【ミリマスSS】まつりと朋花のガールズハント・プライド・アウト
「それはわかんないけど、でも、とりあえずあの男はもうアイドルを手にかけることはないんじゃないかな。それでどこかのアイドルが救われる」歩は、エレナが取り落としていた買い物袋を拾い上げる。「あー、皿割れちゃってるよ」「ネエ、アユム」エレナが神妙な顔で歩をみつめる。 25
2016-06-15 01:37:21「なんだか、ワタシ、こわいヨ。これから先、『アイドル』がどうなるのか、わかんないノ」「まあね」「『錯乱者《アーボイド》』だけじゃなく『ガールズハンター』まで出てきて。ワタシたち、もう必要とされなくなるんじゃないかナ」「……そんなわけないよ」歩は空を見上げた。曇っている。 26
2016-06-15 01:43:27今日もどこかでアイドルは狙われている。『錯乱者《アーボイド》』は無差別に、『ガールズハンター』は憎悪を込めて。アイドルを襲う者は日に日に増えていく。「……きっと晴れる日が来る」全ての元凶は、たった一人のアイドル。しかし歩は、彼女を責められない。彼女もまた被害者の一人なのだ。 27
2016-06-15 01:48:37「……さあ、行こう!」歩は手を打ち鳴らした。「行くって、ドコ?」「買い物の続きだよ、家で茜が待ってるんだし、早いとこ片付けちゃわないと」「そうだったネ」エレナの顔がパッと明るくなる。「おサラも買いなおさないとネ」救急車のサイレンが近づいてくる。「うん」空から雨が降ってくる。 28
2016-06-15 01:55:16その礼拝堂は、墓地のすぐ横にある。キリスト教的教会と同様の構造をしたその礼拝堂の入口の扉の上には巨大な大理石の十字架があり、その表面に『Sky Knights』と彫られている。まつりたちは足を踏み入れる。外界と打って変わって、内部は静まり返っている。二人の他には誰もいない。 30
2016-06-15 13:40:01「『Sky Knights』って、なんだか、アパートの名前みたいなのです」まつりは礼拝堂内部を見回しながら言う。入口からまっすぐ20mほど、長椅子に挟まれて通路が伸びており、再奥にはパイプオルガンが鎮座している。パイプは天井に迫る大きさだ。「なんともはや」まつりは感嘆する。 31
2016-06-15 13:44:59壁に規則的に嵌め込まれたステンドグラスからは青と黄の光が差し込み、埃が光に揺られ浮いている。壁上部から天井にかけてはゆるやかなアーチ状になっている。壁や天井には何らかの絵が描かれており……それはたいてい翼の生えた天使のような者たちの絵だ……礼拝堂をより一層それらしく彩る。 32
2016-06-15 13:55:06「ここがアパートだったら、引く手あまたで困ってしまいますね~」朋花は通路を進み、パイプオルガンの椅子に座る。まつりを見据え、ゆっくりと微笑む。「どうぞお好きな席へ。神に祈りを捧げましょう」まつりは少し考えてから、通路を進んだ。最前列の、朋花に一番近い場所へ、腰を下ろす。 33
2016-06-15 14:02:03朋花の表情は変わらない。「……ロザリオはお持ちですか」「持ってないのです。でも」まつりはポーチからゴルフボール大の銅の球を取り出す。両手で、両側から挟むように持つ。「創るのです」両手を左右に引っ張ると、球は変形し、ロザリオの形になった。朋花は瞬きする。「完璧ですね~」 34
2016-06-15 14:08:18朋花はパイプオルガンに向き直り、指を鍵盤に添える。「……では、シューベルトの『アヴェ・マリア』を」「まつり、歌えるかどうかわからないのです」「まつりさんは歌わなくても大丈夫ですよ」朋花はBのメジャーコードを鳴らす。パイプが響き、礼拝堂が音に震えた。「私が。歌いますから」 35
2016-06-15 14:20:25朋花のしなやかな指が、雲の上を歩く天使めいて鍵盤の上を滑る。「祈ってください」鍵盤はあくまで音を鳴らすきっかけにすぎず、パイプはあくまで金属の筒でしかない。しかしまつりには、パイプオルガンが天上の楽器であるかのように思えた。天から降り注ぐような音。まつりの瞼が自然に閉まる。 36
2016-06-20 22:34:26世界が音で満たされている。……朋花の歌声が聖糸めいて音布《おんぷ》を紡ぎ合わせていく。まつりは目を閉じていたが、全身がまばゆい光に包まれているような錯覚に陥った。まるで、今この瞬間に世界に生まれ……喜びだけが満ちている世界に生まれ……世界から祝福されているかのような………… 37
