脚本家・池端俊策 講演会「ドラマ『夏目漱石の妻』を語る」レポート
17)もう一回してもらうと、また涙を流し、全く同じようにする。彼女は感情のかたまりのような人。もう天才だと思った。別の箇所で、ここで涙が浮かぶ、と台本に書いていて、そこを演じる時に尾野真千子が涙を溜めて堪えていた。あなた涙を出すの平気なのに、なぜ?と訊いたら答えが返ってきた。
2017-01-14 22:40:0518)「前の前のシーンで泣いてるでしょ、だからここは泣かない方がいいと思って」、こっちは「えらいね、一応計算するんだ」なんて言う。彼女はそのシーンそのシーンで生きているように見えるけど、その瞬間瞬間を前から積み上げていく。逆算じゃない。だから、最後までやってみないとわからない。
2017-01-14 22:40:2719)二人を見ていて、このドラマ、うまく行くな、と思った。漱石夫妻はそういう夫婦だった。この時代は『足尾』でも書かれたように、戦争に勝つために国力を大きく、という時代で、でもそのために公害が起こる。一方で、核家族化も起こる。漱石の家は、核家族のはしりだった。
2017-01-14 22:40:4420)尾野さんに「こういうのわかる?」と聞いたら、「よくわかんない。でもそうなんでしょうね」と言う。一方の長谷川さんは「はい、よくわかります」と答える。漱石は、人間一人ひとりはどうすれば幸福になれるのかを考えた作家だった。このテーマは普遍的で、今と変わらない問題意識だと言える。
2017-01-14 22:41:1621)鏡子さんにはしがらみを切って、漱石の日常の雑事を減らしてやる、という役目があった。喜怒哀楽に富み、感情の人である妻が、情を切らなくてはならない。鏡子さんは関係性を切っていくたびに漱石は返り血を浴びる。修善寺の吐血のシーンで鏡子さんが浴びた血は、返り血でもあった。
2017-01-14 22:42:3822)第三話の念書を取り返すシーンで、雨に濡れて帰った鏡子さんに対し、金之助はありがとうとも言わず、身内を失った、俺が大切にしていたものをお前は切った、と言う。鏡子さんはこれを聞いてちょっと涙を流した後で少し笑う、あそこが尾野真千子のすごいところだった。
2017-01-14 22:43:3723)(続き)台本にはあの笑いは書かれていない。鏡子さんが自分のしたことは報われない、と自嘲的に笑うところ、感覚的で、感性で生きている尾野真千子が、それをうまく演じた、ということがよくわかるシーンだった。
2017-01-14 22:44:2724)漱石の弟子森田草平は、平塚らいてうと心中未遂をし、鏡子さんがその世話をする。らいてうが青鞜が立ち上げられたのはその直後だが、鏡子さんはそのへんを見ていたのではないか。新しい時代が来る時にそれをキャッチするのは女性だ。勘のいい女性を見事に演じてくれた尾野真千子に感謝している。
2017-01-14 22:45:23脚本家や演者の話を聞いたあと初めて納得する、というのは創作としてどうなの、と私は思っているが、今日の話はドラマの補足説明ではなく忠実にたどる感じで、話を聞くとシーンが浮かび、そのあたりもさすがだった。あと池端さんのオノマチ評に、枠にはまらない才能への敬意と感謝と愛情を感じた。
2017-01-14 22:47:55分かりやすいものは大声で絶賛されるが「この役割、難しいのどっちよ」とか「こんな微妙な表情、できる人は他にいるかしら?」などと思うことの多かった身としては、念書を取り戻したあとの鏡子さんの笑い、字を辿る新田サチの表情を具体的に挙げられた池端さんのオノマチ評に溜飲の下がる思いだった。
2017-01-14 22:48:52池端さんは悪女が大好きとのことで、『足尾』と『夏目漱石の妻』の間に作られた『坂道の家』で「悪女」のりえ子さんを描いておられるので、この作品での真千子さんについて(他の作品でも構いません、とのことだったので)聞いてみたかったのだが、他の人の勢いに負けて訊けなかったのが悔やまれる。
2017-01-14 22:49:082014年12月放送
【脚本】池端俊策
【主演】尾野真千子
【受賞】放送文化基金賞奨励賞、東京ドラマアウォード優秀賞ほか
ドラマについての話のみならず、真千子さんの「演じている時」と「演じていない時」のギャップが具体的にたくさん聞けて、とても有意義な一日だった。真千子さんの「どこから何が出てくるかわからない」感じがやはりたまらなく好きだ。講演の全体に関しては、一つにまとめた形で別途(近々)上げます。
2017-01-14 22:50:31@nee1418 とっても楽しい一日でした。池端さんが「尾野真千子が」というたびに、「愛と尊敬」を感じました(この人のことを語らずにはいられない、みたいな)。『カーネーション』のシンポジウムでの渡辺あやさんと同じような感じを受けました。
2017-01-14 23:07:13@JETPILOT66 ドラマを見ただけではわからない部分をインタビューで補足、というのはズルいですね(笑)。今回は一切それがなくて、話を聞いていて「ああ、あそこであのシーンは入っているもんね」というような感じで、改めて納得できました。
2017-01-15 13:18:48蕨市新春講演会「ドラマ『夏目漱石の妻』を語る」、池端さんが『道草』の一部を朗読されて、「漱石には自分たちはそういう夫婦だった、という認識があった。女性の方に自立意識があった」「驚くべき夫婦であり、これだけの実体を伴った夫婦がいた」とおっしゃっていた。それに当たる部分を貼っておく。 pic.twitter.com/YK9HKvO0dj
2017-01-14 23:29:50池端さんの、ドラマそのものに関するコメントまとめ。1)ドラマを作る際に一つネックになったのが、精神病のこと。漱石の精神病を語ることはタブーだった。そこをどうしますかと訊かれて、「そのまんまやりますよ、覚悟して下さい」と言った。その意味でも、女性の視点から見た方がいいと思った。
2017-01-14 23:56:172)当時は「不人情はよくない」とされて、裁判でも起こされたら民法で負けていた。しかし漱石が民法だけに縛られていたとは思えない。個人主義が入っていながら、大切にされた恩義を忘れられない。その金之助の自己矛盾が面白い。
2017-01-14 23:56:383)それを代わりに切ったのが奥さんだった。『道草』でも、あなたがズルズルしているから断りきれない、というふうに書かれている。けれど、実際に感情的なのは鏡子さんの方だった。
2017-01-14 23:56:544)漱石の息子伸六は、殴られた思い出が残っていて未だに父が許せない、という。しかし漱石は小説の中では自分がおかしいとは全く書かない。弟子はそれを読んで、悪妻だと思い込んだ。奥さんに近いところにいた森田草平だけは別で、この人の伝記は夫婦いい勝負だ、という書き方になっている。
2017-01-14 23:57:05