次元を超えて。

彼は、此処に存在する。 時間軸を超えて、己の運命を抱きながら。 彼女の想いは、”彼"の言葉と共に。
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ばしこし@文垢 @bs_ks_0

「…ぐッ―――!!」。このまま盾を構え続けて、果たして勝機を見出せるのか。否。ならば、奴が俺にしたように、俺も仕掛けてやればいい。奴の腕が俺を捉え、その衝撃は軽々とこの体を吹き飛ばす。地面に叩きつけられる前に、何とか受け身を取った。体中に走る痛みは、限界が近い事を示唆させる。74

2016-09-27 00:22:56
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

《手間をかけさせやがって!これで終わりだ!!》。体を起こした俺の前で、荒鉤爪の真っ赤に染まる腕が振り下ろされた。そうだ、そうやって。お前が勝利を確信した時を。「……待っていたぞ」。盾と共に、剣を抱え込む。そのまま武器を腰まで引き、内に宿る力を一気に解放させる。「…喰らえ」。75

2016-09-27 00:23:39
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

天穿つように伸びるそれは、まさに光の剣。迫る腕をめがけて、力の限り円を描いた。《―――ッ!!》。手に、確かな手ごたえを感じた。頭上で何かが砕け散る音が聞こえる。刹那、至近距離まで迫っていた気配が遠のいていくのがわかった。…そう。俺が攻撃を受けたのは、奴に勝利を確信させる為。76

2016-09-27 00:25:03
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

その時こそ、余裕という名の隙が生まれる。それこそが―――俺がずっと狙い、待ち望んでいた…瞬間。《……てめえ…俺の、俺の自慢の爪を…折りやがったな…》。砕け散った己の爪を地に立て、奴はその目で俺を睨み付ける。鋭い牙を煌めかせ、赤く激昂する体は、その全身で怒りを表すように。77

2016-09-27 00:25:51
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

《許さねえ…絶対に許さねえ!今度会った時…必ず潰してやる。…必ずな!!》。"せいぜい、首を洗って待ってろ"。奴の声が、咆哮と共に響き渡る。鼓膜を震わせるそれは、羽ばたく音と共に空へと消えていった。…終わった、か。…よくよく考えれば、互いに満身創痍の状態だった。78

2016-09-27 00:26:35
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

…いや、もしかしたらそれは俺だけだったのかもな―――。 しばらくぶりの静寂が訪れたこの場所で。仮面ベルゼは、此処に魂を目覚めさせる。79

2016-09-27 00:26:58
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

殺気は、もう張り詰めてはいなかった。荒鉤爪の飛び去った大空を仰ぎ見ると、薄らとした光が見て取れた。じきに、夜が明ける。「……っ…」。糸が切れたように、ベルゼの体はその場に崩れる。岩場を背を預け、座り込むように地に落ちた。「………なんだ」。81

2016-09-27 00:27:36
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

そんな彼の前で、消えかかる月が照らし出す影が揺れる。瞳を閉じたまま、ベルゼは目の前に立つ彼女へ向けて、小さく息を吐いた。「…久々に体を動かすと疲れるんだ……。…少し、休む」。そう告げると、彼はその意識を手放す。眠るように、ゆっくりと呼吸を繰り返しながら。「……ベ、ル…」。82

2016-09-27 00:28:13
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

言葉を詰まらせ、ハイドは彼の前に膝をつく。否、気力を失った脚では、立つ事すらままならなくて。心の安寧は、己の道標は。もう此処には。「……ぁ、……」。視界が歪む。感情が溢れて、何も言葉にならない。どうして。なぜ―――。ただただ己の中で、ひたすらに自問する。83

2016-09-27 00:29:04
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

先の戦いで、動く事が出来なかった己を庇ってくれた―――その感謝の言葉すら見失ってしまう。「………ハイ、ド……?」。聞き慣れた声。それは今、一番自分自身が聞きたかったもの。反射的に視線を上げると、そこには碧い瞳があった。柔らかく微笑む彼は、紛れもないイースそのもの。84

2016-09-27 00:29:51
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

「―――ッ!!」。抱き締めた。強く、強く。頬に当たる彼の髪がくすぐったい。感じるあたたかさも、伝わる鼓動も全て、イースのものだった。「ずっと一緒だって…約束、したじゃないか…」。嗚咽の混じるハイドの声は、しかし強い感情を宿してイースの耳に届く。心の叫びを、言葉に乗せて。85

