未完成世界の鎮守府　第７話

JMIDF阪神防衛隊艦娘戦闘記録班 @mikanseisekai

しばしの船旅の後、船はトラブルもなく洲本港に入港した。御木川司令に連れられた私たちは港のすぐ近くにある県立病院へと入る。 待合室の片隅で担当医が出てくるまでの間、しばし待たされることになった。 #未完成世界の鎮守府

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私は壁際に立って周囲をぼーっと見ることにした。入院患者かあるいは診察待ちの人たちなのか、そこを通る人たちは私たちを見て、一応微笑を浮かべる、一瞥をくれる、中にはあからさまに無視する……など反応はさまざまだった。 #未完成世界の鎮守府

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こんなものです、艦娘に対する世間一般の反応とは」 私が物思いしていると思ったのだろうか、横に立つ吹雪がぽつりとつぶやいた。 「よく分からない女の子の形をした兵器、死体を繋ぎ合せたらしい存在、しかし居なければ国防、ひいては社会活動さえままならない存在」 「…」 #未完成世界の鎮守府

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「中にはあからさまに敵視してくる人もいますが、ごく少数派です。あまり気にしないでください。それよりもあなたの場合は…」 「身内？」 「…その通りです。私は全くもって違うと思いますが、特に友ヶ島の人の中にはあなたのせいだと思う人もいるかもしれない」 「…」 #未完成世界の鎮守府

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中年男性の医師が廊下の向こうから出てきた。御木川司令としばしやり取りをした後、私たち全員を病棟の方へ招き入れた。 私はその最後尾から着いて行こうとして――ふと視線を感じ、もう一度待合室の方を振り返った。 #未完成世界の鎮守府

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その場にいる全員の視線が私に刺さっていた。責め立てるかのように。 …いや、気のせいだ。ほとんどの人は私たちに目もくれず、思い思いの行動を取っていた。ただ、待合室のテレビから流れる友ヶ島の事件を報じるニュースだけが、私を負のベクトルへと繋ぎとめていた。 #未完成世界の鎮守府

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「あとの2人はどうなりましたか？結局あの電話以来誰なのかさえ聞いていませんが」 蒼龍が収容されているという個室がある4Fに向かってエレベーターの箱が上がっていく中で、吹雪が御木川司令に尋ねた。 #未完成世界の鎮守府

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「…あとの二人は筑摩と榛名だ。筑摩は心停止状態からなんとか蘇生させたらしいが、ICU（集中治療室）入りだ。意識が回復するかどうかは五分五分らしい。榛名は…KIA（戦闘中死亡）だ。一見しただけでは分からなかったが、体組織が約15%しか残っていなかったらしい」 #未完成世界の鎮守府

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「そうですか…」 ――彼女は一体どのような感想でもってそれを口にしたのだろうか？ 声の調子から推し量るに、同じ艦娘が戦いに斃れたことに悲しみを抱いているのだろうか？ ひるがえって私はどうだろうか。 艦娘も人間も大勢死んだというのに、不自然に乾いた心。 #未完成世界の鎮守府

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かといって何も感情が湧か上がらないわけではなく、何かもやもやしたものだけ抱えた心。まるで、”祖母が死んだときに何も悲しくなかった自分を不気味に思った”という趣旨の、昔の小説の一節を思い出す。 ――では私は何によってこの奇妙な感情を説明すればいいのだろうか？ #未完成世界の鎮守府

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―それとも私の中には何もない。そう考えてしまうべきなのだろうか？ #未完成世界の鎮守府

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「”5Fでございます”」 そう告げる自動音声とチーン、といういささか間の抜けた音と共にドアが開いた。エレベーターの先にある、いくつものドア。その一番近いドアの横に――警察も介しているからか――女性の警察官が手持ち無沙汰気味に廊下に置かれた椅子に座っていた。 #未完成世界の鎮守府

