Side Story 9 あの日見た顔は

脳内妄想艦これSS 独自設定注意 詳細は此方 http://www65.atwiki.jp/team-sousaku/pages/18.html
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白樺活性炭濾過物 @bookmark_vodka

SS-9-1 やってしまった、と後悔した時には遅かった。 頭の中で『パン』と何かが弾けたような感覚がして、腕が、足が自分の命令を聞かなくなる。バランスが取れない。立っていられない。 「(ちょっと…!?)」 声が遠く聞こえる。よりによって絶対に無様を晒したくない相手の前で…

2017-07-02 21:02:36
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SS-9-2 マリオネットの糸が切れたかのように、五十鈴の体がぐらりと傾く。 「!」 対面していた雲龍は即座に反応すると、倒れそうになる彼女の体を受け止めた。受け止めた際に触れた肌が、熱が籠っている事を告げていた。 「オーバーペース…いえ、艦娘的に言うとオーバーヒート?かしら」

2017-07-02 21:07:53
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SS-9-3 雲龍は空けた一方の手を五十鈴の目の前でひらひらと振って見せる。…反応が無い。意識も落ちてしまっているようだ。 「全く。負けん気だけではどうにもならないわよ、我らの頼れるリーダーさん」 『やれやれ』と首を振ると、彼女は五十鈴を抱き上げた。

2017-07-02 21:17:47
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SS-9-4 時期は夏も本番の頃。本土から見て南の方角に位置している監獄島は、この季節の影響が如実に出る。冷房設備も整っていないため、日中は特に注意しなければならなかった。 「(取り合えずここはダメね)」 二人の居る訓練場は、直射日光こそ当たらないが蒸された空気で満たされている。

2017-07-02 21:18:01
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SS-9-5 そこで外に出てみると…途端、今度は熱風が身体を舐め、強い日差しが屋内から出たばかりの雲龍の目を眩ませてきた。昼間の太陽によく熱された空気が広がっている…今の五十鈴の状態を考えると、これでは日陰でも望ましいとは言えない。

2017-07-02 21:25:16
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SS-9-6「(私の判断で介抱するよりは、あの人の所ね…)」 雲龍はすぐさまこの場所で医務担当となっている扶桑の顔を思い浮かべる。餅は餅屋。適材適所。下手な処置をするよりはずっと良いだろう。 …そう脳内で決定を下すと、足早に医務室を目指したのだった。

2017-07-02 21:30:13
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SS-9-7「(ここは、どこだろう)」 彼女は靄のかかった頭で、真っ白な廊下を進んでいた。 あてどもなく、ふらふらと、どこか見覚えのある景色の中をただ進む。足の感覚もなくなり、自分が浮遊霊にでもなってしまったかのようだ。 「(あぁ、そうか、ここは…)」

2017-07-02 21:36:32
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SS-9-8 舞鶴総合医療センター…頭の片隅がそう告げた。 だが、そこに別の患者の姿も医者の姿もなく、回廊は両側から日差しが差し込み、病室の入り口は規則性なく配置されていた。 …そんな異常性を特に気にするでもなく、彼女は明るい通路をただただ進む。本当に幽霊であるかのように。

2017-07-02 21:41:32
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SS-9-9 点在する病室の入り口の前を通る際、彼女はぼんやりと視線を室内に向けてみた。ベッドに誰かが腰かけているのが見える。 「(わたしだ)」 そこには『自分』が居た。 此方の病室には鎮守府に着任した自分が。 隣の病室には車に撥ねられた自分が。 向かいの病室には島での自分が。

2017-07-02 21:41:41
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SS-9-10 鎮守府で戦果を挙げていく自分。テニスの大会で優勝する自分。家族で食卓に向かう自分。夢を絶たれた直後の自分。 そんな過去の自分達を、外側から眺めるように見ていった。 そして、微睡んだ世界の中、彼女はある病室の前でふと足を止めた。 この部屋は、何だか気になった。

2017-07-02 21:46:14
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SS-9-11「(あぁ、思い出してきた)」 そこに居たのは、護衛退避任務に臨んだ自分だった。 彼女が今の彼女になったキッカケ、あの日の作戦だ。 誘われるようにふらりと扉を潜ってベッドに近づくと、輪郭の薄かった自分の姿が濃くなり、より鮮明にその時の事が頭に浮かんできた。

