逃げ恥と少女マンガと時々、真田丸〜愛情とパートナーの形について〜【最終回編】
- mizusawa75
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いろんな見せ場があったけど、今日の個人的ベストシーンは千姫連れたきりちゃんが、騎馬で駆けてく源次郎を見かけるシーンだな。お互いそれぞれのミッションを鋭意遂行中で、もう会えないとは分かっていつつも、過剰に湿っぽくなくてさ。最高のヒロインだわ。 #真田丸
2016-12-18 22:06:36でもそれを「腐れ縁」というひとことで表したきりちゃん。昨晩の出来事を思い出して浮かれた事を言ったりしない。若い頃とは違うのね。すっかり酸いも甘いも噛み締めた大人の女。 #真田丸
2016-12-18 22:29:45公式も「信繁の生涯のパートナー」と称しているwのに、それを「腐れ縁」と笑い飛ばすきり。 しかし、何もかも許しあい笑いあいながら人生の終わりまで傍にいることって、案外そんなものなのかもしれないと思う。 昨夜の切ない口づけすら、既に良い思い出となり心にしまわれてるのだろう。 #真田丸
2016-12-18 22:42:59最期まで(気持ちの上で)昌幸パパに仕え続けた内記、敵味方に別れてもなお源次郎を慕う三十郎、最愛の妹と姪の名を呟いて倒れる作兵衛、自分が今まで関わった人たちへの想いを叫んで単騎で突撃する信繁、などなど。 愛情が人を支えていることが、たくさん描かれるドラマだったなあ。 #真田丸
2016-12-18 23:54:04寄りかからない押しつけない激しくない。互いを育てあう関係。
「愛してるって最近言わなくなったのは本当にあなたを愛し始めたから」ってゴスペラーズが歌ってたのあまり歌詞がピンと来なかったんだけど、「ハゲって最近からかわなくなったのは本当にあなたが取り返しがつかないレベルでハゲてきてるから」にするとすっごい分かる。分かり過ぎて辛い。
2016-07-17 23:30:00「『愛』という言葉と『自立』という言葉は かけ離れたイメージをまとっていますが、 現実には、両者は切っても切れない関係にあります。 自立しない人間同士は、 一時的に甘えあうことは出来ても 長い時間をかけてお互いを育て合うことは出来ないからです」
2016-12-19 01:51:31「恋する人々は、愛の熱さや烈しさを求めますが、長く続いていく愛はほとんど『愛』と呼べるかどうか疑わしいような微熱程度のものだったりすることもあります」
2016-12-19 01:58:24「この時期、射手座の愛の世界は、自立や意志、責任といった、『愛』という言葉のイメージからは遠く離れた要素で形づくられています。だからこそ、なんとなく『こういうのは、愛っぽくないなあ』と思えるわけですが、実際は『それが何よりも愛だ』ということになっているのではないかと思います」
2016-12-19 01:59:20前ツイートは、石井ゆかりさんの年間星占い・射手座からの引用なんだけど、なんだか今読んだほうがしみる。 というか、あれ?これ、ずっと考えてたことの答えが出てないか?w st.sakura.ne.jp/~iyukari/2016y…
2016-12-19 01:53:22同じく石井さんの占いで蠍座の項目「愛していれば出来るはず思いやりがあるなら、こういうふうにしてくれるはずと思えることでも、相手にとっては、そうではないこともあります。(中略)『愛しているならやってくれるはず』というのは、ある意味、精神論です」というのも引っかかる…。
2016-12-19 02:09:01「『伝わらない』などと狂おしくもどかしく思うのは、伝えたら良い結果につながる、と自惚れているからだ。実際は、自分の思う通りに、相手が反応してくれるとは限らない。まして良い反応が得られるなんて。焦りや不安やもどかしさが出る時は、自分が相手に対して驕っている時だ」
2016-12-19 02:53:14伝えたいことを押し付けたくない。でも、好きな人には認められたい。
働いてる大変さを認められない、子育ての大変さが認められない、という中でやっていく孤立感みたいなものって、誰に認められたら和らぐのだろう。この子のもうひとりの親である相手が筆頭なんだろうと思うけど。
2016-12-17 05:36:22違っていてもいとおしい。違っているからいとおしい。
“「本当の自分」なんて探してもいません。みっともなくもがいている日々こそが、振り返れば青春なんです”とは豊島ミホ『底辺女子高生』の一節であり同時にこの世の真理でな、本当の自分なんてものはいないんだから自分にとって最も都合の良い生きやすいキャラを演じていくのがベターなのだニャン
2016-09-18 00:09:21「追い詰められたら本性を出す」「お酒を飲ませたら本性がわかる」みたいな話を見るといつも「本性がそんなに大事…?」と思ってしまう… 本性から程遠くても「そうありたいと演じている偽物」を尊重してあげてもいいのに、何故みんなそれを引き剥がしたがるのかと…
2016-07-11 20:28:18「人と人は断絶の壁で遮られている。本当には解り合えない。だから何もかも一体化してひとつになることはできない。でも、それと愛情の所在は全く別のもの。何もかも違っていても、方法がめちゃくちゃでも、好きは好きとして厳然と存在する。それがわかって、呪いが解けてきた感がある」
2016-12-19 03:22:17「すきなひとに、自分と同じであってほしい、なんて、もう思わない。 でも、すきなひとと自分が違っていることを、自己否定に使わない。 私は私、あなたはあなた。でも私はあなたをすきになる」
2016-12-19 03:00:38「」でくくったつぶやきは、特に記載がなければ、引用ではなく、今年の6月〜7月頃に考えてメモしておいたこと。そのまま出しただけなのだが、何か、今考えていることの原点だなあとも思うし、ある意味結論を先取りしている感もある。個人の備忘録にしてすみません。
2016-12-19 03:59:40近づきすぎるとつらいこともある。だけど…
Twitterで遊んでいて思ったのは、人間関係って、始まりは「ゆるいつながり」だとしても、その距離感をずーっと維持するのは、気が合う人ほどむずかしい。気があってしまった人とは、ゆるい関係ではいられない。どうしたって近づきたくなる。近づいてしまう。しょうがない。あきらめるべし。
2016-07-17 15:12:49意外と、出会ったばかりの頃の方が冷静に相手のことを観察していて、難しいところや駄目なところを無意識に把握している。 関係が近づくほど、庇ったり贔屓したりする評価が増えて、相手の姿が見えなくなることがある。 膿んだ気持ちや関係の拗れは、そんなところから生じるのかもしれない。
2016-12-19 03:49:29