2016-06-20 22:40:39まつりは祈った。いつもなら、あの真っ黒な石碑の前で祈っていることを、この礼拝堂で祈った。自分の過去の過ちとそれに付随する強い強い他者の憎悪、その懺悔を、祈った。「もう二度とあんなことは起こしてはならないのです」まつりは独り言のように呟いた。自分に言い聞かせるように。 38
2016-06-20 22:49:42今この世界は、極めて平穏に保たれていた。外界から完全に隔絶され、朋花とまつりと、天から降る音しか存在しない。音の粒は礼拝堂の壁を床を跳ね、礼拝堂内の音の密度はどんどん上がっていく。膨張したパウンドケーキのように、柔らかでいて、甘く、美しい。……しかし平穏は唐突に弾けた。 39
2016-06-20 22:55:18礼拝堂内に降り注ぐ光が、砕けて宙を舞った。床から3mの高さにある、横の壁の窓……受胎告知の絵が施されていたステンドグラスが、砕けていた。世界を壊したのは、一人の男だった。金と黒が斑に混じった髪、類人猿のような外見、目は血走り、手には鉄サック。彼の足元にガラス片が散っている。 40
2016-06-20 23:02:17天上の音楽が鳴り止んだ。「……誰なのです?」男は片膝をついて下を向いたまま、動かない。「朋花ちゃん、お知り合いですか?」「いえ……」朋花は眉を寄せている。男が骨を軋ませ立ち上がった。その目は、怒りのためか、真っ赤に充血している。「見覚えあるぜお前らその顔」 41
2016-06-20 23:11:57窓を蹴り破って礼拝堂内部に侵入したその男は、首を支点に頭を回し、大仰に骨を鳴らした。「765プロだな」「まあ、そうなのです」「『徳川まつり』。前から目についてた」「まつりのファンの方なのです?残念ですが、まつり、今はオフなのです。サインは受け付けてないのですよ」 42
2016-06-20 23:17:11男は拳を固く握る。「殺す。殺す……アイドルを、殺す」その瞳は緑色に濁り、底知れぬ狂気が宿っている。まつりは息を呑んだ。朋花の表情は変わらない。「あなたは……」朋花が口を開いた。「神の偶像に手を出すのですか」「殺す。殺す……アイドルを、殺す」「正気ではないようですね」 43
2016-06-20 23:26:29「殺す。殺す……アイドルを、殺す」男はうわ言のように繰り返す。体をゆらゆらと揺らしている。「殺す。殺す……アイドルを、殺す」「相手が悪かったですね」朋花が立ち上がり、懐から一対の黒いゴム製手袋を取り出し、嵌めた。「私たちは765プロで一、二を争う能力者ですよ」 44
2016-06-20 23:34:53「殺すッ」男がまつりに駆けた。朋花が舌打ちする。「まつりさん、避けてください」「うっ……」まつりは身が竦み動けない。「まつりさん!?」「うらッ!」男の拳が振り抜かれる、油断なき左ストレートがまつりの腹にめり込んだ!まつりは弾け飛び向かいの壁に叩きつけられる。 45
2016-06-20 23:43:28避けられない攻撃ではなかった。しかしまつりは、避けようとしなかった。「弱いな、アイドルって奴は」男が鉄サックをはめ直す。「俺を舐めるからこういうことになる。その身に叩き込んでやるよ、俺の屈辱を」まつりが瓦礫から身を起こす。男と朋花が対峙している。 46
2016-06-20 23:51:17「あなたの過去に何があってアイドルに恨みを持っているのかは知りませんが」朋花はゴム手袋を嵌めた掌を顔の横へ持ち上げ、天へ向ける。青白いエネルギーが渦を巻く。「偶像は壊されてはならないんですよ。その戒律をあなたは破った。許しがたいことです」朋花の表情が、怒りへと変わった。 47
2016-06-20 23:57:40「知らねぇーよ」男は鉄サックを打ち鳴らす。火花が飛ぶ。「俺が戒律なんてもんに縛られるタイプに見えるか」「私が縛って差し上げます」朋花が腕を振り上げた。球状のエネルギー体は礼拝堂の天井近くまで勢いよく飛び上がり、凄まじい速さで回転し始めた。雷が瞬く。男は眉をしかめた。 48
2016-09-21 23:06:13「『天網』!」朋花の詠唱とともにエネルギー体は天井をかばうように網状に拡散した。朋花が手を振り下ろすとともにエネルギー体は螺旋回転し男へと飛ぶ!「チッ」男は踵を返し、礼拝堂入口へと走る!「まつりさん!」名を呼ばれたまつりは痛みをこらえながら身を起こす。「足止めを!」 49
2016-09-21 23:13:24