ゲーム芸術論・批評論(仮)

ゲームを芸術として見る切り口は、たくさんあった。映画、演劇からの類推、メディアアートとの比較、ゲーム音楽と映画音楽。芸術思想史として、写実主義(クールベ等)印象派(モネ・ドガ)、ダダイスム(ハートフィールド、デュシャン)シュルレアリスム(エルンスト、シャガール、ダリ)、そしてWW2後の芸術。しかし、ゲーム論はいま、システムとナラティブという二つの物語的説明という器を得て、それらを同時に調和させることで成立するという、あまりに繊細でか細いバランスの上にあることが証明されつつある。そのコンテクストを微かなりとも拾い上げようという試み。未完成につき、引き続き編集します。 批判・賞賛頂ければどちらも有難く思います。意志ある方、力を併せ、ゲームを見つけましょう。
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さいとう @Sagipenta

ああ、言い忘れてたけど、美術とか美学って、今のところ西洋の概念だと思ってます。日本人は、西洋のものさしで自分たちの文化を測ってきた。そうとは知らずに。歌舞伎とか浮世絵とか、シモジモのカルチャーが高級なものみたいに祭り上げられてるのはまさにそのせいじゃないの?

2011-02-23 21:40:47
poroLogue (っ'ヮ'c) @poroLogue

RT @鍵 いやさ、ストⅡのアーケードモードで、勝利後次のステージにいく際に、世界地図が表示されて、飛行機が国から国に(前のステージから次のステージに)移動する簡単な映像あるじゃん?あれが凄いストーリーを喚起させている気がする。ストⅡってあの移動映像と会話しかストーリー

2011-02-24 11:04:55
poroLogue (っ'ヮ'c) @poroLogue

RT @鍵 を表現しているものがないわけで。あとは説明書くらいかな。あの移動がないと、色々スケールが小さくなるというか纏まらなくなる気がする。システム中心のゲームの説明書におけるストーリーの記述が気になってきた…

2011-02-24 11:05:57
さいとう @Sagipenta

ニーア・ゲシュタルトが素晴らしすぎる。遊びとしては、多少荒削り感が残っているけど、そんなのをチャラにして、というか無視できるほど素晴らしい演出。多分、俺が中学生で出会っていたら、人生変わっていた。こんなに美しく侘びを形にして見せたアートが今まであったか?無い無い、誓って無い。

2011-02-25 04:27:43
さいとう @Sagipenta

ふと思ったんだけどさ、近いうちにビデオゲームって概念は消滅するんじゃない?「観賞」するものと「遊ぶ」もの、受身で楽しむものと、能動的に楽しむもの。受身って言葉はマイナスイメージになりがちだけど、なにかし「ながら」で楽しめることがかなり重要だとおもう。

2011-02-25 14:12:43
さいとう @Sagipenta

例えば音楽をDLしたりして聞くのは受身の観賞かもしれないけど、ライブでアーティストと共鳴して盛り上がるのは能動的な遊びだ。本を読むのは能動的な行為で、ある種遊びとも言える。つまり、「目」を中心的に拘束することは動きを拘束する。だから、受動的にならざるを得ない。

2011-02-25 14:15:49
さいとう @Sagipenta

観賞メディアと遊びのメディアの分化は、音楽がUST中継されたり、ゲームがAR技術によって現実空間の中で環境を構成する力を持ってくることによって、どんどん曖昧になってくる。(受動的にゲームすることができるということ)

2011-02-25 14:20:21
さいとう @Sagipenta

これをゲームと呼ぶとややこしくなるな…これはインタラクション。インタラクティブなエンターテイメントは、必ずしも能動的参加を意味しない。例えば、カフェでコーヒーを飲んでいると、コーヒーの残量に応じてテーブルの色が変わったりとか。

2011-02-25 14:22:33
さいとう @Sagipenta

だからまとめると、観賞メディアと遊びのメディアの境界線が出来ると同時に、ゲーム・音楽・動画・読書といった境界は、やや曖昧さを帯びてくる。観賞メディアはより個人向けに、遊びのメディアはよりコミュニケーション用に作られていく。その中で、俺は個人向けのゲームがあっていいと思う。

2011-02-25 14:27:39
さいとう @Sagipenta

ニーアはキンハー2と同じテーマだったな。複製不可能な自我をどう扱うかっていう。前者では分かたれた自我は再統合不可能で、後者では可能。前者で強調されていたのは、肉体/精神という二元論の否定。肉体は自ずと精神を媒介し、精神は肉体無しには成立し得ない。だから肉体は精神に優位する。

2011-02-25 23:21:58
さいとう @Sagipenta

ニーアみたいなジャーナリズム性に優れたゲームをやると、ますますメディアとしてのゲームっていう考え方を意識する。ダンガンロンパは、まさかの自社広告をゲームの幕間に挟むという物凄いことをやっていた。速報性は無いけど、シリアスゲームとしてジャーナリズムが成り立つ余地はあるかもしれない。

2011-02-25 23:32:25
さいとう @Sagipenta

ニーアの主人公の描写が、やや悲観的なリアリティに裏打ちされた印象を受ける。優しさと愛情に溢れた温厚な性格の一方で、他人の心情に疎い。気付かない。相手の意志を汲もうとしない。娘を助けるという目的のためには、目の前の敵を徹底的になぎ倒して進むことを厭わない。

2011-02-26 00:31:42
さいとう @Sagipenta

ニーアを「ジャーナリズムに優れている」と評したのはそういうところだな。そして二週目からは、その残酷さが明らかにされて話が進んでいく。一方的に描かれた物語が、二つの相対する視点から立体的に切り取られていく。ドラッグオンドラグーンでやった手法をシンプルでわかりやすくアレンジしている。

2011-02-26 00:33:55
さいとう @Sagipenta

ダンガンロンパの製作費用知りたいなあ・・・!何本売れてリクープ取れるんだろう。UMDだから単価低いしなあ。クリアした人の数=喧嘩番長のCMのPV、という副次効果は狙えているな(笑)。にしても、ものすごく現代的で挑戦的な意気込みを感じるゲームだった。間違いない良作。

2011-02-26 10:23:34
さいとう @Sagipenta

大山のぶ代のおかげって(笑)確かにのぶ代の存在はすさまじかった。当然、ドラえもんへの大胆不敵な当て擦りという意味で。作品全体を彩る、パステルカラーの狂気だった。その毒を丁寧に拭って生々しさを消毒した潔癖さこそが賞賛に値すると言えるかもしれない!

2011-02-26 10:27:49
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