雪男少年のはなし

帽子男プレゼンツ
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帽子男 @alkali_acid

帰り道に雪男ショタを考えてた。もふもふの白い毛皮に覆われたでっかい人型が銀世界を闊歩し、山奥の温泉に辿り着くと、中から小さいすべすべの少年が出てくる。 脱ぎ捨てたものは裘(かわごろも)として地面に蟠り、幼い持ち主は鼻歌まじりに湯に浸かって、向かい側には猿とか鹿とかがいる。

2017-01-14 21:37:16
帽子男 @alkali_acid

雪男の少年は、人とはかかわらず生きてるけど、ある雹嵐の日、縄張りに行き倒れを見つけ、放っておけず助けてしまう。 凍え死にかけていた相手を温泉に浸けて命を救うと、どうやら女と分かる。 まだ若々しさを残した逞しい体つきで、顔は高所の陽に焼け、山の怖さを知らない訳でもなさそうだが

2017-01-14 21:45:59
帽子男 @alkali_acid

少年は毛皮を着た恐ろしげな巨躯のまま看病するので、女もはじめ警戒する。 だが温泉にたどりつき三、四晩目か。思い悩んだ女が寝つけず、湯に入ろうとしたところで、先客がいるのを認める。救い主の怪物。とっさに隠れると相手は気づかず裘(かわごろも)を脱ぎ、細く小さく弱々しい本体をさらす。

2017-01-14 22:00:29
帽子男 @alkali_acid

女は黙って寝床にひきさがるが、以来構えを解き親しみを示して身の上なども話すようになる。言葉と手振りを交えると、一応通じるのか、雪男は毛むくじゃら顎をかいたり、頭をかいたり、とてつもなく大きな掌を打ち合わせていちいち相槌を打つ。

2017-01-14 22:02:45
帽子男 @alkali_acid

女は麓の村に住み羊を飼って暮らしてきた。夫に先だたれつつも、ひとり娘を苦労して育て上げ、とうとう隣村に縁付けた。結納にほとんどの家財を費やしたが、花嫁行列はなんと雪崩にあって全滅してしまった。 嘆き悲しみ遺骸を引き取ろうとしたが、驢馬や付き人は見つかるのに娘だけはどこにもいない。

2017-01-14 22:07:03
帽子男 @alkali_acid

取り乱していると、村の古老が女を呼び寄せて話した。 実は同じようなことは何度も近在の村々で起きている。決まって見目麗しい花嫁を送る行列を、信じられぬほど遠くから押し寄せた雪崩が飲み込み、しかも跡には花嫁だけが見つからないという。恐ろしい山の魔物の仕業に違いない。

2017-01-14 22:10:21
帽子男 @alkali_acid

女の娘婿になるはずだった若者はいきりたち、武器をとって仇を討とうとしたが、魔物が住むのは男神の支配する山で、男が入れば必ず罰を受けるという。 今隣村村では若者を閉じ込め、よく言い聞かせている。 古老は女にも軽率なふるまいをするな。まだ若いのだからまた夫を貰って子を為せと諭した。

2017-01-14 22:14:25
帽子男 @alkali_acid

だが女は応じられなかった。たったひとりの娘、十五で産み、十三まで育てた宝を魔物などに取られて引き下がれない。 わずかに残っていた羊をみな売り払い、旅の支度を整え、我が子を取り戻すために禁域に足を踏み入れたのだ。 話すうちにりりしい女の顔はゆがみ、涙がこぼれた。

2017-01-14 22:17:36
帽子男 @alkali_acid

「お前が私の娘をさらった魔物なら、私も娘のいるところへ連れて行け。違うなら、どうか私を行かせてくれ。この山か、隣の山か、その隣か。雪崩の源がある。私はそれを探す」 全てを聞いた雪男は牙の生えた口をあけて閉じ、巨躯を転がすようにして地面でのたうったあと胸を拳で何度か叩いた

2017-01-14 22:21:28
帽子男 @alkali_acid

雪男は一緒に行こうと身振りで申し出る。女ははじめびっくりするが、すでに中身が少年で、気立てが優しいのを知っているから、ほほえんで礼を言う。 裘(かわごろも)をまとっている限り、半獣半人のような巨躯の足は強く、日に百里を進むほど。谷も一跳び、垂直の崖もやすやすとよじ登る。

2017-01-14 22:24:45
帽子男 @alkali_acid

女を背中にしょって縄で縛り、疲れを知らず進み続け、吹雪になればおおいかぶさって風除けになり、毛皮と体温で包み込む。食事はほとんどとらなくても、平気なようだった。 力強い道連れのおかげで、とうとう女は雪崩の源となる氷河にたどり着く。そこには奇妙な光景が広がっていた。

2017-01-14 22:27:17
帽子男 @alkali_acid

氷でできた城。いくつもの尖塔を連ねた宮殿。 女が知るよしもないが、はるか異国の建物を模してできていた。透き通った青みがかった結晶の奧には、花嫁衣裳のまま凍てついた美しい娘等がまるで装飾のようにちりばめてある。

2017-01-14 22:29:04
帽子男 @alkali_acid

山の風が吹きすぎるたび、甲高い少女の悲鳴に似た音が城から幾重にも起こり、不可思議な音楽を奏でるのだ。 「なんということ。私の城になまぐさい獣が…」 刺すような言葉とともに、城から長身痩躯の影が現れる。唇も眉もけばけばしいほど青く染め、青い長袍をまとった男とも女ともつかぬ士人

