【真田丸】第43回「軍議」 時代考証の丸島和洋氏による解説 「信繁の献策。軍記物に書かれた話を、当時の実情に沿ってアレンジ」

まとめました。
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リンク 大河ドラマ『真田丸』 あらすじ 第43回「軍議」|大河ドラマ『真田丸』 徳川軍が大坂城に迫る中、茶々(竹内結子)は幸村(堺雅人)と密かに会い、ある願い事をする。一方、秀頼(中川大志)の御前で… 3910
丸島和洋 @kazumaru_cf

出先なので簡略に。今日から初(はいだしょうこさん)登場です。これからは、流れるように話が展開していきます。クライマックス、楽しみましょう。

2016-10-30 22:13:23
丸島和洋 @kazumaru_cf

信繁の献策。軍記物に書かれた話を、当時の実情に沿ってアレンジが加えられています。ただ、大坂入城直後の信繁に発言力があるとは思えず、実際に出したとしても混乱したでしょう。

2016-10-30 22:15:12
丸島和洋 @kazumaru_cf

大野治長。前回で株を下げまくったようですが、今回盛り返しです。この先の読めなさが三谷さんの醍醐味。即断せずにご視聴ください。

2016-10-30 22:16:51
丸島和洋 @kazumaru_cf

真田兄弟の陣の先が本多忠朝というのは、彼が真田氏の寄親だからです。忠朝は、忠勝の次男ですから、その関係からの配置になります。なお、秀忠への取次は、本多正信です。彼が信繁の話をしたのは、歴史学的にいえばそうした立場に根ざしたもの。

2016-10-30 22:19:57
丸島和洋 @kazumaru_cf

片桐且元。家康は大坂退去後の行方を真面目に探していました。実際には、京都所司代板倉勝重がきちんとおさえているのですが。且元の苦悩が描かれていますが、彼は大坂城のすべてをほぼ差配していましたから、大野治長などよりはよほど詳しいのです。

2016-10-30 22:21:40
丸島和洋 @kazumaru_cf

次回予告で、明らかなように、ここからひとつの山場になります。刮目して、お待ちください!(出先なので、あまり詳しく思い出せません、すいません)

2016-10-30 22:23:24
丸島和洋 @kazumaru_cf

真田丸補足追加。後藤又兵衛が黒田長政から仕官の妨害を受けていたという話。奉公構(ほうこうがまえ)という措置です。ここだけ聞くと、黒田長政が感情的になっているようにみえるのですが、家臣団統率のためには、又兵衛が他家に高禄で召し抱えられることは避けたかったと思われます。

2016-10-31 16:59:13
丸島和洋 @kazumaru_cf

黒田長政はこの点、非常に気を遣っており、「黒田家文書」には、家臣同士の人間関係を記した帳簿が残されています。この家臣とこの家臣は仲が良い、悪いを調べて、取りまとめている。家臣には絶対見せられない閻魔帳。長政が、家臣団統制にいかに心を砕いたかがうかがえます。

2016-10-31 17:01:45
丸島和洋 @kazumaru_cf

矢沢頼幸。信政との剣術稽古シーンが挿入されました。後から思い出したのですが、頼幸は武田時代に源信綱なる人物から免許皆伝を受けている人物。これ以上の適任はいませんね。

2016-10-31 17:04:01
丸島和洋 @kazumaru_cf

一点先週のツイートを訂正。矢沢頼幸について、武田時代に剣術の免許皆伝を受けていたとツイートしましたが、「軍法」(合戦時の作法全般)の伝授を受けたの誤りでした。お詫びして訂正します。まさかあんなに盛り上がるとは・・・。

2016-11-06 22:07:51
ナカジマ @tomopop21

@kazumaru_cf もしお答えいただければ幸甚です。 毛利勝永は父の代、秀吉が織田の部将だった頃から豊臣に仕えているようなので、信繁よりも主従の縁が深いように思えるのですが、ドラマでは「外様」扱いされています。実際はどうだったのでしょうか?

2016-10-31 08:37:18
丸島和洋 @kazumaru_cf

関ヶ原で縁が切れているので、あくまで牢人扱い、よく言って返り新参です。15年前に退社した社員が突然帰ってきた時に、現在の執行部、現役社員がどのような気持ちで迎えるか、という問題なわけです。これは、信繁も盛親も同じ。明石も、厳密には豊臣直臣に近いので、同様。 twitter.com/tomopop21/stat…

2016-10-31 17:09:17
王条 柚似 @yuni_ohjo

@kazumaru_cf おはようございます!質問です。昨日の『真田丸』で大阪城での軍議の際大野治長、織田有楽斎、大蔵卿局が裏で操っていたように描かれています。大野と織田は解るのですがなぜ大蔵卿局の権力があれ程大きいのでしょう?秀頼の母の乳母は当時そんなに偉かったのですか?

2016-10-31 08:01:00
丸島和洋 @kazumaru_cf

戦国期までは、当主不在または幼少の場合、前当主の妻が家督の権限を代行しました。後家権と呼ばれます。豊臣も、秀吉死去段階で秀頼幼少、北政所は政界引退状態だったので、淀の方が家督を代行していました。通常、次期当主成人で権力が返上されるのですが、そう簡単にはいかない場合もある。 twitter.com/yuni_un6/statu…

2016-10-31 17:12:33
丸島和洋 @kazumaru_cf

どんなに親子関係が良くても、権力移譲が、側近層に影響するからです。このため、秀頼成人後も、淀殿の発言力が残りました。しかし常に淀殿が出てくるわけでもないので、その意向を代弁する役回りを、大蔵卿局に担ってもらっている作劇かと思います。 twitter.com/yuni_un6/statu…

2016-10-31 17:16:16
丸島和洋 @kazumaru_cf

で、問題の根っこは淀殿本人よりも、彼女に引退されると困る側近層にあるので、大蔵卿局が必ずしも淀殿の意向通りに動くとは限らないわけです。 twitter.com/yuni_un6/statu…

2016-10-31 17:19:09
丸島和洋 @kazumaru_cf

こうした後家権は、江戸時代になると女性の政治介入は国の乱れといった考えのもとで忘れ去られ、大坂の陣の責任がすべて淀殿に押し付けられることになるのです。 これは同時に、秀頼の責任を曖昧にすることにもつながりました。 twitter.com/yuni_un6/statu…

2016-10-31 17:21:29

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