2017-07-02 21:49:17
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SS-9-12 選抜された自分。出港時に手を振って。水雷戦隊を率いた海。夕暮れ。待ち伏せ。姫級と思われる深海棲艦達。必死に仲間を逃がして。相手は、自分よりずっと強かった。至近距離。躱される砲撃。向けられる銃口。頭が割れるように痛くて。最後に見た顔は――

2017-07-02 21:52:44
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SS-9-13「っ!?」 「ひゃあっ!?」 五十鈴はそこで跳ね起きた。彼女の突然の覚醒に、顔をのぞき込んでいた綾波と浜風が慌てて後ずさった。 「お、おはようございます…?」 かぶりを振って頭にかかった靄を振り払い、彼女は自分の状態の把握に努める。医務室のベッドの上に居るようだ。

2017-07-02 21:56:34
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SS-9-14「あー…」 そして、程なくして自分が雲龍との組手中に倒れた事を思い出した。 「目が覚めましたか?」 ベッドサイドのカーテンを開き、扶桑も彼女の様子を見に来た。 「訓練で少し無理をし過ぎたみたいですね。症状自体は、熱中症に似たものです。気を付けないと駄目ですよ」

2017-07-02 22:00:45
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SS-9-15「あの…やっぱりここまではアイ…雲龍さんが?」 「ええ、真っ直ぐ連れてきて下さいました。良い判断だったと思います」 扶桑はベッド脇の点滴を確認する。五十鈴がふと自分の腕に目をやると、当然ながらその先が自分の腕に繋がっている事に気づいた。 「暫く休めば良くなります」

2017-07-02 22:02:16
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SS-9-16「本当なら何日か休むべきなのですけど、幸いにして私達の身体は少しばかり頑丈に出来ていますから」 そして、微笑みを残してカーテンの向こうへと退出した。 「大事に至らずに済んで良かったです」 「うん…でも…」 頭がはっきりしてくる程に、今度は恥ずかしさが渦巻いてきた。

2017-07-02 22:03:52
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SS-9-17「うーっ…貴方達に散々体調に気を付けるように言っておいて、自分が…しかもアイツの前で醜態を晒して介抱までされるなんてぇ…」 自分に掛けられていたタオルケットをがばっと掴み、顔を埋める。穴があったら入りたいとは正にこのことか。 「き、気にしませんよ…」

2017-07-02 22:06:42
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SS-9-18「ところで五十鈴さん、先程かなりうなされていたようですが…悪い夢でもご覧になりましたか」 浜風はそれとなく話題を逸らした。といっても、うなされていたのは嘘ではないし、彼女が起きた時に二人が彼女の顔をのぞき込んでいたのもそれが理由なのである。

2017-07-02 22:08:24
白樺活性炭濾過物 @bookmark_vodka

SS-9-19「夢…」 先程まで自分が見ていた景色が蘇ってきた。自分が…白川杏里が事故に遭ってから入院していた病院…に似た場所。 「うん…少し昔の夢を見てたみたい」 「昔の、ですか」 浜風はちょっと考える仕草をしてみせた。 「脳は寝ている間に記憶の整理を行う…とは言いますからね」

2017-07-02 22:10:23
白樺活性炭濾過物 @bookmark_vodka

SS-9-20「あの…」 「あぁ、うん、見ていたのはね、私がこの島に来る前、最後に就いた任務の夢よ」 五十鈴はこの際さっぱりと言い切った。綾波が踏み込んで聞いていいのかどうか露骨に迷っているのが見て取れたからだ。 「そういえば、きちんと話した事って無かったよね」

2017-07-02 22:12:45
白樺活性炭濾過物 @bookmark_vodka

SS-9-21「頭に砲弾を受けて、ここに来るきっかけになった任務、ですよね」 「そ。今にしてみれば運が良かったのか悪かったのかって感じね」 数ヵ月程度前の話なのだが、過去の自分は今やとても遠くの別人であるように感じられた。実際、今の彼女が『五十鈴』かと言えば曖昧な線なのだが…

2017-07-02 22:15:44