折鶴蘭の少女 271~320(完結)

一同は事件の真相を知り、事件には終止符が打たれました。ご読了ありがとうございます。
0
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

296 上甲板に通じるハッチまでは一本道で、迷いはしない。問題は船の傾斜と揺れだった。先頭は佐宮が、しんがりを雅が務めていたものの、気紛れな波浪で誰かが足を滑らせては壁に手をついて止まり、船そのものが次第に傾いてきたのもあって意外に手間を取った。それでも、雅達は、 297へ

2017-06-12 18:48:39
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

297 自分達が降りてきたハッチまで戻り、佐宮がそれを開けた。途端に大粒の雨が消火ホースのように降り注ぎ、一同はすぐにずぶ濡れになった。もう、格好も体裁も関係ない。上甲板で、目も開けられないような豪雨を透かし、赤く塗装された救命ボートへ駆け寄る佐宮。 298へ

2017-06-12 18:49:26
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

298 密閉式で、一隻に十数人は収容出来る。一旦乗ればひとまずは安心だ。雅達も、濡れて滑りやすい足元に神経を払いつつ、佐宮を追った。救命ボートの降ろし方など、雅達は知っているはずもない。佐宮だけは、ためらいなく出入口を開け、雅達を手で招いた。佐宮がドアを抑える内に、 299へ

2017-06-12 18:50:27
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

299 まず藍斗が、次にキョーカが入り、雅が……乗る直前に突然船がひどく横に倒れ始めた。 「きゃーっ!」  雅は慌ててドアを掴んだ。はずみで帽子が甲板に落ちるが、構っていられない。 「雅さん!」  佐宮が、雅を背中から押した。その時には、救命ボートが海面にかなり 300へ

2017-06-12 18:51:34
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

300 迫るほどに傾斜がついていた。佐宮は雅を無理矢理救命ボートに押し込み、ボートを吊り下げている支柱のウインチ操作盤にしがみついた。ボートは、誰かが外でウインチを動かさないと着水出来ない。 「待って! まだサミヤンヌが!」  藍斗がドアにとりつこうとした直後、 301へ

2017-06-12 18:52:27
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

301 救命ボートそのものがするすると下に降りた。 「サミヤンヌー!」  藍斗の絶叫も虚しく、ボートは着水し、牽引ロープが自動的に外れた。その直後、第三幸天丸は転覆し、断末魔の渦を残して沈んでいった。  雅達三人が救助されたのは、その翌朝だった。ボートの設備を 302へ

2017-06-12 18:53:28
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

302 あれこれいじり、無線が使えるのが分かると、あとは簡単だった。ことの顛末を聞いた海上保安庁も地元の警察も、雅達が何か事件に巻き込まれた気の毒な人々なのは即座に理解した。升気の遺体も既に検死されており、毒殺とのことだった。それらが雅達の得た状況の限界となった。 303へ

2017-06-12 18:54:20
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

303 槍別町の廃墟も捜索された。しかし、小津グループなる組織はそもそも存在しない。黄鱗醸造・乾麺センターなる会社はバブル経済の終焉と共に経営破綻して消滅している。佐宮のアカウントは削除されており、特定された住所は槍別町の廃墟だった。何の痕跡もなかった。 304へ

2017-06-12 18:54:59
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

304 マスコミは、三人の救出については三面記事の小見出しで少し掲載して、それきりだった。救命ボート自体は海上保安庁が回収したものの、何の調査結果も発表されていない。それ以降、収穫はなかった。  数ヵ月後。雅達三人は、再び『高原ホテル アイビー』の前に現れた。 305へ

2017-06-12 18:56:08
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

305 具体的には、ホテルの前にあるバス停に集合した。ただのオフ会ではない。ホテルそのものから招待状がきたのだ。あの一連の事件のあと、一同は宿泊料を……一泊もしていなかったにもかかわらず……支払った。それはそれで良い。ホテル側としては、一同の境遇を気の毒に思い、 306へ

2017-06-12 18:57:00
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

306 わざわざ無料宿泊券と夕食券を贈ってくれたのである。 「サミヤンヌ……絶対生きてます」  挨拶もそこそこに、藍斗は断言した。 「うん。あたしもそう思う」  心から雅は言い、キョーカもうなずいた。  三人は、バス停からホテルに至った。玄関に入ってすぐの場所には、 307へ

2017-06-12 18:57:45
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

307 『本日の宴会場ご予約』と書かれた黒板が立ててあり、その中には『創作荘函館オフ会ご一行様』とある。これが平凡なオフ会だったらどれほど幸せだったろう。  ロビーに入り、フロントを一目見た一同は時ならぬ金縛りに撃たれた。 「りおんさん?」  藍斗が、ぱくぱく動く自分の 308へ

