オカルト探偵あきつ丸 -月を見て酒を食べるのこと-

竹村京さん(@kyou_takemura)の書いてくださった、落ちぬい二次のオカルト探偵あきつ丸シリーズです。 今回は酒のからみのあるのおはなし。 ダークオリエンタルファンタジーな世界観を是非ご堪能くださいませ! 続きを読む
2
竹村京 @kyou_takemura

「自分の頼みを一つだけ聞き届けていただくだけでよろしいであります」 「それは酒の対価にしてはえらく高いではないか」 「金で購えるものであれば、畢竟、銭を払われれば仕舞いであります。しかしながら、自分が醸した酒なればその値打も自分が決めるのが道理」#落ちぬい二次

2017-09-07 23:54:33
竹村京 @kyou_takemura

「成程。それで、あの不味い酒を飲ませたか」 黒い女は答えない。 「言ってみろ。聞き届けてやるかは後で決める」 では、と間を置き、黒い女が言う。#落ちぬい二次

2017-09-07 23:55:54
竹村京 @kyou_takemura

「水底には戻られるな。酒の対価はそれでよろしいであります」 「水底に戻る? すれば、お前、この私が何者か知っているな」 「存じております」 「言え。私は何者なのだ」 「それを言う義理はないであります」#落ちぬい二次

2017-09-07 23:57:23
竹村京 @kyou_takemura

「酒の肴に話せ。なに、先程の不味い酒の肴よ」 「それならば……」 「うむ。私は何者なのだ。さあ、言え」 「貴方は、我らが深海棲艦と呼ぶもの、海に住まう強きものの魂であります」 「では私は死んでいるのか」#落ちぬい二次

2017-09-07 23:59:58
竹村京 @kyou_takemura

「はい。しかしながら、貴方は大きなる力を持っておられる。このまま水底に戻り、海の力を得れば再び肉の身体を得る事でありましょう」 「お前は私に生き返るな、そのまま死ねと言うのだな」 「いいえ」 「なに?」#落ちぬい二次

2017-09-08 00:01:05
竹村京 @kyou_takemura

「肉の身体を得る事だけが道ではないであります。黄泉の国で永久に微睡むもよし。数多の海の神の一柱に加わるもよし。浄土を目指して補陀落渡海をするもよろしいでしょう。魂は体がなければ消えるというわけではないでありますから」#落ちぬい二次

2017-09-08 00:02:45
竹村京 @kyou_takemura

そして、さも良い事を思いついたという風に言う。 「なんなら、この自分の式神になるのもありでありますが」 「願い下げだ。お前のような奴になど誰が仕えるものか」 「それは残念。貴方のような強い式神がいれば随分と楽が出来そうでありましたのに」#落ちぬい二次

2017-09-08 00:04:31
竹村京 @kyou_takemura

「ぬかせ。今ならわかるが、お前に私を縛るほどの力はあるまい」 「おや、気付かれましたか。いかにもこの身は凡百の陰陽法師、人相手ならまだしも鬼や神の類にはとても及びませぬ」 「力がない分、厄介なのがそのべらべらとよく回る口であろうが」#落ちぬい二次

2017-09-08 00:07:37
竹村京 @kyou_takemura

影の女は厄介そうに何度か首を振り、問うた。 「まあ、よい。黄泉に神に浄土だったか? それは、一体如何なるところなのだ」 黒い女はいかにも真面目ぶって説明を始める。#落ちぬい二次

2017-09-08 00:10:19
竹村京 @kyou_takemura

「黄泉の国は、いざなみという女神が治める死者の国であります」 「陰気なところは好かぬ」 「で、ありましょうな。夫のいざなぎでさえ、逃げ出した所でありますから」 影の女はいかにも嫌そうに顔をしかめた。#落ちぬい二次

2017-09-08 00:11:23
竹村京 @kyou_takemura

「そのようなところ、頼まれたとて行くものか。次の、神になるとはどういう事だ」 「森羅万象あらゆるものには神がおわします。海にもわだつみをはじめ、数多の神がおわす。その一柱に加わるのであります」#落ちぬい二次

2017-09-08 00:13:24
竹村京 @kyou_takemura

カミとは霊的な存在であり、その出自に自然霊や人間の区別はない。力を持つ霊ならばカミとなり得る。元より強い力を持つ深海棲艦であれば神となるのに何の不足があろうか。#落ちぬい二次

