未完成世界の鎮守府　第７話

奇くらげ@金曜日東へ45a 12/4岩岡M16A1 @boneofjellyfish

＃未完成世界の鎮守府　06（下）ハヂマリ

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しかし、我々は先入観から脱却することはできないのですから、他の国民の色の違った眼鏡をしばしばかけてみる以外にこの先入観の影響を取り除く方法はないのです。 ――J・S・ミル『大学教育について』より #未完成世界の鎮守府

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『…あわじ”にご乗船いただきましてありがとうございます。この船は途中、明石港、岩屋港を経由いたしまして洲本港へ…』 蒼龍以下3名が淡路島の海岸で発見されたという連絡を受けた翌朝、御木川司令を含む私と他数名の艦娘は電車と高速船を乗り継いで洲本へと向かっていた。 #未完成世界の鎮守府

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私は2Fデッキの手すりにもたれかかり、かつて軍艦として生まれ落ちた時に見たであろう神戸の街を眺めていた。艦尾から眺める、朝もやを後に動き始めた港町。 ――これが、3/4世紀も前に私が生まれ落ちた街…なのだろうか？ #未完成世界の鎮守府

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「下の階に姿が見えないと思ったらこちらでしたか」 後ろからの声に振り向いた私は、その主を認めた瞬間慌てて無様な挙手の礼を取る。 吹雪型一番艦、吹雪。艦娘としての外見は下手すれば女子中学生にすら見える。だが彼女―阪神防衛隊の「吹雪」を外見で判断してはいけない。 #未完成世界の鎮守府

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吹雪―山口美紀「大尉」相当官。今の私が准尉相当官であるから、階級はなんと3つも上だ。そして役職は総司令付秘書官兼嚮導艦。つまり提督さんの着任以来秘書官として支え、一方で下士官として大戦艦から駆逐艦まで艦娘とは何たるかを教え、まとめてあげてきた存在。 #未完成世界の鎮守府

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「構いません、楽にしてください」 「はい」 そういうと吹雪は私の隣の手すりにもたれかかった。彼女の黒いセーラー服の襟が風に吹かれてはためき、ぱたぱたという軽い音を立てている。 「…先日の件ですが」 彼女がぽつりと呟いた言葉に、私はどきっとした。 #未完成世界の鎮守府

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先日の件、つまり私の勝手な判断により鎮守府を脱走し（誰が何と言おうとあれは脱走だ）、おまけに敵と遭遇して勝手に戦闘を始めたことだ。 「あっ、はい」 「司令官は何もおっしゃいませんが、あれは本来処分対象となるような問題行為ですからね」 「…重々承知しています」 #未完成世界の鎮守府

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「分かっていれば結構です。それともう一つ、訓練の件ですが」 「……訓練、ですか？」 「そうです。あなたには臨編903特務護衛群の主力を担ってもらうことになります。ですが、現状あなたの練度は低い」 #未完成世界の鎮守府

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彼女の言う通りだった。現状、私の練度表示はとても低い。そもそも最後に艦載機を飛ばしたのはいつだったか。前世界の記憶もほとんどない以上、役に立つのはおぼろげな知識とあの滅茶苦茶な乱闘だけだった。 #未完成世界の鎮守府

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「私はご覧のとおり駆逐艦なので艦載機の訓練については空母のみなさんにお任せします。しかしその他の部分、あなたが私たちの仲間として必要なことについては、私が担当します」 つまりはこの、年下にしか見えない「上官」が軍曹役でありかつお目付け役でもあるということだ。 #未完成世界の鎮守府

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ありがたくもあり、今からげんなりしそうでもある。 「さて、本体任務の話はこれ位にして…」 「？」 「ここからの話は司令官を支える秘書官としての話です」 「秘書官として？」 「今回の不可知空間とそれにまつわる一連の事件についてです」 #未完成世界の鎮守府

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「あの空間に関することは瑞鶴さん、あなたを中心に廻っている。私たちはそう認識しています。今、こうしてあなたを洲本へ連れて行って友ヶ島の蒼龍さんに会わせようとしているのもその一環です」 「わ、私が？」 #未完成世界の鎮守府

