スタンドアップ・キングダム #3

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えみゅう提督 @emyuteitoku

日の落ちかけた紫色の空の元、俯くライオンハートはちらちらと輝く海面を、魂の抜けた目で眺めていた。ぐらつく体は前へ倒れかけ、その度に足が自然と前に出て体を支える。失意の底にあっても、彼は膝を着くことなく、目的地が無くても、前へ進み続けていた。(皆、心配しているだろうな…)1

2017-09-01 22:18:35
えみゅう提督 @emyuteitoku

彼は置き去りにしてきた友達を思う。彼女達は今何をしているだろうか。一人になったライオンハートを心配しているのは間違いない、そしておそらくは、フューリアスに再び挑むための作戦を立てているだろう。勝ち目がなくても、例えライオンハートがいなくなったとしても、彼女達は戦い続ける。2

2017-09-01 22:20:05
えみゅう提督 @emyuteitoku

信じる友達が掲げた理想を目指し、そのために全てを賭けて戦い抜く。一体誰が、そんな重責を彼女達に与えたのか。一体誰が、理想のために、無垢な命に修羅の道を指示した。一体何のために、これは一体、いかなる所業か?「圧制…私は、私自身が忌む者に、なってしまっていたのか?」3

2017-09-01 22:21:59
えみゅう提督 @emyuteitoku

膝が震える。「私は友達になれなかったのか?」足に力が入らない。「私は皆の隣にいられないのか?」立っていられない。「私は――王になってしまったのか?」もう前に進めない。「戯け、すぼった身で彷徨いるが王だと?その妄言、俗人の儀範としては秀でるな」――誰の声だ?「何者だ!」4

2017-09-01 22:28:56
えみゅう提督 @emyuteitoku

ライオンハートの周囲に生ける物の気配はない。「何だ、一体どこから――」「ほう!聞いたな?聞こえたか!!我が玉音を自由勝手に耳に入れた罪は許す。寄れ童(わっぱ)」「寄れだと…」ライオンハートの視線は引き寄せられるように一点へと向いていた。水平線近く、夕闇が落ちる海に何かがある。5

2017-09-01 22:30:20
えみゅう提督 @emyuteitoku

少なくとも、人の形ではない。ただの流木かもしれない。しかし、ライオンハートには確信があった。声が指し示すのはあの場所だ。彼の足が前へと進む。声に命じられたからなのか、それともライオンハート自身の意思かは定かではない。しかし、その足取りは堅く、決意に満ちていた。6

2017-09-01 22:31:49
えみゅう提督 @emyuteitoku

ライオンハートがそこに行くまでに、どれだけの距離を歩いただろうか。長すぎたのか、短すぎたのか、何もわからないまま、彼はたどり着いた。彼の瞳に、絢爛な装飾が施された一振りの剣が映っていた。剣は支えもなく、静かに波打つ海面に、真っ直ぐに突き刺さっていた。「これは…」7

2017-09-01 22:33:33
えみゅう提督 @emyuteitoku

「”とれ”。偉大なる至宝に触れんとする罪過は、我が許す」命令されるがままライオンハートは剣にゆっくりと手を伸ばす。指先が触れた瞬間、彼の手は飢えた獣の牙めいて柄に指を絡ませる。(これは…まるで、星を掌に乗せたような)全てを圧倒する威光、全てを統制する威権が手の内にある。8

2017-09-01 22:34:38
えみゅう提督 @emyuteitoku

この剣を手に望めば、あらゆる者がひれ伏し、果ては星すらも砕くことができるだろう。厭世を薙ぎ払うそれは、正に――「圧制者」剣を握るライオンハートの手から力が抜けた。「私は、こんなものに興味はない。貴様に教えてやろう。私が目指しているものは、この剣の切先が差す場所にはない」9

2017-09-01 22:36:10
えみゅう提督 @emyuteitoku

ライオンハートは声の主に届くように、剣に触れたまま告げた。返答はなく、微かに波打つ海面の水音が、時折空気を震わせるだけだった。「…早く戻らねばな。皆に謝らないと――」「レオ!」背後から、聞き慣れた友達の声がライオンハートを呼んだ。「チェルノボグ…か?」10

2017-09-01 22:37:45
えみゅう提督 @emyuteitoku

振りむけば、正面口を開けたボトムレスが水上を進んでいた。艤装の大口の中でスクトゥムが手を振り、コールドレインが顔を見せる。アンダーテイカーは胸を撫で下ろし、アルキドクセンは呆れた顔をして、ボトムレスは泣いていた。そして、チェルノボグが身を乗り出して手を伸ばしている。11

2017-09-01 22:39:10
えみゅう提督 @emyuteitoku

「ああ…そうだ、私の居場所は、皆の、友達の――」ライオンハートは友の元へ帰るために、剣から手を――離せなかった。右手が動かない、指が開かない。彼が気付いた時には、振り向く体につられて、右手が剣を引き抜いていた。「居場所だと?戯け。全ては、我が決める事だ!」12

