男装の麗人に惚れる文化はどれくらい前から受け継がれているのか?「曾祖母だと水の江瀧子かな」「これが宿業か」

セーラウラヌス・ベルばら・リボンの騎士など、ついに平安時代のとりかへばや物語まで遡っちゃった。
創作論 ジェンダー リボンの騎士 宝塚 男装 フェミニズム 剣城あきら セーラーウラヌス キュアショコラ ベルサイユのばら
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冬眠怪獣シムテックマ @simteck
天王はるか(セーラーウラヌス)に惚れたお母さん達へ 我が娘が剣城あきら(キュアショコラ)に惚れたのを見て業が深いと思っているかもしれませんがそれは違います あなた方のお母さんが『ベルサイユのばら』のオスカルに惚れたのが始まりなのです 全ては45年前に仕組まれた宿命なのです
まとめ 全人類を惚れさせるプリキュア剣城あきら/キュアショコラさんに陥落したお子さんたち キラキラ☆プリキュアアラモード 第6話 「これってラブ!?華麗なるキュアショコラ!」への反応をまとめました 182998 pv 1111 217 users 372
源流はどこだ!?
林檎はいません。 @kokkumapple
世代間やべーな……そしてそれをさらに遡るとリボンの騎士のサファイアだ。
シン・権田原米三 @ShiraishiM1970
いいえ、そのお母さんが「リボン騎士」のサファイアに惚れたのが始まりなのです。すべては、64年前に仕組まれた宿命なのです。@simteck
おみ太郎 @OMItaro0117
@ShiraishiM1970 @simteck そしてその「リボンの騎士」を描かれた手塚先生は宝塚のファン。全ては103年前から始まっていたのです。
kaya @kaya_rod
@OMItaro0117 @ShiraishiM1970 @simteck その剣城あきら役の方が元宝塚という…
noe @noetique
@simteck 曽祖母が水の江瀧子に惚れたのが全ての始まりってことでいいかな。 82年前。
深町りこ❖りどおじさん @cildor
水の江瀧子さん存じ上げなかったので検索してみたけど素晴らしいの一言 pic.twitter.com/GXgV3HLL6u
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®️icarika @ZadkineMachen
ターキーこと水の江瀧子も推したい♡ #DressLikeAWoman pic.twitter.com/vzbGYfkw7q
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リンク Wikipedia 13 水の江瀧子 水の江 瀧子(みずのえ たきこ、1915年2月20日 - 2009年11月16日)は、日本の女優、映画プロデューサー、タレント。1928年に東京松竹楽劇部(後の松竹少女歌劇部、松竹歌劇団)に第1期生として入団。日本の女性歌劇史上初めて男性様に断髪した男役で「男装の麗人」の異名を取り、「ターキー」の愛称と共に1930~40年代にかけて国民的人気を博した。1942年の松竹退団後は劇団主宰、映画女優などを経て1955年に日活とプロデューサー契約。日本初の女性映画プロデューサーとなり、石原裕次郎を筆頭に、浅丘ルリ

コメントで指摘していただいた川島芳子さん

片付け筋肉こまち @youkaikomachi
剣城あきらの前に天王はるか、天王はるかの前にオスカル、オスカルの前にサファイア王女、サファイアの前に愛新覺羅顯㺭(川島芳子)がいるので男装の麗人に憧れてしまうのはもうなんていうかしょうがないんだよ pic.twitter.com/kA6M4BGMN7
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dyson@baha @Dyson_baha
更におばあちゃんのおばあちゃんが川島芳子に夢中になっていた可能性も否定できない
リンク Wikipedia 51 川島芳子 川島 芳子(かわしま よしこ、1907年5月23日 - 1948年3月25日)は、清朝の皇族・第10代粛親王善耆の第十四王女。本名は愛新覺羅顯㺭(あいしんかくら けんし)、字は東珍、漢名は金璧輝、俳名は和子。他に芳麿、良輔と名乗っていた時期もある。8歳のとき、粛親王の顧問だった川島浪速の養女となり日本で教育を受けた。1927年に旅順のヤマトホテルで、関東軍参謀長の斎藤恒の媒酌で蒙古族のカンジュルジャップと結婚式をあげた。 カンジュルジャップは、川島浪速の満蒙独立運動と連携して挙兵し、1916年に中華民国軍
えっ、こんな時代から!?