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高速船のエンジンが立てる音が大きく変わり、それによって船の速度が変わったのが感じられた。疑問によって包まれたわけのわからない感情が、私の意識を世界から静かに切り離そうとしている。 「はっきり言えば、今私たちが直面している事態は極めて異常なんです」 #未完成世界の鎮守府

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「内海に不可知空間が現れたこと、そこから突如として一つの鎮守府を壊滅に追い込むほど、強力かつ攻撃的な敵艦隊が出現したこと」 そこで吹雪は言葉を切った。 「言ってしまえば、紀淡海峡防衛隊は私たちよりもはるかに練度も高く、そして強かった」 #未完成世界の鎮守府

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「大和型こそいませんでしたが、それでも戦艦や正規空母を多数保有する4艦隊を編成し、各艦も極めて練度が高かった。司令官にもお会いしたことがありますが、指揮官としてとても優秀な方でした。各分艦隊指揮官も同様です。そんな鎮守府が、なぜ壊滅したのでしょうか？」 #未完成世界の鎮守府

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「…」 「これを解明しなければ司令官、そして私たちも同様の運命をたどるでしょう。私はそれだけは避けたい」 「―ずいぶんと、提督さんに肩入れしてしているのね」 「うぇっ?! そ、そんなつもりは…ない、と言えば嘘になりますが…」 #未完成世界の鎮守府

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それまで冷静な先輩であった彼女が、突如としてもにょもにょとした口調になった。そのことには若干の疑問は抱いたが、すぐに理解する。 ――この人は非常に恵まれた待遇なのだ。 #未完成世界の鎮守府

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信用以上のものを得られる司令官のために自分の能力を最大限に活かし、そのことで役に立っているという実感がある。 ―それらは全て、私とは、違う。 そう、違う存在。 「こほん、…それよりも先ほどの話に戻ります」 #未完成世界の鎮守府

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「瑞鶴さん、あなたは正直な所、どう風に思っているのか。それを聞かせてください」 いや、いい。今は彼女を何者か分からないまま敵視する必要などないのだ。逆にそのこれが自分と艦隊を危機にさらす。それは軍隊において絶対に避けられるべきことだった。 #未完成世界の鎮守府

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「あの空間が何なのか。あそこから生み出されたものは何か」 「そう、それを…あなたがそこから出てきた、という事実を持って考えていることは何ですか？」 「…1つ、確認してもよろしいでしょうか？」 「どうぞ」 「ーーこの世界でも天一号作戦は発令されたのよね？」 #未完成世界の鎮守府

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吹雪は頷いた。そして重々しく口を開く。 「その通りです。そして沖縄へ向かった戦艦大和は轟沈しました。武蔵も同様です」 「ならば言えるわ―ここにも『不沈艦』は存在しない」 これだけ言えばその意図は伝わるだろう。―”軍艦の記憶を継ぐ艦娘もまた不沈艦ではない” #未完成世界の鎮守府

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「…確かに大和型――艦娘のそれですが、を中心に組んだ艦隊編成でも、部隊が丸ごとMIAになった事例は、数少ないですが存在します。だがそうだとすれば…」 「通常の水上艦艇とは比べ物にならないほど強力な敵…」 「……まさか、「姫」や「鬼」クラスが出たと？」 #未完成世界の鎮守府

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私は無言でうなずいた。常識的に考えればそれくらいしか考えられない。秘匿性の高い個体である一方、極めて高い攻撃能力を持つ存在。この世界に艦娘と深海棲艦がいるなら、なぜそうした個体が特殊な環境下において現れないということがあろうか。 #未完成世界の鎮守府

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「憶測、ですけどね」 「…推測は重要ですよ、仮説を立てるために。そして今、私たちは仮説とその実証のために、こうして淡路島へ向かっているんですから」 瞬間、海風が強く吹いた。その風にあおられた彼女の黒いセーラー服の襟と、私の結った髪が、視界を隠した。 #未完成世界の鎮守府