Another Story-5- 己の誓約

過去を知り、その人物の真意を問う。 彼の答えは、彼女にどう届くのだろう。
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ばしこし@文垢 @bs_ks_0

イースは胸に閊える違和感を覚えながら樹海を後にした。ハイドとは樹海の入り口で別れ、後ろを振り返ってもその姿は見受けられない。何日間共に過ごしただろう。その時間は不思議な事に永遠にも思えた。それほどに、彼女はイースの心を動かす存在となっていた。しかし、胸のざわめきは治らない。1

2015-11-16 13:19:13
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

ふらりと立ち寄った集会所。もうしばらく足を踏み入れていなかった。最近は専ら奴等の咆哮だけを頼りに動いていたから当然と言えば当然なのだが。この街に来た頃は一欠片の望みを握ってよく訪れたものだ。”大轟竜の情報”、ただそれだけを求めて。結局、その時から今まで何もわからないまま。2

2015-11-16 13:21:48
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

轟竜の異常なまでの目撃情報を得て、この地に訪れた狩人も今や数え切れないものとなっていた。喧騒の中を巡り巡った後、イースは小さく溜息をつく。「…やっぱり、か。今日もまた」。俺は、あいつの居場所を知る術を見つけられない。ーーー焦りがあった。変わりつつある己に恐怖さえ覚えていた。3

2015-11-16 13:26:11
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

きっと”過去を過去”と割り切り、今という”未来”を前向きに捉えられたら、どれだけ救われるだろう。だがそれは彼の意思が。あの日、己とその友に誓った覚悟が。許さない。「…聞いたか、あの樹海の奥の塔」。集会所を去ろうとしたイースの耳に、少し離れた場所に座っていた狩人2人組の声が届く。4

2015-11-16 13:30:38
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

「ああ、恐ろしいな…たまたま通りかかった商人が見たらしい」。ーーー”ティガレックスの希少個体を”。彼の体はほぼ無意識に動いていた。2人組の腰掛けるテーブルに歩み乗ると、己の手を静かに着く。「…すみませんが」。その声は、冷静さそのものだった。「その話、詳しく聞かせてください」。5

2015-11-16 13:33:06
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

一方、ハイドは。イースと別れた時はもう日が暮れは始めていたが、その背を見送ったあとも樹海の入り口に居た。《…今日はどこで夜を明かす?》。相棒である氷を司る古龍は、淡々と質問を投げかける。「そうだな…ま、いつもと同じ場所にはなりそうだ」。彼女は毎夜、見晴らしの良い木の半ばで眠る。6

2015-11-16 17:31:48
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

それは聴力だけでは足りない、敏感な空気の変化を感じる為でもあった。変化を敏感に察する事が出来るとはいえ、遠ければ遠いほどその感知力は下がる。「…しかし、」。今夜は妙だった。空気に何か異質なものが混じったかのような、不気味な澱みを感じさせる。「…嫌な感じだな」。《ああ…全くだ》。7

2015-11-16 17:35:17
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

彼女の中の2頭の古龍も、感じ取ったその違和感に対し言葉をこぼす。何故か初めて感じ取るものではないような、そんな気さえする異様な感覚。しかし、全てを察知するには標的がわからない上に、距離も相当ありそうだ。「…変な夜だ」。彼女が呟くと同時に、街へ続く道から商人と思しき人物の姿が。8

2015-11-16 17:38:55
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

「…おや。こんな所にハンター様ですか」。風に揺れる白い髭を撫でながら、老人商人はアプトノスを止める。「今夜は空気の震える夜です。身が惜しいならお引き取りなさい」。怯えてはいない、しかし信ぴょう性を確かに含めた言葉。真実なのだろう。その言葉の先を、ハイドは表情を変えずに追求した。9

2015-11-16 17:42:53
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

「…それは、この異様な空気と関係があるのか」。風が鳴り止んだ。ハイドの声が凛と響く。老人は少し口を噤んだが、しばらくして再び言葉を紡いだ。「…大轟竜がこの地へ戻ってきたのです」。「…大轟竜?」。即ち”ティガレックス希少種”と呼ばれし個体。姿を視認する事すら稀なる轟竜の神秘。10

2015-11-17 11:02:11
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

「…その話、もう少し詳しく聞かせてくれないか」。妙な胸騒ぎを覚え、ハイドは更にその先を促す。時々沈黙を挟みながらも、商人は淡々と言葉を連ねる。「…この地には聖なる塔があるのはご存知かな」。「…あぁ、この樹海のさらに奥を抜けたところにある寂れた所だろう」。「…ええ、そうです」。11