\ からあげ / @C____xx_
@OMItaro0117 @ShiraishiM1970 @simteck 「南総里見八犬伝(1814年)」や「とりかへばや物語(平安時代)」等が好きだった御先祖様がいるかもしれない…
Rietz Augan @EndymionGTX
@simteck 曾祖母あたりは、南総里見八犬伝と見た。
リンク Wikipedia 59 南総里見八犬伝 『南総里見八犬伝』(なんそうさとみはっけんでん、旧字体: 南總里見八犬傳)は、江戸時代後期に曲亭馬琴(滝沢馬琴)によって著わされた大長編読本。里見八犬伝、あるいは単に八犬伝とも呼ばれる。文化11年(1814年)に刊行が開始され、28年をかけて天保13年(1842年)に完結した、全98巻、106冊の大作である。上田秋成の『雨月物語』などと並んで江戸時代の戯作文芸の代表作であり、日本の長編伝奇小説の古典の一つである。『南総里見八犬伝』は、室町時代後期を舞台に、安房里見家の姫・伏姫と神犬八房の因縁によって結ばれ
マルコ @revena_tw
@simteck とりかえばやに・・・まで遡りそうな勢いですねw
リンク Wikipedia 59 とりかへばや物語 『とりかへばや物語』(とりかえばやものがたり)は平安時代後期に成立した物語である。作者は不詳。「とりかへばや」とは「取り替えたいなあ」と言う意の古語。関白左大臣には2人の子供がいた。1人は内気で女性的な性格の男児、もう1人は快活で男性的な性格の女児。父は2人を「取り替えたいなあ」と嘆いており、この天性の性格のため、男児は「姫君」として、女児は「若君」として育てられることとなった。男装の女児である「若君」は男性として宮廷に出仕するや、あふれる才気を発揮し、若くして出世街道を突き進む。また、女装の男児である「
ドカ太郎 @dameningen1gou
@simteck ご先祖様が出雲のお国、そしてさらにさかのぼって白拍子に惚れてしまったことが全ての元凶なのです。
リンク Wikipedia 8 白拍子 白拍子(しらびょうし)は、平安時代末期から鎌倉時代にかけて起こった歌舞の一種。及びそれを演ずる芸人。主に男装の遊女や子供が今様や朗詠を歌いながら舞ったものを指すが、男性の白拍子もいた。素拍子(しらびょうし)とも書き、この場合は無伴奏の即興の舞を指す。複数の白拍子が登場する鎌倉時代前期の軍記物語『平家物語』では、白拍子の起源について「鳥羽院の時代に島の千歳(せんさい)、和歌の前という2人が舞いだしたのが白拍子の起こりである」としている。また「初めは水干を身につけ、立烏帽子をかぶり、白鞘巻をさして舞ったので、
せいら⚓❄ @neko_paradise
更にはお母さんのお母さんががリボンの騎士のサファイアに惚れたという風に遡って行けますね。 というか、一番の源流はなんだろう。白拍子とかとりかえばや物語あたり? twitter.com/simteck/status…
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コメント

bluemonkshood @bluemonkshood 2017年3月13日
7つの黄金郷も忘れないでください。あと日本史でいうと巴御前かな。
なすひこ @nasuhiko_ 2017年3月13日
BLも衆道やお稚児さん文化まで遡れるから、女性オタの好きなものはだいたい日本の伝統(極論)。
なすひこ @nasuhiko_ 2017年3月13日
近代だとまとめにも出てる水の江瀧子も含めて少女歌劇(松竹や宝塚)がエポックメイカーだと思う。昭和初期には名家の奥方や令嬢がメロメロになって女優のパトロネージュしてたらしいし。なお同性のストーカーもいた模様。
なすひこ @nasuhiko_ 2017年3月13日
一気に現代まで時計を進めると、男装コスプレイヤーも同性人気高い。ネットのまとめとかだとレイヤー≒素人グラドル、みたいな扱い多いが女性たちのアイドルも少なくないんよ。
夏越丸@ねんくり引き取り先募集 @nagoshimaru 2017年3月13日
春日野八千代も昔は男装の麗人だったんよな?
よーぐる @Seto_yasu1987 2017年3月13日
里見八犬伝の犬士なら、女装の美男子じゃなかったっけ?
nekosencho @Neko_Sencho 2017年3月13日
ま、歴史上の人物が勝手に性別変更されてもてあそばれる世の中ですし……
もひーとΔ @unskillfulness 2017年3月13日
天照大御神さんが弟ぶっ倒すために男装してなかったっけ。
たつみ@犬派 @nozarashi_pon2 2017年3月13日
頑張れば『男装した天照大神or神功皇后、マジヤバい。男の娘の日本武尊、尊い』まで遡れるかも(日本調べ)
猫目 @nekome006 2017年3月13日
川島芳子さんのことを追加しました。ご指摘ありがとうございます!
