#ダークエルフ王国見聞録　その５

へどばん👊🏽皇牙組 @Ero_Thrasher

ある晩秋の朝、私は両側を山に挟まれた沢の河原に、ダークエルフの女戦士と共に、複雑な緑色に染め抜かれた山蚕の布に隠れながら谷の合間に掛けられたテグスの網を見つめていた。大灰色雁の群れがここを通るのを待っているのである #ダークエルフ王国見聞録

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冬の到来を待たずして雁の群れはこの地に飛来する。彼らは山の上にある大沼で夜を過ごし、早朝にこの沢を伝って山の下にある湿地で餌を採るのである。通過地点にテグスの網をしかけ、雁の群れがそこに掛かるのを待つ、ダークエルフ達の谷切網猟はこの習性を利用したものだ #ダークエルフ王国見聞録

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いずれも優秀な弓使いであるダークエルフ達は様々な鳥獣を弓によって射て捕獲する。例え飛翔する鳥であっても射抜くことは難しくないであろうが、何故このような仕掛け網を用いるのであろうか。隣にいる女戦士に尋ねる #ダークエルフ王国見聞録

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「湖や川の女神様は、鳥獣の生き血を流されることを好まぬからな。それに羽毛が取りたい雁猟では矢傷を付けるのはあまりよくない。それに網の方が肉に血が回らぬから、雁の美味い肉が食べられるぞ」女戦士はそう答えてくれる #ダークエルフ王国見聞録

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真っ赤に燃える炭を詰めた陶器の容器を地面に置き、私と女戦士はのぞき穴を開けた布の中で雁の到着を冷気が漂う早朝の河原で待っている 「さ、寒いからな、もっと近づいてもよいぞ・・・って近づきすぎだ、馬鹿者！」 布の中で互いにもぞもぞ動きながら小声で雑談をする #ダークエルフ王国見聞録

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そうこうしている内にバタバタと空を切る数多の音が沢の上の方から谷に響き始めた 「そろそろ頃合いであるな」そう女戦士が呟くと、灰褐色の羽を昇る朝日に照らされながら薄桃色の嘴をした鳥たちの雁行が沢に沿って或いは低く、或いは高くこちらへと向かってくる #ダークエルフ王国見聞録

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谷を遮るように張られた網に何羽かの灰色雁は首を突っ込み、その体を絡め取られる。群れが通り過ぎた後に、谷の両脇に張られた綱を緩め、仕掛け網を下ろして掛かった雁達を網から外す。待ち受けていたダークエルフ達はその首をひねり、鳥たちを締めていく #ダークエルフ王国見聞録

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この過程を日が高く上り、雁達の朝の移動が終わるころまで繰り返す。 「初猟はなかなか良い結果であったな。今年はあと２回であるが、いつも初猟が一番良いものだ」 他のダークエルフの女性達と共に、捕った雁を籠に入れながら、女戦士は満足げに微笑む #ダークエルフ王国見聞録

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猟で得られた雁は参加者たちで公平に分配され、その肉を食用と共にむしられた羽毛は様々な用途に用いられる。特にそのふわふわとした濃密な羽毛は燻蒸した後に布団の詰め物として利用される。冬の訪れを告げる雁達は、同時にダークエルフの里で冬夜の暖にも貢献するのだ #ダークエルフ王国見聞録

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「ふふ、これまで溜めた分も併せれば布団の新調も出来そうであるな。母上も喜ぶであろう。そ、そうだな、二人用の布団なども、出来るかもしれぬぞ・・・」 渓流から村へと戻る道を歩みながら、女戦士は何故か頬を染めてそう言うのであった。 #ダークエルフ王国見聞録

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村史の編纂作業を進める上で、ダークエルフ達に伝わる神話や伝承も彼らの自己認識を考える上で重要である。さて、私が滞在するこの里は、“山を覆う翼の熊鷹”という名を持つ氏族に属するのであるが、他の氏族にも猛禽を主とした鳥の名前が含まれていることが多い。 #ダークエルフ王国見聞録