2015-11-17 11:02:54
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

塔の存在は、この街に来た時に聞いた事があった。樹海ひしめく奥を抜けた先、何人をも寄せ付けぬ雰囲気を纏った、神聖なる存在。「…そこはわたしが産まれる遥か前から、大轟竜の鎮座する塔でした。しかし数年前…忽然と彼は姿を消しました。そして今…再びこの地へと戻ってきたのです」。12

2015-11-17 11:05:46
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

わたしは見たのです、と。老人は瞳を閉じ、何かを思うようにゆっくりと息を吐いた。彼女の鼓動は、先程から変わらず騒がしい。「…鎮座していた存在が、忽然と姿を消した理由というのは」。その問いには、首を横に振られる。「そこまでは…。しかし、その直後の出来事なら記憶にございます」。13

2015-11-17 11:06:49
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

「…その、直後?」。それは”幾年と鎮座し続けた場所から動いた”直後の事を指すのだろう。何故行動を起こす事になったのかは依然不透明なままではあったが、100年を超える年数を生きてきた彼には、その”出来事”をも耳に届いていた。「…数日後の事です」。重々しく、その口が開かれた。14

2015-11-17 11:08:52
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

「レティオン、というギルドをご存知でしょうか。そのギルドの新人狩人達とその教官達を、大轟竜が襲ったのです。永きに渡り居場所を変えなかった彼は、まだその地域で目撃された事などなかったのです。皆で6名居たはずの仲間は次々に死に絶え、たった一人だけが……生き残ったと」。15

2015-11-17 11:09:54
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

衝撃的だった。ハイドは一瞬言葉を失い、視線は地に落ちる。「…そんな事が」。脳裏に過去の情景が蘇った。二度も思い出したくない、戦火と赤く血塗られた思い出。「……無理もない。誰もがその報せにひどく悲しんだものです」。影の落ちたハイドの表情を見やり、商人の声がさらに低くなる。16

2015-11-17 11:10:46
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

「…その生き残った人物は」。彼女の風の中に消えてしまいそうな声に、老人は尖った耳を小さく揺らす。「今、その者の生死はわかりません。生きていても、死んでいたとしても。決して死に切れぬ魂はその怨みと憤怒の念を刃と変え、”仲間の敵達”に断末魔を奏でさせているのかも…しれませんね」。17

2015-11-17 11:11:55
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

その言葉は、ハイドの鼓動を今まで以上に激しく脈打たせるに足りるものだった。煩いほどにその胸をざわつかせる。「…何故、」。痞える。ただの喩え話なだけだと頭では理解出来ているばすなのに。「…こうもこの地に生きて長いと、竜人としての感覚に加え、空気の変化を敏感に察知できるもので」。18

2015-11-17 11:14:01
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

「…もうひとつ、聞きたい」。震えそうになる声を絞り出す。「この地、この樹海に特に轟竜が多く姿を現したのは…いつだった」。商人の視線は、動かず。「あの日…”居場所”から初めてその身を離した大轟竜が消えて間もなく、この樹海に多くの殺気が芽生えました。つまりはそういう事でしょう」。19

2015-11-17 11:15:09
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

刹那、それまで大人しかったアプトノスがけたたましく鳴いた。何かに怯えるかのように。「…おっと」。慣れた手つきでパニック状態を抑えた商人は、最後にハイドへと視線を合わせる。「長話が過ぎましたな。夜は冷えます。どうかその身を護られますよう…」。にこりと微笑み、闇へと消えて行った。20

2015-11-17 11:16:01
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

そう、全ては所詮喩え話なのだ。偶然に合致するだけの事柄を並べ立てると、確かに擬似真実に成り得るだろう。だとしても、こんな悲劇な偶然が果たして存在するものなのだろうか。「…頼む」。内なる相棒達へ声を放る。「わたしの、辿り着いたひとつの結論を」。強く、声が走る。「否定してくれ」。21

2015-11-17 11:17:22
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

彼女の中に宿る相棒は、しかし何も返さない。”その日”、ある者は仲間を目の前で失った。それからというもの、仲間を殺した”仇”を捜し求めて。そしてもし、”大轟竜”が永きに渡り鎮座し続けた”居場所”の事を、どこかで認知していたのなら。「…あぁ、そうだ。これは偶然だ。ただの推測だ」。22

2015-11-17 11:18:20
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

そう。全ては。「…だから、わたしが見ているこの光景も…ただの偶然なんだろう?」。背後から聞こえる”足音”が、次第に大きくなる。嘲笑とも自嘲ともとれる笑みをこぼしながら、ハイドはゆっくりと振り向いた。その青く煌めく瞳が。「なあ………イース」。彼の姿を、捉えていた。23

2015-11-17 11:21:20
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

Another Story -5- 己の誓約 終

2015-11-17 11:21:40