折鶴蘭の少女 226~270

一同は奇妙な貨物船に無理矢理乗せられ、奇怪至極な説明を受けます。
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ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

251 「いいえ。少し込み入った事情がございます。しばらくお付き合い願えませんか?」  雅は、りおんの頭上にある船窓をちらっと見た。雨が次第に激しくなっているのが一目瞭然だ。 「藍ちゃんとキョーカパイセンは?」 「私は聞きたいです」 「あたしはどっちでもいいかな」 252へ

2017-06-06 19:36:47
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252 雅としては、りおんのペースに巻き込まれないよう用心しつつも、無視できない力を感じていた。 「じゃあ、お願いします」 「ありがとうございます。では、皆さん、手近な椅子におかけになって下さい」  一同が座ると、りおんは、鉤爪のついた長い棒をカウンターの下から出した。 253へ

2017-06-06 19:37:25
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

253 そして、天井にあるスクリーンの取っ手を、鉤爪でひっかけて降ろしてから、パソコンに向かってマウスを操作した。椅子も机も、嵐に備えて床にがっちり固定してあるが、雅は肘かけをもぎ取りそうなほど緊張している自分に気づいた。 「今から明かりを消します」  宣言したあと、 254へ

2017-06-06 19:38:29
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254 りおんは室内の照明を切り、入れ違いにスクリーンが明るく浮かび上がった。旧式のパワーポイントか何かのようだ。一番最初に、デフォルメされた刀のロゴが現れた。『黄鱗醸造・乾麺センター』と、ロゴの下に字幕が現れる。三人が食べたカップラーメンを作っていた会社だ。 255へ

2017-06-06 19:39:18
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

255   「まず、当船の歴史について申します。当船は、元々この黄鱗醸造・乾麺センターが所有していました。同社は明治二十年に創設され、最初は醤油や味噌を作っていました。当船は昭和十年に七橋重工から受領されました。戦時中は、貨物船として旧海軍に徴用されました」 続く

2017-06-06 19:42:18
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折鶴蘭の少女 256  スライドが切り替わり、港に停泊する第三幸天丸の姿が映された。 「 主な用向きは、槍別炭鉱から本州への石炭の運搬です。 槍別町の石炭は、戦時中に掘り尽くされ、当船は戦後間もなく同社に返還されました。そして、昭和三十二年に事故が起こりました」 257へ

2017-06-08 10:32:25
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257 三枚目のスライドが浮かんだ。とある新聞のスクラップ記事で、『第三幸天丸 海難事故 函館沖 嵐により転覆 乗員十四名全員が犠牲に』とある。 「不幸な事故でした。本社が調査船と潜水士を雇って、乗員の遺体は全て収容しました。しかし、それで終わりではなかったのです」 258へ

2017-06-08 10:33:39
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

258 船窓から、稲妻が放った光が室内にほとばしった。三者三様に驚く表情が浮き彫りになり、すぐ消えた。 「荒れてきました。説明を急ぎます」  また新しいスライドになった。海の中で強力なライトに照らされた巨大な冷凍庫が撮影されている。カキ殻やフジツボがびっしりついていた。 259へ

2017-06-08 10:35:32
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

259 「第三幸天丸の船内にある、業務用冷凍庫です。撮影は、二十五年近く前になります。事故以来、ずっと閉じたままでした。当船の現オーナーが、当船をサルベージした真の目的は、この冷凍庫でした」  次のスライドでは、どこかのカマボコ型倉庫の中で冷凍庫が開けられる瞬間が一同に 260へ

2017-06-08 10:36:30
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

260 明かされた。ヘッドランプつきのヘルメットを被った作業員が、電動鋸や金梃子を構えている。その背後には、白衣姿の人々もいた。 「冷凍庫には、一人の女性の遺体が入っていました。死因は凍死です。彼女は人工冬眠の研究をしていていました」 261へ

2017-06-08 10:38:43
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

261 幾分か早口になりつつも、りおんは説明を続けた。 「元は戦時中の極秘実験の一つです。 更には、妊娠していたのです。相手が誰かは分かりません。ただ、現オーナーは、その話を知って、船ごとサルベージしたのです」  船が波に揺られるようになった。雅は、 262へ

2017-06-08 10:40:16
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

262 みぞおちが急に上がったり下がったりするのを感じながら、スクリーンを食い入るように見つめた。 「彼女は、船医だと乗員には説明されていましたが、名簿には存在しません。推測が混じりますが、旧陸軍の隠し財産を使って、船の一部を自分の研究施設にしていたようです」 263へ

2017-06-08 10:42:19
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

263 また稲妻が光った。今度は、三人とも仰天していなかった。船が揺れて、机にしがみつくのに必死だった。 「彼女が何故当船を選んだのかは不明瞭です。戦時中に記録にはない何かがあったのかも知れません。ともかく、彼女の子宮に着床していた受精卵は、冷凍状態で生きていました」 264へ

2017-06-08 10:44:20
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

264 また激しく床が動き、何冊かのファイルが棚から落ちた。 「現オーナーは、平成元年に黄鱗醸造・乾麺センターを買収し、その上で、平成四年に第三幸天丸をサルベージしました。また、平成八年には、旧槍別町の全ての不動産と動産の利権を取得しました。第三幸天丸も修復しました」 265へ

2017-06-08 10:46:24
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

265 「きゃーっ!」  転覆しかねないほど床が傾き、三人は図らずも同時に悲鳴を上げた。時ならぬ振り子となった第三幸天丸は、一同を散々弄んだ末、気紛れに、かつ一時的に水平を取り戻した。 「ここから先は現オーナーの希望により、当人から直接お話します。今からご案内致します」 266へ

2017-06-08 10:47:30
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

266 りおん事務長兼資料室長は、パソコンを切り、部屋の明かりをつけた。散らばった書類があちこちで障害物と化していたが、意に介さずカウンターを出て、戸口まで真っ直ぐに歩いた。 「さあ、ご一緒に」  りおんに促され、三人は席を離れた。そのまま部屋を出て、廊下を数分歩き、 267へ

2017-06-08 10:48:57
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

267 階段を昇ってからまた歩いた。最後にたどりついたのが『会議室』と書かれたプレートのつけられたドアだ。 「ご足労ありがとうございました。では、こちらで現オーナーが待っております」  りおんがそう断ってからノックすると、若い男性の声で返事がした。 「失礼します」 268へ

2017-06-08 10:49:54
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

268 そう言いながらりおんがドアを開けた。  いかにも会議室らしい、長方形に組まれた十数個の長テーブルに、十脚ほどの椅子。いずれも床に固定してある。その端に、一人の若い男性がいた。意外にも和服姿で、顔立ちは整っている。どちらかと言えば小柄な印象があった。 269へ

2017-06-08 10:50:34
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

269 男性から見て左脇の椅子には、セーラー服を着た女の子が座っている。ちょうど、藍斗と同世代か。ショートカットで、黒縁眼鏡をかけており、モデル並の体型をしていた。 「サミヤンヌ!」  藍斗が叫んだ。 「ようこそ」  藍斗に被さるように和服の青年が口を開き、一度立った。 270へ

2017-06-08 10:51:49
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

270 佐宮もそれに倣い、二人で雅達三人にお辞儀した。三人も、知りたいことが山積みなのは当然ながらまずは返礼した。 「お近くの席にどうぞ」  青年に勧められ、三人は目の前の椅子に並んで座った。 それから青年と佐宮が着席し、最後にりおんが、両者から一番離れた席に座った。 続く

2017-06-08 10:53:27