2017-06-12 18:58:56
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

308 口からどうにかその固有名詞を絞り出した。 「いらっしゃいませ。ご無沙汰でございました」  フロント係、即ちりおんは、第三幸天丸の時と同様に丁寧だった。 「え……?」  雅も、開いた口が塞がらない。 「お客様、お忘れものがございます」   三人は一層混乱した。 309へ

2017-06-12 19:00:28
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

309 先日の件なら、荷物はとうに回収済みだし、懐中電灯も返した。大体、投宿し損なったホテルに忘れ物もないだろう。 「まずはキョーカ様、これを」  りおんは、カウンターの上に長方形の箱を置いた。大きさは、大人の胸ほどだろうか。梱包をその場でキョーカが外すと、 310へ

2017-06-12 19:02:09
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

310 更に二つの箱が現れた。一つは、サソリウオの化石。今一つは……。 「『零名』!」  不覚にも佐宮を忘れるほど、キョーカは興奮した。質素だが品のある、真鍮の額縁に作品が納められていた。そのせいで、額縁の下にある手紙にもう少しで気づかないところだった。 311へ

2017-06-12 19:03:25
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

311 もっとも、手紙自体はごく短いメッセージだった。『作者のものは作者の手へ 美術品窃盗団は気にしなくていい ありがとう 小津』とある。手紙には、押し花にした折鶴蘭のブローチも入っていた。ブローチが、贖罪なのか記念なのか洒落なのかは判然としない。 「次に、雅様」 312へ

2017-06-12 19:05:08
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

312 二つ目に現れたのは、雅が船でなくした帽子だった。同じ商品の別物でない証拠に、裏側に小さく自分のイニシャルが書いてある。キョーカのように激しく感情を動かしたりはしなかったものの、ある意味ではより複雑な気分になった。キョーカの作品は礼拝堂に飾ってあったままで、 313へ

2017-06-12 19:06:10
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

313 彼女の帽子は第三幸天丸に置き去りになっていたからだ。 「最後に、藍斗様」  りおんの言葉に、藍斗は思わず身を固くした。フロントの裏にあるドアが開き、一人の少女が現れた。 「サミヤンヌ!」 「心配をかけてごめんなさい、皆さん」  佐宮は、りおんの隣にたつと、まず 314へ

2017-06-12 19:07:27
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

314 深々と頭を下げた。 「サミヤンヌが無事なら私はいいんだけど、どうして連絡してくれなかったんですか?」  今にもカウンターを飛び越して、佐宮に抱きつかんばかりの藍斗であったが、そこは譲れない。 315へ

2017-06-12 19:09:26
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

315 「小津さんは、あの計画が失敗したからには、もう私が皆さんに会うのは止めた方がいい、と強く主張していました。説得するのに少し時間がかかりました。政府や警察へのもみ消しにも日数が必要でした」  鬼が出ようが蛇が出ようが分からない成り行きなのを、一同は実感した。 316へ

2017-06-12 19:09:56
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

316 「きっかけは、私が自分の力だけで作った友人を欲しがったことでした。小津さんは、私がグループ外の人々と深く接触するのを嫌がっていました。交換条件としてあの『ツアー』を私に認めさせたのです。勿論、皆さんの安全は絶対に守らせました。升気さんはしようがなかったです」 317へ

2017-06-12 19:12:00
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

317  だからこそ、小津グループは存在しない。黄鱗醸造・乾麺センターは数十年前に消滅した。そう片づけた。 「やっぱり皆さんをあんな形で巻き込むのは良くないと私は思い直しました。その一方で、小津さんはグループ全体にも責任を負っていますから、どうか、許して下さい」 318へ

2017-06-12 19:13:56
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

318 説明し終えると、また、佐宮は頭を下げた。雅達の誰もが、佐宮にも小津にも敵意や悪意を抱かなかった。寛大だとか甘いとか、そんな次元ではなかった。友人が少々理不尽な目に合い、ついでに自分達も巻き込まれた。今、全て終わった。 「事情は分かった。でも、次からは相談してね」 319へ

2017-06-12 19:15:20
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

319 藍斗が、何故か姉のように言った。 「はい。ごめんなさい」 「それでは皆様、ご夕食までしばらくの間、ご自由におくつろぎ下さいませ」  招待状によれば、夕食までには二時間ほどあった。 「サミヤンヌはどうするの?」  藍斗が聞いた。 「はい、皆さんと遊びたいです」 320へ

2017-06-12 19:16:15
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

320 「いいよ! この前の分も含めて、いっぱい遊んでいっぱい食べよう!」  ようやく雅の好きな話題になった。 「あ、でも、みんなでまずお風呂に入りませんか? 折鶴蘭の壁絵を新しく入れたんです!」  佐宮がはしゃぎだした。キョーカは数秒間何か言いたそうにして、結局止めた。 終わり

2017-06-12 19:17:45