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それはホントに「現代的な意味での多様な性」だったのか?

よく「前近日本では多様な性が認められていた」言説が唱えられ、時には「多様な性」の当事者さん(なお、私も厳密にいえば100%の異性愛者ではないです)もこの説を唱えることがあります。しかし、文化人類学的な見直しをすると、例えば前近代日本で盛んだったタイプの男色は「現代的な意味での多様な性」とは必ずしも言いがたい点が多々あるなど、「前近代日本では多様な性が認められていた」というのは神話に過ぎない点も目立ちます。
ジェンダー 性規範 衆道 臣従儀礼 人文 セクシュアリティ 伝統的社会 多様な性 LGBT 文化人類学
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早川タダノリ @hayakawa2600
言ってることメチャクチャw 結局「家」制度の言い換えじゃん:「命は決して自分だけのものではなく、子や孫へ引き継いでいくべき責任があると考えていた。こうした命のつながりを戦前はみんなが知っていた。しかし、戦後の日本人は誰も知らない」saga-s.co.jp/news/saga/1010…
早川タダノリ @hayakawa2600
「戦後は、戦前に考えていたこととは全く違うことを教えられ、伝統的な考えを忘れてしまった」という彼自身は昭和22年の生まれ。神主になる勉強で「古事記や日本書紀…」を読んで「伝統的な日本人の考え方を忘れてしまっている」と知ったというが、まずそれはテキストに自己の主観を投影しすぎ。
せっぱつまりこ@散れ散れトランス差別者 @kisararah
@hayakawa2600 全くですね。こうした「テキスト(歴史的史料や古典文学)に自己の主観を過剰に投影してしまう傾向」は、(以前書いた内容とも重なりますが)「近代叩きと前近代賛美」でよくみられる傾向でして、人権団体(特に「多様な性」に関する団体)でもこうしたことが結構あるのでげんなりです。 pic.twitter.com/JMOjpgiHHh
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早川タダノリ @hayakawa2600
@kisararah 「よくみられる傾向」というのは、「昔の日本は性におおらかだった」的なやつですか?
せっぱつまりこ@散れ散れトランス差別者 @kisararah
@hayakawa2600 はい、まさにそれです。後それの一環でもありますが、「前近代日本では要人から庶民に至るまで、『多様な性』が普通に実践されていた」的語りにはそれが顕著です(いわゆる「伝統的社会」でみられる「現代的な意味での異性愛」とは異なるタイプのパートナーシップを、即「現代的な意味での(続きます)
せっぱつまりこ@散れ散れトランス差別者 @kisararah
@hayakawa2600 (続きです)多様な性」と同一視してしまうなど)。実際には、例えば前近代日本で盛んだったタイプの男色には「臣従儀礼」としての側面が強かったなどのように、必ずしも狭義のセクシュアリティとは結びつかない面もあったわけです。
早川タダノリ @hayakawa2600
@kisararah ご教示をありがとうございます。〈いわゆる「伝統的社会」でみられる「現代的な意味での異性愛」とは異なるタイプのパートナーシップを、即「現代的な意味での多様な性」と同一視してしまう〉強くなるほど!です。
早川タダノリ @hayakawa2600
@kisararah このように見てしまうのは何がオカシイのか、これは概念の妥当論(特定の概念が歴史的に先行する諸形態にどのように〈妥当〉しうるのか、その分析の方法にかかわる問題)をはらんでいて、それを踏まえると「現在の価値観で過去をさばくな」論の浅薄さがいっそうよくわかりますね。
せっぱつまりこ@散れ散れトランス差別者 @kisararah
全くですね。しかし一部の人々の手にかかってしまいますと、この例が「(特に前近代の)日本」で行われた場合には、たちまち「多様な性が認められていた例」にすり替えられてしまうのですから、こうなりますとダブルスタンダードも追加されてしまい、完全に論理破綻をきたしてしまうわけです。 twitter.com/minshinkochisu…