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女性警官が無言で会釈すると、中年医師は個室らしいドアをノックした。どうぞ、という返事の後、私たちは彼女を横目に通り過ぎながらぞろぞろと部屋の中へ入っていく。 #未完成世界の鎮守府

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ベッドの上では深葱色の着物ではなく、白い入院着を着せられた蒼龍が体を起こしてこちらを眺めていた。 最後から入ってきた私を認めた瞬間、彼女の顔にさっと緊張の色が走ったのが分かった。先ほど吹雪に言われた言葉を思い出す。 #未完成世界の鎮守府

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――やはり、私はそういう扱いなのだ。いい、警戒されるのは慣れている。 私は彼女から目を逸らすと他の面々の背に隠れるようにして、病室の壁側に立った。 「少し彼女に聞き取りをしたいのですが、よろしいですか？」 「ええ、構いません。ただし、短時間でお願いします」 #未完成世界の鎮守府

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「…具合はどうですか」 中年医師が飛龍に尋ねる。 「…まぁ、そこそこには」 「運び込まれたときよりは良さそうですね。ところでこちらは情報軍の方です」 そういうと医師は、御木川司令を自分の横に案内した。 #未完成世界の鎮守府

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「御木川淳三等情報士、呉海防管区・阪神防衛隊所属だ。後の3人は……説明は不要だろう。状況がどうなっているか思い出したくないかもしれないが、何分事態は急を要するのでね。支障のない範囲で構わない。……一体何があの島で起こったのか教えてくれないか」 #未完成世界の鎮守府

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司令の言葉にふと、私はデジャヴュのようなものを感じた。 尋問、病室、空母、艦娘、司令官…… ――そうか。 2週間ばかり前と逆の立場に立たされたのだ。 今度は私が審問官として。 #未完成世界の鎮守府

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「……あの不可知空間と呼ばれる磁場の歪みですが、観測範囲は紀淡海峡を抜けようとするにつれ、友ヶ島にどんどん接近してきました。島の西岸に達する段階では鎮守府で最も高い火力を有する装備、つまり41cm砲です――この最低交戦距離を割るほど……」 #未完成世界の鎮守府

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「はっきり言えば人間の眼で目視できる程度まで近づいていました。艦隊は一応水雷戦隊を海峡の反対側に配置して、あの時間帯は陸上から主に監視が続けられたと聞いています」 「その時君はどこにいたんだ？ 電子記録では当直艦隊のメンバーになっているが」 #未完成世界の鎮守府

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「その通りです。私は、待機任務担当で第一桟橋横の待機所で艦隊の他のメンバーと準待機状態で過ごしていました」 「記録上だと旗艦は榛名だが」 「えぇ、旗艦は榛名でした……彼女はどうなりました？」 司令は医師をちらっと見た。中年医師は黙ってうなずく。 #未完成世界の鎮守府

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「KIAだ」 「そうですか…」 「広瀬三監（※紀淡海峡防衛隊総司令）がどこにいて、何をしていたか分かるかな？」 「提督は…司令部には居られなかったはずです。ちょうど新しい艦を建造していました」 #未完成世界の鎮守府

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「確かあの時間は建造が完了したという知らせを受けて、建造ドッグのある建物へ出かけておられたはずです」 「他の指揮官は？あの時点では3名いたはずだが」 「分艦隊指揮官は……1名が陸上監視班に同行していました。もう1名は水雷戦隊に同行して、行方は存じ上げません」 #未完成世界の鎮守府

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「もう1名の――待機中艦隊の指揮官はどうしたんだ？」 「ああ、あの方は朝からひどい腹痛で医務室に……貝類による食中毒ではないかという話でした、緊急事態が発生した場合は水雷戦隊と合流して指揮下に入る予定でした」 #未完成世界の鎮守府

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「……」 司令が押し黙った。どうやら問題があるらしい。おそらく当人たちはもはや弁明する口を持たないが。 「話を先に進めよう。相手は？ 君のいた桟橋からは確認できたのか？」 「攻撃時は…はっきりと確認できませんでした」 #未完成世界の鎮守府