2017-01-14 22:33:24
帽子男 @alkali_acid

女には辛うじて聞き分けられた。時折村を訪れる。はるか山々の向こうの行商が話す響きに似ているが、ずっとおかしな訛りがある。 雪男は訳が分からぬようすで頭を掻いている。 士人は、女を見てほほえむ。 「いま少し若ければ目に叶ったが…だが完璧を求めるには厳しくあらねば」

2017-01-14 22:37:05
帽子男 @alkali_acid

士人が足を踏み鳴らすと、氷の城を中心に蜘蛛の巣の如く氷河にひびが入り、粉々になると、白い津波と化して襲い掛かる。 雪男は歓喜の叫びを放って、跳躍すると、抜き手を切ってその中を泳ぎ始めた。 「なんと、なんだこの獣は。この辺りにかくも気味の悪いものが住んでいるとは」

2017-01-14 22:39:42
帽子男 @alkali_acid

雪男は氷の城にたどりつき、荷をおろす。女は周囲を見わたし、無数の凍てついた花嫁のあいだに己の娘を探す。 「あの子…あの子は…」 階段を登り下り、回廊を走り、一つ一つ確かめてゆく。 他方、住処に踏み込まれた士人は苛立ちもあらわに、払子を振るって輝く雹の渦をぶつけようとする。

2017-01-14 22:43:25
帽子男 @alkali_acid

だがたびごとに雪男が楽しげに吠え、胸を一杯にふくらませて息吹を発し、雹の渦を散らしてしまう。 「ええい。遊んでいるのではないわ。まるきり童のようなやつよ。おまけに醜い!我が丹精の成果が穢れるさっさと死ね!!」 士人の裏返った叫びにも、毛むくじゃらの獣は手を叩いて笑うだけ。

2017-01-14 22:46:46
帽子男 @alkali_acid

とうとう女は娘を見つけ出す。城の片隅の壁龕にはめこまれた姿。おびえこわばった顔のまま、透明な檻に閉ざされている。 「ああ…ああ」 かじかむ手で山刀を抜き、氷を割ろうとするが、刃があたると澄んだ音が鳴るだけで傷ひとつつかない。 「なにをする愚かもの!」 士人が罵り怒り狂う。

2017-01-14 22:49:20
帽子男 @alkali_acid

長袍の袖が唸り、払子を全力で雪男の脳天に叩きつける。一瞬前まで浮かれはしゃいでいた白い巨躯はたちまち氷像に変わる。 「たわけめ…女、お前は楽には始末せぬぞ、私の苦心の作を損なおうとした罪。まずは生きながら手足を凍らせ、砕きながらもがかせてやる」 士人は嘯きつつ向き直る。

2017-01-14 22:53:19
帽子男 @alkali_acid

女は、氷河の芯まで溶かすゆな燃える瞳で睨み返し、山刀を向ける。 「私は生きたままお前を切り刻んでやる!」 低い声で告げると、氷の床を蹴って斬りかかる。だが相手は舌打ちをして風に揺れる柳のように一撃をかわすと払子で刃を握る手を軽く打った。たちまち肘までが凍り付き、粉々になる

2017-01-14 22:56:16
帽子男 @alkali_acid

女は重さの釣り合いを失ってよろけ、倒れる。 士人は見降ろしながら尋ねる。 「次はどこがいい。反対の腕か。足か、鼻か耳がよいか」 「口だけになっても…お前の喉を食いちぎってやる…殺してやる…」 「ではその口を凍らせて砕こう」 口答えに苛立って払子を振り上げ、勢いよく降ろす。

2017-01-14 22:58:42
帽子男 @alkali_acid

だがそのひと打ちは女の顔に届かなかった。 背後で雪男の氷像が粉々に砕け散り、小柄な童児が跳び出すと、固めた拳固を思い切り士人の頭の後ろにぶつけたのだ。 たちまち柘榴が割れたように頭蓋は砕け、脳漿が飛び散った。 裸の少年は氷の床に降り立つと、血まみれの手を見つめた。

2017-01-14 23:01:49
帽子男 @alkali_acid

舌を出して掌を舐めてから、味に眉をひそめ、ごしごしと崩れ落ちた屍の長袍で拭きとる。 「…あり…ありがとう…」 女が失った片腕の切り株を抑えながら呼びかけると、雪男だった子供はにっこりして近づこうとし、くしゃみをする。それがきっかけになったように氷の城が揺れ、きしみ

2017-01-14 23:04:06
帽子男 @alkali_acid

礎を支えていた氷河がまた粉々に割れ、雪崩に変じると、城ごと滑り落ち始めた。 呆然とする女をよそに、少年はまたはしゃいだ声を上げ、くしゃみをし、顔をしかめてから、屍から服をやぶきとって裸身にぐるぐると巻き付けると、残った残骸を城の外にあっさり放り捨てる。

2017-01-14 23:06:04
帽子男 @alkali_acid

城はそのまま雪崩に乗ってどこまでも流れてゆき、山のさまざまな景色が次々と現れては消えてゆく。 別の雪崩と出会ってしばらく並んで流れ、また別れ、鳥が獣が、驚き見つめてゆく横を通り過ぎたかと思えば、とうとう緑の草や木、湖が眼下に見えるところまでやってくる。

2017-01-14 23:09:57