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狩猟を生業とするダークエルフ達にとって鳥類は重要な獲物である。その肉を食用とするだけではなく、例えば矢羽や装身具、布団や衣服に詰めもの、羽ペンなど様々な用途に鳥の羽が用いられる。その中でも氏族の名に含まれる鳥の羽は、氏族のシンボルとして装身具に重宝される #ダークエルフ王国見聞録

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彼らに伝わるダークエルフ王国の建国史には以下のような記述がある。まず、神々の時代に豊穣と混沌の女神の娘として一人のダークエルフの女性が地上に遣わされた。彼女は、現在もこの国を治めている王家の始祖であり、現在の女王も神の末裔と彼らに信じられている。 #ダークエルフ王国見聞録

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古の時代、ダークエルフ達は、現在の優れた戦士ではなく、まだ弱い存在であり、異なる神の御使いを名乗る種族との戦争によって一時は存亡の危機に陥ったと神話は伝える。おそらくは、この異なる神というのはエルフや人間が信奉する“善なる神”とされるものであろう #ダークエルフ王国見聞録

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女神の末裔たる王家の砦が異種族の手によって陥落し、命からがら落ち延びた古の女王と近習達は、砦に残された女の赤子達を救出することも出来なかった。邪悪な異種族たちの手によって豊穣の女神の血を引く赤子達が根絶やしにされんとする時、女神は救いの手を差し伸べた #ダークエルフ王国見聞録

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鳥獣たちの偉大なる母である女神の呼びかけに応えた様々な鷲や鷹、梟、大鴉、山鳥が砦に飛来し、赤子達を邪悪な異種族達の手から救った。鳥達は赤子を自らの巣に持ち帰り、献身的に育て、また森の中で生き抜く術を教えたという。 #ダークエルフ王国見聞録

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王家が力を蓄え、失われた国を取り戻す捲土重来の軍勢を起こした時、女王の前に、それぞれ異なる鳥の羽飾りを身に着けた戦士達が参集した。彼女達こそが、かつて鳥達に救われ、育てられた王家の血を引く者たちであり、現在の王国にある主要氏族の始祖とされる #ダークエルフ王国見聞録

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鷲木菟に育てられた戦士は暗闇を見通す視力を、山鳥に育てられた戦士は山を走破する脚力を、白隼に育てられた戦士は獲物を射抜く鋭い弓術を、大鴉に育てられた戦士は他の獣を利用する知恵を、熊鷹に育てられた戦士は猛々しい闘争心を身に付けていた #ダークエルフ王国見聞録

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これらの戦士達の特徴は、ダークエルフ達に共通する能力であり、各氏族の特徴を示したものではないが、彼らは種族の特徴をそれぞれの鳥類に当てはめ、彼らの種族の特性とそれへの矜持を神の御業によって与えられたものとして認識することを神話が可能にしていると言える #ダークエルフ王国見聞録

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女王の元に参集した戦士達の活躍もあって邪悪な異種族たちをこの地より駆逐することに成功し、ダークエルフ王国が成立したと神話は伝える。この神話は王家の正統性を表現するものであると同時に、建国に大きく貢献した主要氏族の存在の大きさを物語るものでもある #ダークエルフ王国見聞録

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各氏族にとっては、その始祖たる戦士の育ての母である鳥を、彼らを彼らたらしめる尊敬すべき存在として敬意を以て扱う。それは狩猟の対象とならないことを意味しないが、彼らのアイディンティティを示すものとして、羽根飾りや氏族の軍旗にそれぞれの鳥が用いられるのである #ダークエルフ王国見聞録

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「今日の見張り番は骨であるな」 窓から屋外を眺めながら女戦士はそう独りごちる。秋の野分であろうか、朝から強い風と雨続いている。今宵は家の中での仕事に専念しようということになり、私は記録の整理をし、女戦士は石臼で粉を引き、その母は編み物をしている。 #ダークエルフ王国見聞録