大湊警備府の日常【第1話】

深海さかな @dzurablk_kai

そう野太い声を掛けてきた主へと視線を移すと、サスペンダーで吊ったスラックスにタンクトップ姿、肩へ紺色の制服の上着を引っ掛けた筋骨粒々な肉体が目に入った さながら壁のようにそびえる有り余った筋肉に覆われた180cmの肉体は、数年前よりも質量感を増したように見える #今夜の川内

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「お前もな、財前」 そう龍造寺が返すと柔道と剣道の段位を有する同期の顔が、プロレスラーのような体つきとは対照的に子供のように破顔した 「おい那珂、こっちへ来て挨拶しろ」 「はーい、ちょっと待ってー」 川内のアームロックから逃れ駆け寄ってくる、お団子頭の艦娘 #今夜の川内

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「四水戦から参りました、軽巡那珂です よろしくお願いします」 踵をかつんと合わせ、会釈のような１０度の敬礼に続いての挨拶に応える 若さよりも先に子供っぽさを覚える学生のような声音や立ち居振舞いとは裏腹に、思いの外礼儀正しい態度だった #今夜の川内

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まあ、二水戦に並んで練度が高いと謳われる四水戦旗艦を勤めていたのだから、不思議な話ではないのだが そこで龍造寺ははたと気付き、件の二水戦から来た同期の方へと視線を移した 「おーい氷室、お前も一応挨拶くらいしとけよ お豊が指揮官になるんだからな」 #今夜の川内

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そう財前に声を掛けられ、窓際で外を眺めて油を売っていた細身な身体がゆらりと揺れた というかお前らも俺に雑務を押し付けるつもりだったのか、との言を艦娘たちの手前胸の奥へと仕舞い込む龍造寺に向けられる、刺すような視線 「今さら自己紹介も何もないだろう、面倒なことを」 #今夜の川内

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うんざりした口調でそう返す氷室は龍造寺と同じ身長ながらかなり細身で、同期３人の中では最も華奢に見える 体つきと同じくスマートな顔と枠無しで細身の眼鏡が知的な印象を与えるが、名は体を表すの言葉通り士官学校での成績はかなり上位だったはずだ #今夜の川内

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氷室の声を捉えた秘書艦がすかさず此方へ来る辺り、部下への躾も昔のように厳しいままのようだ 「これでまた昔の三馬鹿トリオが揃ったな」 と財前 「お払い箱になった艦と素行に問題のある不良艦長とで揃って、こんな辺鄙な基地に飛ばされたことを除いたら、確かに昔通りだな」 #今夜の川内

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氷室の皮肉の切れ味も、依然衰えないままだ こちらは少しくらい大人になって欲しいと期待していた部分でもあるが、この大湊に到着して一日半、少なくない数の期待に裏切られ続けてきた龍造寺は早くも、内心での諦めどころを心得ている 「んで、そちらの艦娘は？」 #今夜の川内

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氷室の秘書艦は突然話を振られ狼狽したようだ 窓からの光にうっすら琥珀色を帯びる美しい黒髪が、怯えたように揺れた 「あ、あの 二水戦から参りました神通です よ、よろしくお願い致します・・・」 薄幸さを思わせる消え入りそうな声音は、華の二水戦から来たとは思えない #今夜の川内

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その弱々しくも儚さを思わせる小股の切れ上がった容姿は、常日頃から艦娘へのセクハラを生き甲斐としている約一名の琴線に触れそうだ、などと考えを巡らせた所で龍造寺はもう一名、自己紹介の必要な人間がいたことを思い出し、深水を呼び寄せた #今夜の川内

深海さかな @dzurablk_kai

壁の染みを決め込んでいた副官からの、龍造寺にだけ分かる鋭い抗議の眼差しは、久方ぶりとなる同期との再開に失念されたことの腹いせか、はたまた好みの艦娘に話しかける切っ掛けを与えられなかったことへの八つ当たりか 恐らくは両方であろうが #今夜の川内

深海さかな @dzurablk_kai

「申し遅れましたご無礼をお詫び致します」 深水は猫を被るのが常とはいえ、徒に丁寧な口調は龍造寺への当て擦り以外の何者でもない 「わたくし、龍造寺大佐の下で副官を勤めております深水中佐と申します 以後、お見知りおきを」 柔和に微笑み静かに会釈する様はさながら、 #今夜の川内

深海さかな @dzurablk_kai

大湊のジキールとハイド 「お二人とも素敵な秘書艦をお持ちのようですね これからご一緒できることを心より嬉しく存じます」 個人的な願望盛り沢山な挨拶、だがそれに対する反応は真っ二つに割れた 笑顔混じりに答える財前・那珂とは対照的に、眉間にシワの寄る氷室と縮こまる神通 #今夜の川内