せっぱつまりこ@散れ散れトランス差別者 @kisararah
@hayakawa2600 ありがとうございます。まさにおっしゃる通りでして、こうなってしまう理由は幾つもありますが、一つには「前近代日本でみられた、『現代的な意味での異性愛』に当てはまらないタイプの性的パートナーシップ」を論じる際に文化人類学的視点が欠けがちであることも、無視できません。
せっぱつまりこ@散れ散れトランス差別者 @kisararah
@hayakawa2600 なお私は、まさにこの件で三橋順子氏を批判してブロックを頂戴しております。
せっぱつまりこ@散れ散れトランス差別者 @kisararah
@hayakawa2600 又更に申しますと、このように(「LGBT」当事者(団体)であっても)なりがちなのは、今の日本の「LGBT(多様な性)」運動では時として論理性が軽視されがちである(「『人を恋する想い』や『美を愛する心』に時代や文化の違いはないはずだ」的なノリになりがちな)ためでもあります。
せっぱつまりこ@散れ散れトランス差別者 @kisararah
@hayakawa2600 しかしながら、その「美」や「恋」自体がそもそも時代や文化によって様々に異なる概念として現れるのですから、こうした「人を恋し、美を愛する人間の心はどんな時代・文化でも共通だ」論に基づく何でもかんでも「現代的な意味での多様な性」に<妥当>するとする言説は、狭義のジェンダー(続きます)
せっぱつまりこ@散れ散れトランス差別者 @kisararah
@hayakawa2600 (続きです)や狭義のセクシュアリティには当てはまらない側面を無視・軽視した、誤解だらけの(異)文化理解になってしまうことが多々あります。
せっぱつまりこ@散れ散れトランス差別者 @kisararah
@hayakawa2600 後こちらstream-tomorine3908.blog.so-net.ne.jp/2010-03-23_toi…もやや古い記事ですが、矢張りご自分の主観を過剰投影した文化・宗教理解になってしまっている点が目立ちます。勿論、「八百万の神」という表現の意味が歴史的に変遷しているという史実はガン無視です。セクシュアリティや(続きます)
せっぱつまりこ@散れ散れトランス差別者 @kisararah
@hayakawa2600 (続きです)ジェンダーに関すること(筆者の佐倉氏も、「多様な性」の当事者の方です)への明晰さに比べ、その他の様々な文化概念の理解に関しては、これのように首をかしげたくなってしまうことが時々あります。
せっぱつまりこ@散れ散れトランス差別者 @kisararah
@hayakawa2600 なお「一神教/多神教」の区分に必ずしも当てはまらなかったり、両方の側面を持つ<宗教>も世界には存在するわけですが、「男性/女性」のジェンダー区分は決して「常に・誰にでも」当てはまるものではないということをよく理解しておいでの佐倉氏が、この点に思いが至らなかったのは不思議です。
せっぱつまりこ@散れ散れトランス差別者 @kisararah
@hayakawa2600 捕捉致しますと、これはこうした前近代日本型男色が「臣従儀礼」としての側面が強かったことも理由の一つではないかと思いますが、この前近代日本型男色(特に武家や僧侶に盛んだったタイプ)では、基本的に元服済みの(あるいは出家して僧となった)より上の立場の者と“女性的美少年”(続きます)
せっぱつまりこ@散れ散れトランス差別者 @kisararah
@hayakawa2600 (続きです)としての姿をした(=当時の“女性ジェンダー”とされるもの(の一部)の実践者でもあった)より年若い家来や弟子というカップルが非常に多く、このタイプとは異なるカップルになるケースは(私の知る限りでは)ほとんどなかったことから、この点でも現代的な意味での同性愛や(続きます)
せっぱつまりこ@散れ散れトランス差別者 @kisararah
@hayakawa2600 (続きです)両性愛という文脈で語るのは適切でない点が多く、むしろ文化人類学でいう「第三のジェンダー」(この用語にも現在では批判が出ていますが、言い換えの語がまだないのでカッコ書きに留めておきます)としての側面も無視できないと、私は思います。
せっぱつまりこ@散れ散れトランス差別者 @kisararah
