左踵が捉えた。歩は高速ダンスで男の足下に滑り込み、回転の勢いで踵を蹴り込んだのだ。「ぶぼおおっ!」男は鼻血を噴き出しよろめく。「これがダンスの力だ」「ふざけッ……」 19
2016-06-15 00:44:20男はわなわなと震える。「この俺にッ恥をかかせやがったなッ!」「Shut up F*ckin s*ckin monkey(黙れクソ童貞ゴリラ)!!!!!」歩の罵声が飛ぶ!男の顔が怒りで赤く染まる……それは怒りに我を忘れ人間に石を投げる猿そっくりだ!「お前はやりすぎた」 20
2016-06-15 00:54:33また歩が男の視界から消えた!「クソッ」男は足を開き戦闘体勢になる。いつしか周りには野次馬の人だかりができていた。遠巻きに、アイドルVSガールズハンターの闘いを見守っている。携帯を取り出し構えていた女性が、目を見張った。その携帯のカメラから、雷光のようなフラッシュが飛び出す! 21
2016-06-15 01:01:30フラッシュが写し出したのは二人のシルエット……殴りつけるように男の口にワサビチューブを突っ込む歩の姿!「ア、アガッ」男は口を開かれ喋ることができない!「……そしてこれが、アイドルの力だ」歩の手が淡いピンクに光る。チューブからワサビが迸る!「『ワサビ上昇《アッパー》』!」 22
2016-06-15 01:14:29「アガガガガァッッッ!!」人知を超えた殺人兵器と化したワサビを直に喰らった男は痙攣し地面に倒れ込む。歩はダンス姿勢で残心した。「あ、あの」野次馬の女性が声をかけた。歩を携帯で撮影した女性だ。「警察呼びますか」「ああ、今すぐ……いや」歩は白目を剥く男を見下ろす。「救急車だな」 23
2016-06-15 01:22:32歩はエレナを助け起こす。「大丈夫か、エレナ」「う、うん……アリガト」「ケガは」「ダイジョウブ。ダテにアイドルやってないヨ。デモ……」エレナは、男を見下ろす。拳に嵌められたサックを見る。「……あの拳で殴られたコは……ダイジョウブだったのかナ」それはエレナの、心からの言葉だ。 24
2016-06-15 01:29:53