2017-09-08 00:15:08
竹村京 @kyou_takemura

「死者の国よりは、良いか。神になるとは楽しい事か?」 「さあ、自分はただの人でありますから、神が楽しいかは知りませぬ。しかし、時たまお目にかかる神は、酒を飲み、歌を歌い、楽しげな様子でありましたな」#落ちぬい二次

2017-09-08 00:16:57
竹村京 @kyou_takemura

「そうか。楽しそうならばよい。次の、浄土とは何か」 「浄土ははるか西方にある、阿弥陀という御仏の国であります。かの国にはあらゆる苦がなく、あらゆる楽だけがあると言われますな」#落ちぬい二次

2017-09-08 00:19:06
竹村京 @kyou_takemura

「陰気ではなかろうが、楽だけとはそれはそれで退屈そうだな」 「で、ありますか」 「もっと良い所はないのか。そこそこに苦楽があり、退屈せぬような」#落ちぬい二次

2017-09-08 00:20:10
竹村京 @kyou_takemura

「我儘でありますなあ。退屈せぬ……あるいは、神となり力をつければ、東海龍王の龍宮へ参る事も出来るやもしれぬでありますな」 「龍宮か。ああ、思い出した。本物の龍宮を見るのも悪くない」#落ちぬい二次

2017-09-08 00:22:07
竹村京 @kyou_takemura

深海棲艦は自分たちの大規模な拠点をレムリア、アトランティス、ルルイエ、ゲル=ホー、ニライカナイなど、地上の人間が知るような海の伝承に準えて呼ぶことがある。その中でも、この魂に馴染みがあるのは龍宮城だった。#落ちぬい二次

2017-09-08 00:23:27
竹村京 @kyou_takemura

龍宮城と呼ばれる砦でそれなりの地位を占めていた彼女だが、しかしそこは龍宮とは名ばかりの、人への憎悪と殺意だけが渦巻く陰気な所であった。内心では戦いに倦みはじめていた彼女は本物の龍宮を見たいと願いながら、人との戦いで命を落としたのである。#落ちぬい二次

2017-09-08 00:25:45
竹村京 @kyou_takemura

「大体わかった。が、分からぬことがまだある。この私に、一体何をした」 「何も。ご自分がなされた事はご自分がよくお分かりでありましょう?」 「お前の酒を飲んだ。それだけだ。それだけで、こうも心がはっきりして、姿まで定まるものか」 「それが酒の力というものでありますよ」#落ちぬい二次

2017-09-08 00:26:44
竹村京 @kyou_takemura

「はぐらかすな」 「詳らかにせぬ方が面白い事もあるでありますがなあ。まあ宜しいでしょう。白酒は、我が君の祭祀に於いて黒酒と対になるもの。陰を表す黒酒に対し、白酒は陽を表すものであります」 「それで白い酒を飲ませたか」#落ちぬい二次

2017-09-08 00:28:15
竹村京 @kyou_takemura

「水底の女にして死霊であった貴女は、陰のもの。しかしながら、白酒の陽の気と清らかなる月の光を取り込んだ今の貴方は陰であり陽である。 ――今の貴方なら、なにものにでも成れるでありますよ。神にでも、怨霊にでも」#落ちぬい二次

2017-09-08 00:29:16
竹村京 @kyou_takemura

黒い女は表情のない顔で影の女を見詰めた。その両手は外套の中に隠れている。 「貴方を殺した人を恨み、祟りまするか」 影の女はしばらく黙り、答えた。 「いや、それはもうよい。たまたま敵同士だっただけの事。何より争いにはもう飽いたわ」#落ちぬい二次

2017-09-08 00:30:32
竹村京 @kyou_takemura

「ようございました」 にや、と黒い女が破顔した。 「全てお前の思い通りという事か」 「月の光を浴びたのも、酒を飲んだのも、いずれも貴方がご自分でなさった事でありますよ」 「それよ。その口車がお前の厄介なところよ」#落ちぬい二次

2017-09-08 00:31:56
竹村京 @kyou_takemura

溜息を一つ吐き、月を見上げた。 「仕方あるまい。水底には行かぬ。しばらくは月を眺めてどうするか決めるとしよう」 「それは重畳。どうぞごゆるりと……」 黒い女は背を向け、水面に足を踏み出す。#落ちぬい二次

2017-09-08 00:33:34
竹村京 @kyou_takemura

「待て」 影の女は黒い女を呼び止める。 「いかがなさいました」 「生き返らぬ対価が、あの不味い酒の一口というのは気に入らぬ。置いて行け」 「はあ。これを、でありますか。自分で言うのもおかしな話でありますが、物好きでありますな」#落ちぬい二次

2017-09-08 00:35:00