@hayakawa2600 なお、これは案外誤解(というかご自分の主観の過剰投影)をされる方がおいでな点ですが、このいわゆる「第三のジェンダー」にあたる概念が存在する社会だからといって、即「現代的な意味での多様な性」が認められた社会であるということではないです。特にこの前近代日本型男色は身分や(続きます)
せっぱつまりこ@散れ散れトランス差別者 @kisararah
@hayakawa2600 (続きます)年齢(少なくとも外見的な年齢)の差異が重視されている(何せ「臣従儀礼」でもあるのですから当然です)ため、「現代的な意味での多様な性」でなく圧倒的に「伝統社会での性規範の一つ」として解釈するのがより<妥当>であるように思えます。
早川タダノリ @hayakawa2600
@kisararah 「伝統社会での性規範の一つ」なるほどです。
せっぱつまりこ@散れ散れトランス差別者 @kisararah
@hayakawa2600 まさにそれです。だからこそ主人や師の「オトナのオトコ」性を脅かさないため、パートナーとしての家来や弟子は“女性的美少年”の姿をする(彼らはしばしば、当時の平均的元服年齢よりもかなり年長にならないと元服や正式出家が認められない傾向にあったようです)面があったわけです。
せっぱつまりこ@散れ散れトランス差別者 @kisararah
@hayakawa2600 更に捕捉致しますと、この「少年の姿」も前近代日本では身分や職業と密接に結びついた装いでして、実際ある特定の職業に携わる人々は、一般に成人とされる年齢に達したり配偶者や子どもを持っても、生涯(「高齢者」になった後も)元服せず「少年(女性なら「少女」)の姿」を続けるルール(続きます)
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コメント

ニートその3 @apribi 2017年10月5日
見てる角度が違うだけの話で、にわかファンにオタがごちゃごちゃいちゃもんつけてる感じが出てるぞw
Daregada @daichi14657 2017年10月5日
「近代以前の多様な性が、オレのおもてんのと違う」、そらそうだろうなとしか
Amts @amts1 2017年10月5日
自称人権団体は反論すると差別主義者のレッテルを貼ってくることもあるからなあ
エリ・エリ・レマ・サンバディトゥナイ @mtoaki 2017年10月5日
信用できるのは古代ギリシャだけって事か
でき @dekijp 2017年10月5日
現代だろうがそれ以前だろうが「多様な性」を許容していない。結局「好ましい性」と「好ましくない性」に区別を行い「好ましくない性」の排除を行っている。その「好ましい性」および「好ましくない性」の中身が時代によって変わるだけ。
マク(*´﹃`*)゙ヌス @oa26dl1NAcptdAF 2017年10月5日
「現代的な意味での多様な性」ではないから「前近代日本では多様な性が認められていた」と言う事は出来ない…という暴論。
マク(*´﹃`*)゙ヌス @oa26dl1NAcptdAF 2017年10月5日
そもそも“現代的な意味での多様な性”って言う程多様か?
Ukat.U @t_UJ 2017年10月5日
陰間茶屋の存在は?あれ単なる高級性風俗ですけども。
せっぱつまりこ@散れ散れトランス差別者 @kisararah 2017年10月5日
t_UJ 陰間茶屋で色を売るお兄さんたちが(彼らの実年齢とは無関係に)「元服前の姿(=「少年」としての装い)」をしていた場合は、「買う」側が既に元服していた場合にはあくまで擬似的ではありますが、「臣従儀礼」の側面があったともいえます。私が貴殿にお伝えすることは、以上でございます。
Ukat.U @t_UJ 2017年10月5日
kisararah 陰間茶屋は湯島とか芝とか女色の禁じられている寺社の側に多くて、客筋も僧侶とか商人なんかの武士的な主従関係と無関係な客も多い(女性客もいた)ので陰間を臣従儀礼で説明するには無理があると思いますよ。
エリ・エリ・レマ・サンバディトゥナイ @mtoaki 2017年10月6日
つまり「現在より多様な性の在り方があった」という事なのでは。
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