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ミ☆リ @minori_ironim
とりあえず先にお写真あげておきます。あとで舞台挨拶の内容についてもつぶやきます。 #この世界の片隅に #片渕須直 #新宿ピカデリー pic.twitter.com/X0k0fCIl1U
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というわけで今日の舞台挨拶の内容をば。
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8月15日新宿ピカデリー『この世界の片隅に』舞台挨拶。山本さん司会、監督撮影OK。いつもは舞台挨拶は立ってやるけど今日は座ります。というのも先ほどまでスカラ座で舞台挨拶、サイン会を100人くらいやってたので。恒例の初見の人は?は3割くらいでした。 #この世界の片隅に #片渕須直
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敢えて終戦記念日の8/15にご覧になってもらうことは? →元々11/12に公開の映画。戦争を、原爆を扱っている映画だと「8月に公開ですね」と言われる。そうではないのでは。この映画は決して8月だけ取り上げて終わるのではない。冬に始まり冬に終わる。 #この世界の片隅に #片渕須直
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去年8月に朝日新聞の取材を受けたが、オリンピックでいっぱいで8/15は載せられず通常ない8/16に載った。その方が意味があるのではないかと思った。その日だけが記念日ではなくて、もっとすずさんの生活はずっと続いているのだから、そう思ってもらえれば。 #この世界の片隅に #片渕須直
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といいつつ、原爆が出てくるのでやはり8/6は広島で過ごすのがいいのかなと思いそうした。となれば8/15にも映画が上映されているなら、押しかけてでも舞台挨拶させてもらえればいいなと思って、本日川越スカラ座と新宿ピカデリーでの舞台挨拶となった。 #この世界の片隅に #片渕須直
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すずさんが苦しい思いをしている中で、空襲警報の日時リストがわーっと流れていくあれ。こうのさんの原作でも丸々1ページ使って表現している。そういうことが昨日の夜中までずっと、警報が鳴ることが起こっていた。それまでずっとそういう場所にすずさんがいた。 #この世界の片隅に #片渕須直 pic.twitter.com/uUB6bgIiBk
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あれが昭和20年の7月末のすずさんの状態。あれをどういう風に表現しようかと思ったが、いちいち鳴らすのも時間がかかるし、紙で知らせた。あれらは漏れもあるかもしれないが、実際に呉で実際に流れた空襲警報。 #この世界の片隅に #片渕須直
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自分でもよせばよいのに、Twitterで実際の時刻に空襲警報をつぶやいたりした。それをやると、8/15を迎えてどれだけホッとしたことか。一方で空虚感もあり、正直めげた。 山本さんから初見の方に向けて片渕監督のTwitterの説明。 #この世界の片隅に #片渕須直
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元々こうのさんの原作が、昭和と連載時の平成の年号が同じになるように描いていて、そのお陰で追体験ができた。映画は2時間だけなので、僕らも何かできないかと思いTwitterでやってみた。戦争の終わり頃は本当にめげる。4月の頃は桜が咲いたりしていたのに。 #この世界の片隅に #片渕須直
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それがここ2ヶ月くらい、空襲警報になってきて。監督がめげる。でもこのTwitterで、ああ、他にも映画には出てこないことがたくさんあったんだなとわかってもらえたのではないか。映画にはなかったこと、すずさんたちの世界の他にも何かあったのではないかと。 #この世界の片隅に #片渕須直
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ただ8/15になっても戦争は終わっていない。上空侵犯権とかあって。8/15のあとも1週間は本当は灯火管制解除になっていなかった。知り合いで軍艦の乗組員のことを調べている人が、呉港の駆逐艦の乗組員が8/15の灰ヶ峰の中程に家の灯りがぽつっと灯ったと。 #この世界の片隅に #片渕須直
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これについて補足。『8/15は終戦の日ではあるが、なんの日でもない。実際には軍隊が停戦するのは20日0時。』『8/15は本当はまだ灯火管制解除になっていなかったが、円太郎さんが(うっかり早々)電球の覆いを外してしまった。そのため呉港の駆逐艦の乗組員はそれを見て終戦を知った。』 twitter.com/minori_ironim/…
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この話をこうのさんにしたら、それはすずさんの家の方だよと言われた。8/15になっても、実は戦争は終わっていない。戦争中は配給があったが、ここから食べ物がなくなった。刈谷さんが物々交換しに行ったリヤカーにも海水ばかりであんまり食べ物が積まれていない。 #この世界の片隅に #片渕須直
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終戦直後もそうだし、すずさんが元の生活のペースに戻れたのが昭和25年くらいだろう。戦前は小学校の女の子はおかっぱ、その後は伸ばして三つ編みそれが大人の印だった。戦後はそれができなくなった、髪の毛を伸ばしても石鹸がなくて洗うことができない。 #この世界の片隅に #片渕須直
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せっかく女学校に行ったのにおかっぱになった。唯一の違いとしておでこを出して、そこだけ大人っぽいポイントにした。すずさんは子供の頃から三つ編みでおでこ出し気味で、実はちょっと大人びた格好をして親の手伝いをしていたのでは。 #この世界の片隅に #片渕須直
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そのすずさんが20年の8月に自分で髪を切りおかっぱになって子供のようになった。でも髪の毛が洗えない状況だったので、実は便利ではなかったのか。 #この世界の片隅に #片渕須直
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洗濯石鹸、洗顔石鹸、シャンプー。戦前はこれらがちゃんと分かれて存在していたが戦時中はそれが1つになった。石鹸のあぶらの代わりに鉱物質が入れられた。それを3号石鹸という。1号が浴用、2号が洗濯。統合して3号になった。そういうものがなくなるのが25年。 #この世界の片隅に #片渕須直
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これについても補足。監督は鉱物質の入った石鹸のことを、そうではない油性の石鹸に対して「クレンザーのような」と表現していらっしゃいました。 twitter.com/minori_ironim/…
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教科書に書いてあるような日付(終戦記念日である8/15)が大事なのではなくて、その前後が大切。 川越スカラ座で取材を受けたので、今日のニュースウォッチ11で何分か流れるはず。 #この世界の片隅に #片渕須直
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その中での質問で 監督、こうのさんは戦争を体験していない。戦争を体験していないこうのさんが描いた原作を、戦争を体験していない監督がこのようにまとめた。それについてどう思うか? というものがあった。 #この世界の片隅に #片渕須直
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ひとつには、我々の想像力。現実にはないファンタジーを描くのだが、当時の人はこんな風に過ごしていたんだなと想像できないといけない。実際その当時の人が書いた日記を見た。春先は今日は何々の花が咲いていて美しかった、綺麗だったとか。“戦争やっても蝉は鳴く” #この世界の片隅に #片渕須直
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そういうものを核、中心に据えて自分たちの想像力を膨らましていけばいいのでは。作品をご覧になった方の感想はお客様の中にある。自分の中で醸成して外へ出してもらえれば。 #この世界の片隅に #片渕須直
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山本さんから 今感じているのは、直接戦争を経験した世代であれば、もっと感情的になる。経験していないこうの先生と監督だったから、資料を客観的に見れて、強い思想や抑揚のないフラットなものになったのでは? 片渕監督→それはわからない(バッサリ) #この世界の片隅に #片渕須直
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体験していた人でも、その後にいろいろ考えも変わるかもしれない。そうじゃなくて、戦争が始まる前の人のことを想像することができたんじゃないかな。(かなりバッサリでした) #この世界の片隅に #片渕須直
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