20503(はたいそさん) @sysner 2017年3月13日
皆中性的なものを求めてる
mlnkanljnm0 @kis_uzu 2017年3月13日
クマソタケルも小碓尊だとわかっちゃいたけど女装子についつい興奮して我を忘れてしまった説。
@mouth0717 2017年3月13日
女装も歌舞伎の女形とかあるし、伝統的に男女問わず異性装に寛容な文化的背景がある。
うるちまい @japonikamai 2017年3月13日
神功皇后、天照大御神まで遡る勢いやな
ギ=サン @doceneve 2017年3月13日
川島芳子の「亡国のお姫様で心に傷を負い男装している」って設定は半端ない、そりゃ当たるわ。天照大神は実は男神が女性化した説もあるので、男の娘神とも取れるし…。
arabiannightbreed @a_nightbreed 2017年3月13日
性別を軽々と往き来するキャラクターの魅力たるや(決して性別を超越しているわけではないところがミソ)
tokic @damekusoyarou 2017年3月13日
人間の萌えどころってあんま変わんないんだなぁ
@gatirogrth 2017年3月13日
日本最初最古のアメノミナカヌシノカミ、タカムスビノカミ、カミムスビノカミ造化三神は、それぞれ無性、男装の麗人、女装の紳士だった可能性もあるからその辺から伝統の可能性
VRAM01K @VRAM01K 2017年3月13日
女装男子も日本武尊あたりまで遡れるのでは
りうと @ruirui87 2017年3月14日
千年変態のコピペ思い出した
文里 @wenly_m 2017年3月14日
商業ベースで男装・女装双方の演劇成立は日本だけ?
夜更至ヒルネスキー @hiruneskey 2017年3月14日
男だけど男装の麗人だった(若い頃の)美輪明宏。川島芳子と同年に生まれていたらどうなっていたのか。
悪性の腫瘍 @akuseisyuyou 2017年3月14日
紀元前500年あたりの斉の霊公の時代に男装が流行ったとあります。羊頭狗肉の語源ですね。
四式戦闘機 @ki84type4 2017年3月14日
水の江瀧子より春日野八千代ではあるまいか。「男役やりたい」とクラスメイトに話したら「あんたそりゃ天変地異が起きる」と言われ、六代目尾上菊五郎には「あれはうまい役者だ、二枚目の目ってのを分かってる」と賞賛され、長谷川一夫には「あの人の源氏には負けた」と言わしめたそうな。
yahhoi @syyahho 2017年3月14日
海外からの影響説を採るとして、古事記成立以前に遡ったら何かあるかなーと思ったら斉の伝説が出ていた。成立年代を知りたいなあ。
るいせ @ruise2 2017年3月14日
多分中国が元だけど、あれは男が女にさせてたので、女が萌える女の文化とはちと違うかも。初出ではあっても流れは途絶えてるし。 だから上杉謙信女説を妄想した奴を源流に提唱する
isaたんショぽ@動物公園よき! @bycake 2017年3月15日
演じものだと、歌舞伎の始祖の出雲阿国が男装してたというしね。 男装の麗人とか女形は、異性の美しかったり魅力的なところを寄りぬいてるから惹かれる、とか?
gryphon(まとめ用RT多) @gryphonjapan 2017年3月15日
80年代の女子プロレス「クラッシュ・ギャルズ」の熱狂的人気に関し、それに取材したノンフィクションから。 【思春期の少女たちにとって、女であることは屈辱でしかない。(略)だからこそ少女たちは、女であることから自由な女を愛する。中学時代の長与千種は、後輩たちからそのように見えたからこそ愛されたのである。  理屈ではなく、実感としてこの構造を知る長与千種は、クラッシュが少女たちに愛されるためには「中性」のイメージが必要だと考えた】
琥珀@沼温か稲荷 @amber_violane 2017年3月15日
運命を仕組まれた子ども…何番目の子供なんだろうね
Oddball @0ddbaII 2017年3月16日
ジャンヌ・ダルクあたりは世界的にファン多いんじゃなかろうか
和之介@お笑いマンガ牧場 @kazunosuke5 2017年3月16日
ムーランとか祝英台とかあるし、中国も多そう
Tsuyoshi CHO @tsuyoshi_cho 2017年3月18日
異装の神秘は昔から、だろうなぁ。
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