2016-09-27 00:30:34
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

「…これからも、ずっと……っそう、言ったじゃないか…この馬鹿者めがッ……!!!」。語尾になるにつれて、その感情は一層強くなる。突きつけられた現実は、ハイドの心に大粒の雨を降らして。「…うん、ごめん」。静かに、腕の中の彼は呟いた。その声は、とても優しいものだった。86

2016-09-27 00:31:33
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

背に回された手のぬくもりを感じながら、彼女は寂しさに潰されそうになる想いを、ひたすらに叫ぶ。「…イース、…もう二度と、お前と離れたくないのに……ッ!!」。名を呼ぶ度に、心が痛いと訴える。いずれ、この声すら届かなくなるのだと、嫌でもそう感じるのが辛くて仕方がなかった。87

2016-09-27 00:32:37
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

「…ハイド、君はひとりじゃない」。「お前が!…お前が居てくれなきゃ、意味が…ない…」。イースの優しい声も、言葉も、今の彼女にとっては残酷な刃そのものだった。そんなハイドの背を、彼はゆっくりと撫でる。「…ハイド。俺はいつだって、君と共に居る。君が俺を想ってくれる限り、ずっと」。88

2016-09-27 00:33:11
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

それとも、君は俺を忘れてしまうのか?少し意地悪に笑う彼。「っ私は!ずっと、…お前を、想ってる……」。彼の胸に顔を埋めながら、ハイドは何度も首を振る。忘れるわけがない。いつだってこの心には、彼という道標が必要なのだから。「…ありがとう。だから、俺は消えない。ずっと君と一緒だ」。89

2016-09-27 00:34:22
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

彼女の返答に満足げに微笑むと、イースはゆっくりと彼女の髪をすいた。流れるように指を滑るそれは、僅かに吹く風に揺れる。「…君はひとりじゃない。君を必要としている人は、たくさん居る」。彼自身、彼女に何度も救われた。ハイドの持つ力は、誰かを守る為にこそ、その真価を発揮する。90

2016-09-27 00:35:11
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

間近で見てきたからこそ、それを今一度、彼女に伝えたかった。わかってほしかった。「たとえ"俺"という存在が君の前から居なくなっても、この命は想いとなって、君の心に永遠に生きる」。どうかその力を、再び殺してしまわないで。己の胸の中で嗚咽を堪えるハイドを見つめ、震える体を包み込む。91

2016-09-27 00:35:57
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

「…だから、前を向いて。俺の好きな君の笑顔で、笑ってほしい」。大丈夫。何度も何度も、彼女の心にそう語り掛ける。消えゆく今の自分に出来るのは、道標となり続ける事。もう二度と、彼女に過去の絶望を繰り返させはしない。「大丈夫…大丈夫だよ、ハイド。君は強い。だから、顔を上げて」。92

2016-09-27 00:36:58
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

イースの手がハイドの仮面に触れ、ゆっくりと外す。「もう…泣かないで」。彼の声に導かれ、ハイドは顔を上げた。そこに見えるイースの優しい笑顔を前に、彼女の青い瞳は、幾つもの水の粒を流す。「…イース…っ…」。名を呼ぶ。彼は、微笑みながら頷き続けた。93

2016-09-27 00:38:42
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

何度も何度も流れ落ちる涙で濡れたハイドの頬に、手を伸ばす。彼女の目に浮かぶ涙を、イースの指が拭った。「…愛してるよ、ハイド。誰よりも、君だけを」。強く、彼女を抱き締めた。そう。いつか、"俺"が消える日が来たとしても。それは、彼女が強く生きられる証なのだから。そう言い聞かせて。94

2016-09-27 00:39:31
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

寂しさは幾度となく胸を刺し、彼の覚悟を壊そうとする。でも。「…愛してる…愛してるよ、イース……」。その言葉は、あの日交わし合った―――二人の約束。その誓いを、覚悟を、今一度この心に刻み込んで。イースは静かに瞳を閉じた。後悔はなかった。彼女が前を向いて、力強く歩んで行けるなら。95

2016-09-27 00:40:21
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

「………、」。ハイドの腕の中の存在は、その力を失っていた。再び手放されたイースの意識はもう、彼女の前には戻らない。「………」。先の彼の言葉を思い返す。彼の、心は。「―――…ッぅ、―――!!」。ハイドの慟哭が響いた。徐々に大地に差し込む光は、夜明けを告げる合図。96

2016-09-27 00:41:22
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

静寂に包まれた大地の中、ただひたすらに、彼女の哀哭がこだました。その胸の中には、イースの残した想いが鼓動を刻む。ひとりじゃない。彼の優しい声が、何度も心の中にその言葉を繰り返す。あたたかさはずっと、己と共に。97

2016-09-27 00:41:52
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