深海さかな @dzurablk_kai

冷徹な見た目の氷室には不釣り合いな冷酷さをも思わせる、殺気にも似た忌避感が、神通に向けられた物であることはその場に居合わせる誰もが一瞬で察した 深水の喉が一瞬、不機嫌そうな唸りを上げ、川内の顔が険しくなるのを龍造寺は見逃さなかった #今夜の川内

深海さかな @dzurablk_kai

努めて話題を変える 「あー、俺の秘書艦を紹介してなかったな あのうるさそうなのが川内だ 川内、姉妹艦たちを宿舎に案内してくれ お前たちの部屋の掃除もまだだったろ？」 凍りついたように止まっていた空気が動き出す #今夜の川内

深海さかな @dzurablk_kai

「じーんつ！ 行こっ！」 敢えて明るい声で背後から抱きつく川内に、神通の顔に血色が戻る 「あんたたちお昼食べたの？」 「は、はい」 「えー那珂ちゃんまだなのにー」 「はいはい、PX はもう開いてるから先そっち行こっか」 「わーい、お姉ちゃんの奢りだよ神通ちゃん！」 #今夜の川内

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「・・・神通だけに奢ろっかな」 「酷ーい！」 気分転換のためのタバコに火を点け、年相応の賑やかな声が遠ざかるのを聞き届けてから龍造寺は口を開いた 「相変わらずだなあ氷室」 おどけたような声を作って口を動かすだけの、思いの外疲れる作業 #今夜の川内

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「俺は何も変わっちゃいない」 「まあ、それは見ればわかるがな ここにいる間はある程度、秘書艦とも上手くやってもらわにゃ俺が困るんだ」 「前の舞鶴でも仕事はこなしていた、言われる筋合いはない」 「あるさ、同期とはいえ俺は上官だからな」 沈黙が執務室を包む #今夜の川内

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話の筋を察した財前が少し離れた机の一角にコンビニ弁当を広げると同時に、深水は飲み物を買ってこようと言い残し川内たちの後を追って出ていく 「聞いたぞ、中佐へ降格だってな」 「問題など起こしていない」 「俺たちは兎も角、あの秘書艦への態度を見た人間はそうは思わんだろ」 #今夜の川内

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氷室の奥歯がギリリと鳴る 「誤解してくれるな、何もお前を攻めてる訳じゃない ただ、心配なだけだ あんな振る舞いを続けていたら、お前も身が保たなくなるぞ」 「知ったことではない」 そう言い捨て氷室は、手荷物を粗っぽく手にすると扉へと向かう #今夜の川内

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「氷室」 背中に向けて呼び止めると脚が止まった 「上手い焼酎を取り寄せてある 今度飲もう」 「・・・奢りならな」 氷室はそう言い残すと部屋を後にする だがその言の葉の端々には、つい先ほどまでのような刺々しいニュアンスは消えていた #今夜の川内

深海さかな @dzurablk_kai

神通に対する氷室と、氷室に対する川内・深水と、見える見えないに関わらず殺気を放っていた人間が一挙にいなくなり、龍造寺は大きな溜め息をつきながら椅子に沈んだ 早くも社長椅子の大きな背もたれが重荷に感じられつつある 「ま、あれはしゃあないだろ」 と財前 #今夜の川内

深海さかな @dzurablk_kai

「少しは変わってくれんかなあ、あいつも」 タバコの煙混じりに吐露する本音は、財前の見た目に似合わぬ冷静な言葉に紫煙もろとも掻き消された 「それは無いだろうな」 「だよなあ・・・」 「昔はあんな奴じゃなかったんだがなぁ・・・」 #今夜の川内

深海さかな @dzurablk_kai

能天気そうな言葉で核心を言い当てる財前 「時間に解決させるしかないか？」 「だろうな」 気心知れた同期である以上に、氷室とは異質な類いの財前の冷静さは龍造寺にとって、会話と共に安堵感を与えるものだった 折しもコンビニ袋を下げた深水が戻ってくる #今夜の川内

深海さかな @dzurablk_kai

「早かったな」 「まだ仕事、というよりも片付けが残ってますので 身辺整理もまだでして」 深水の笑みの中で瞳だけが笑っていない タバコなど吸ってないで早く執務室の整備を終わらせろ、との言外の抗議を感じ取った龍造寺がタバコの最後の一口を深く吸い込み、重い腰を上げる #今夜の川内