2017-09-01 22:40:59
えみゅう提督 @emyuteitoku

壁には縁を金糸で彩られた赤色のカーテン、天井は美しい白の格子模様、そこから吊り下げられるクリスタルのシャンデリア、部屋の各所に整然と並ぶ金縁のレリーフの中には赤い龍や騎士の刺繍があり、厚みのある赤い長絨毯は真っ白な床を鮮やかに染めている。そこにライオンハートは居た。14

2017-09-01 22:43:30
えみゅう提督 @emyuteitoku

「――ここは?」周囲を見回すライオンハートはすぐに見慣れた顔を目に止めた。「コールドレイン!」「ライオンハート!よかった、無事だったか」「ああ…それで、どうしたんだその恰好は」友に出会った喜びよりも、まずその姿への疑問が先を行った。「恰好?変わらず包帯まみれだが…ん?!」15

2017-09-01 22:45:27
えみゅう提督 @emyuteitoku

コールドレインは自分の体に目を落とし驚愕する。ミイラじみた姿だった体は、青緑の上着に白いべルトと青いタータンチェックのスカートとなっていた。「な、な?一体何が?!」「ほほう、そりゃスコットランドの衛兵か。よく似合っとるぞ」困惑するコールドレインにしわがれた声がかかる。16

2017-09-01 22:46:30
えみゅう提督 @emyuteitoku

声をかけたのは金のボタンをあしらったフロックコートにベージュのキュロットを着こなした老紳士だ。頭にかぶる黒いシルクハットの艶やかさとは対照的な皺だらけ顔と垂れ下がった上唇。「アルキドクセンもか!」「やあ、ライオンハート、心配しとったぞ。どうさ、似合っとるだろ?」17

2017-09-01 22:47:29
えみゅう提督 @emyuteitoku

アルキドクセンはシルクハットを軽く上げ、飄々とポーズを取る。老いたが故の余裕にライオンハートはいまいちついていけない。「まあ…確かに似合っているが。それよりも、何だこの場所は、二人ともなぜそんな姿に…」「二人だけじゃない。――これ、恥ずかしがらんで出てこい」18

2017-09-01 22:49:00
えみゅう提督 @emyuteitoku

アルキドクセンは廊下に並ぶ継ぎ目のない白い柱に向けて声をかける。呼びかけに応じて柱の影から姿を現したのは、艶の消された黒いトップハットに黒いベスト、そして黒いタイトスカートにこれまた黒い革のブーツを履いたアンダーテイカーだった。「うう…」「何を恥ずかしがっとる。早う来い」19

2017-09-01 22:49:58
えみゅう提督 @emyuteitoku

アンダーテイカーはもじもじと暗い顔で重い歩みを進める。「だって…この格好…」彼女は次の言葉を言わない。コールドレインはライオンハートと視線を合わせる。(ライオンハート)(どうした)(これ葬儀屋だな)(そうとしか言えないな)(似合っているな)(絶対言葉にするんじゃないぞ)20

2017-09-01 22:50:57
えみゅう提督 @emyuteitoku

「うぉぉおお!何だ!どうなってんだこりゃー!」二人のアイコンタクトをシャウトが切り裂く。赤い絨毯が延々と続く廊下の先から全身赤色タイツに豚の耳と鶏のトサカの付いたフードをかぶった変な女が走って来た。「おおう!皆無事か!って、何だお前らも変な格好にされたのか?!」21

2017-09-01 22:51:57
えみゅう提督 @emyuteitoku

コールドレインは赤タイツをまじまじと眺める。「…あっ、スクトゥムか」「おいこらてめぇ今の、あっ、ってのは何だおい?ん?」スクトゥムがコールドレインの胸倉を掴み上げる。「仕方ないだろ!スクトゥムといえばでかいロボのイメージしかないんだから!」「声でわかんだろ!あと雰囲気とか!」22

2017-09-01 22:52:44
えみゅう提督 @emyuteitoku

「無茶をいうなスクトゥム」コールドレインを締め上げるスクトゥムを冷たく落ち着いた声が制する。声の主は黒のクリノリンドレスを来た長髪の女だ。全てが黒の意匠でも、全体に付けられた艶やかなフリルに部屋全体の赤や白が反射し、その場にいる誰よりも鮮やかな色彩を持っていた。23

2017-09-01 22:54:15
えみゅう提督 @emyuteitoku

黒の女は続ける。「皆互いを友として認めあっている。だが、友達でも知らない部分はある。コールドレインが気付けなかったのは内面を見せていなかったお前に責任がある」至極真っ当な意見に、三人が視線を集め示し合わせたかのように一言。「「「誰?」」」「あ˝あ˝ぁ私もだったか…ッッ!」24

2017-09-01 22:55:10
えみゅう提督 @emyuteitoku

「まあ…少し偉そうに言ってしまったが、自戒も含めて、ということで許してくれスクトゥム」「………アッハイ」生返事のスクトゥムのこめかみに無慈悲なアイアンクローが突き刺さる。「【気にしてないぜチ・ェ・ル・ノ・ボ・グ】と答えるべきだろ?ん?」「グワーッ!そうだなチェルノボグ!」25

2017-09-01 22:56:36