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「日常」と現代美術、その後、「日常」の初出をめぐるTL

まとめて読みたかったので集めました。不足分、不要な部分は適当に追加・削除してください。田中功起
現代美術 ART アート 美術
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Takuma Ishikawa @ishitakuma
現代美術で日常性という言葉はとても便利だ。だかその言葉が見えなくしてる部分は大きく、欺瞞を生む可能性もそれだけ大きい。日常性を生活性にした途端一気に使い勝手が悪くなる。そういう使いにくさこそ重要だろう。広く応用できない言葉を使うことは反省性を促す。
okumura yūki @oqoom
まさに。"@ishitakuma 現代美術で日常性という言葉はとても便利だ。だかその言葉が見えなくしてる部分は大きく、欺瞞を生む可能性もそれだけ大きい。日常性を生活性にした途端一気に使い勝手が悪くなる。そういう使いにくさこそ重要だろう。広く応用できない言葉を使うことは反省性を促す
okumura yūki @oqoom
「日常」って言葉は、特定の状況の文脈に依拠してる。その状況における日々の暮らしにおいて自明なこと。だから、他の時と場所でも通用させるには、別の言葉で置き換えたほうがいい気がする。
田中功起 koki tanaka @kktnk
そうだね、例えばひとそれぞれでTLが違うように「日常」はそれぞれのひとによって違う。普通で平板な同じような「日常」というものはどこにもない。ぼくにとっての日常はあなたにとっては非日常。
田中功起 koki tanaka @kktnk
日本語で「日常」と書くと一般的な感じだけど、英語で「everyday」あるいは「everyday life」と書くと個別なものに思える。たぶんこれも欧米の現代美術用語からの輸入だったのかな?だから日本ではちょっと接続しきれなかった?
Kajiya Kenji 加治屋健司 @kenji_kajiya
「日常性」は、ミシェル・ド・セルトーの"le quotidien / everyday life"から来ていると思いますが、翻訳もあるにもかかわらず、美術関係者の間で読まれなくなってしまった印象があります。アメリカではいまでも結構読まれています。@oqoom @kktnk
Kajiya Kenji 加治屋健司 @kenji_kajiya
個人的には、英語圏でもeveryday lifeは便利な言葉として使われている印象があります。ただ、おっしゃるとおり、どこか接続しきれなかった気がします。いま頭が別のことでいっぱいなので、いつか考えてみます。@oqoom @kktnk
Kajiya Kenji 加治屋健司 @kenji_kajiya
前言撤回しますが、宮川淳に「反芸術 その日常性への下降」という重要な文章があるし、もの派を含む70年前後の作家にとって「日常(性)」はキーワードの一つだったことを思い出しました。ただ、セルトーはもっと読まれてもいいかなという気がしたのは事実。@oqoom @kktnk
穂積 利明(a.k.a 俊彰) @artkuma
僕は日常性をテーマにしたアートを批判的に見ていた。シドニービエンナーレのEverydayとか水戸芸のLIFEとか。マイクロポップも。RT @ishitakuma: 現代美術で日常性という言葉はとても便利だ。だかその言葉が見えなくしてる部分は大きく、欺瞞を生む可能性もそれだけ大きい
佐藤守弘 @bmonkey1966
C・グラックとかH・ハルトゥーニアンも「日常性」の問題は結構論議していた覚えが。歴史学ですが。RT @kenji_kajiya: …もの派を含む70年前後の作家にとって「日常(性)」はキーワードの一つだったことを思い出しました。ただ、セルトーは…@oqoom @kktnk
佐藤守弘 @bmonkey1966
で、そのベースになっていたのがハイデガー。RT @bmonkey1966: C・グラックとかH・ハルトゥーニアン…RT @kenji_kajiya: …もの派を含む70年前後の作家にとって「日常(性)」はキーワードの一つだったこと…セルトーは…@oqoom @kktnk
SATO Keisuke @ks_sato
もの派との関連で言うと、現象学やハイデガーも考慮していいかも。 @bmonkey1966 C・グラックとかH・ハルトゥーニアンも... RT @kenji_kajiya: …もの派を含む70年前後の作家にとって「日常(性)」はキーワードの一つ ... @oqoom @kktnk
SATO Keisuke @ks_sato
@bmonkey1966 あら、かぶってしまいました。
佐藤守弘 @bmonkey1966
ってハイデガーに詳しいわけではないんですが。RT @bmonkey1966: で、そのベースになっていたのがハイデガー。 C・グラックとかH・ハルトゥーニアン…RT @kenji_kajiya: …70年前後の作家にとって「日常(性)」…セルトーは…@oqoom @kktnk
佐藤守弘 @bmonkey1966
なんにせよ、ド・セルトーが面白いということに同意します。RT @kenji_kajiya:…ただ、セルトーはもっと読まれてもいいかなという気がしたのは事実。@oqoom @kktnk
Kajiya Kenji 加治屋健司 @kenji_kajiya
ありがとうございます。ハイデガーまでさかのぼると僕の手に負えなくなりそうですが、いずれ調べてみたいと思います。@bmonkey1966 @ks_sato
urara_nakamura @pas_pascal
3.11後「正常性 (日常性) バイアス」という言葉をよく耳にする。http://t.co/jE8wkRo
urara_nakamura @pas_pascal
@oqoom @kktnk 美術においても「日常性のバイアス」があるのかもしれない…
okumura yūki @oqoom
@pas_pascal 「日常性のバイアス」って良い展覧会タイトルになりそうですね。。 @kktnk
田中功起 koki tanaka @kktnk
きっと欧米ではセルトーが発端だったんですね。ぼくも拾い読みして制作のアイデアを得たことがあります。ただ、日本の場合、70年代当時の「日常性」とここ10年ぐらいの「日常」は性質が違うように思います。いまの使われ方はマジックワードというか。 @oqoom @kenji_kajiya
Kajiya Kenji 加治屋健司 @kenji_kajiya
面白いですね。「日常」の違いは分かる気がします。そう言われると、60年代前半の反芸術の「日常」ともの派やThe Playの「日常」もずいぶん違う気がしてきました。いずれ調べてみたいテーマです。@kktnk
田中功起 koki tanaka @kktnk
宮川淳「反芸術 その日常性への下降」は『宮川淳 絵画とその影』に収録されていますね。すぐに手にとって読めないのが残念。夏に帰ったときに読みたいな。 http://amzn.to/hcqcR9
okumura yūki @oqoom
@kenji_kajiya @kktnk セルトーとか宮川さんとか浅学ゆえまったく読んでません。。ところでそもそも「日常」という言葉はやはり明治期に造られた概念なんですかね? だとしたら何という英語をもとにしたんだろう。やはりeverydayなのかな。
Kajiya Kenji 加治屋健司 @kenji_kajiya
明治期は詳しくないのですが、手もとの漢和辞典を引いても出てこないですね。日本語の単語の初出を調べるにはどうすればいいか、ご存じの方はいらっしゃらないでしょうか。英語だとOEDを引けば分かります。@oqoom そもそも「日常」という言葉はやはり明治期に造られた概念なんですかね?
okumura yūki @oqoom
@kenji_kajiya 辞書をひいていただきありがとうございます。そうですね、単語の初出を調べられるデータベースがあるといいですね。
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コメント

版一欠 @edtion1 2011年3月31日
大村益三さん( @omuraji )のツイートを追加しました
佐藤守弘 @bmonkey1966 2011年3月31日
もれていたツイートを加えました。
田中功起 koki tanaka @kktnk 2011年3月31日
もれていたものを見つけて付けたし、時間順じゃないほうがわかりやすいところを移動しました。
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