2017年12月11日

アイヌ語地名は地点か、領域か?のおはなしから

アイヌ語地名がランドマークを基準としたものだったという僕のツイートに端を発し、みなさんがいろいろと解釈・知識を出し合ったやり取りのまとめです。 まとめの主旨に反すると思われるコメントは、すぐに削除いたします。ご了承下さい。
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ヨシ@ACT2 @susie_citizen

地理情報産業に末席を置く僕なりの基準で言うと、昔のアイヌ語地名は特定のスポットから成す「ランドマーク基準」だった。今の北海道地名は行政区に番地を割り振る「エリア分割単位」だと思うので、それを比較基準とするのは、なんだか少し違うのではないかな?と思う。反論歓迎です!(笑)

2017-12-08 21:07:05
竜 РЮ @yappata2

住所ってブロック式のとロード式のがあって、後者はいかにも抽象度(鳥瞰度)低くてイモっぽいんだけど愛らしい。※京都disではありません twitter.com/susie_citizen/…

2017-12-09 14:43:42
新海智子 @coccyx_T

@yappata2 通りを挟んで向かい合ってるのに別の町、というのは、そこに住む者にとっては町づくりしにくい、とは思います。行政が管理しやすいのかな?

2017-12-09 14:53:02
新海智子 @coccyx_T

スポットとそのネットワークは、そこに生きる者の内発的発想という気がする。エリアで考えるのは行政の管理の発想という気がする。 twitter.com/susie_citizen/…

2017-12-09 15:04:48
竜 РЮ @yappata2

@coccyx_T おそらく起源を探ればエリア分割というのは簡明さを求めるセム型フェチと関係あるのではと思ってます。(当てずっぽう

2017-12-09 15:05:46
ヨシ@ACT2 @susie_citizen

@yappata2 札幌も中心部は京都を倣ってブロック式住所にしたのですが... 郊外になってくるとだんだんと規則性がバラバラに.... 僕の住んでいる区には伏古(フシコ)などの名があったり、アイヌ語地名由来の場所もあるのですが。

2017-12-09 16:11:56
竜 РЮ @yappata2

@susie_citizen ども。生活感覚的にはランドマーク基準が当たり前だと思うんですが、エリア分割という考え方がいつどこで始まったのかって、ご存知だったりしますか?(ヨーロッパの城塞都市ですかねえ…

2017-12-09 16:19:48
ヨシ@ACT2 @susie_citizen

@yappata2 いつどこで始まったのかは、知らないです。たしかに生活感覚的には今でも「国道の曲がり角のセブンイレブン近く」だとか、ランドマーク基準で物事を考える、話す場合が多いですね。

2017-12-09 16:24:53
ヨシ@ACT2 @susie_citizen

@yappata2 是非に! もしかしたら本州も、昔はスポット基準から名付けられた地名が、時間を経て どんどん範囲を以って広がっていたものかもしれませんし。

2017-12-09 16:39:24
竜 РЮ @yappata2

例えば「流域」なんかは分水界で明確に区切られていて、その簡明さに快感があるのは分かる。一方「国境」などは新しく未熟な概念で、しょせん人はランドマーク的な把握しかできないんじゃって思わされることが多い。さて、では住所のエリア主義はいつ頃から勢力を持ってるのか、ていうハナシですなあ。 twitter.com/susie_citizen/…

2017-12-09 16:40:30
竜 РЮ @yappata2

でもいきなり結論めくけど、エリア主義ってのは道路に面した家屋列の後背地、つまり入会地をなくしてすべて行政が直轄しようとしたのが起源だと思うよ日本では。入会地を必要とした田舎の古地図にエリア分割なんて出てこないもの。

2017-12-09 16:52:21
竜 РЮ @yappata2

@susie_citizen だと思います。思いますが「日本橋蛎殻町」みたいなのは江戸期かとも思い、都市化が進んでるとこではかなり早くから導入されてたのかなあとも。(今のところ適当ですw

2017-12-09 17:00:15
ヨシ@ACT2 @susie_citizen

@yappata2 面白いですね! さすがに文久の頃の地名は、その時代の古地図を見てみない事にはなんとも言えない部分が多いかもしれませんが....

2017-12-09 17:01:41
忽然朔風 @kotnei

当別を開拓した伊達の殿様は、開拓使から領地の割り当てをもらったら、家来といっしょに領域の示す杭を打ちに行ったそうですよ。そして、同様の杭はすでに各地にあったことが記されています。 twitter.com/susie_citizen/…

2017-12-09 23:45:03
丹菊逸治 @itangiku

ちなみに、アイヌ伝統社会ではiwor(狩猟領域)などはかなり明確に領域化されていた。「ランドマークとしての地名+エリア分割された領域」の合わせ技で土地認識・土地管理が行われていたことまでは確実。

2017-12-09 23:48:35
忽然朔風 @kotnei

開拓使に割り当てられた場所は、もちろんアイヌ語地名で指示されていました。アイヌ語地名なしで行政を行うことはできなかったのです。

2017-12-09 23:49:09
丹菊逸治 @itangiku

だからまあ、アイヌ語地名っていっても、語形以外のことについては研究が分散していて、研究成果の統合は全然進んでない。アイヌ語地名自体は現代まで継承されて使用されているけれど、研究は止まったままですね。

2017-12-09 23:52:40
丹菊逸治 @itangiku

そもそも北海道内には文化人類学者がほとんどおらず、ましてアイヌ研究をしている文化人類学者はいないに等しいので、「このアイヌ語地名はこんな意味です/語源はこんな意味です」以上の研究がないんですよ。

2017-12-09 23:54:50
ヨシ@ACT2 @susie_citizen

なるほど、どうもありがとうございます。でしたら、昔の当別あたりに既にアイヌ語地名がたくさんあって、その点としての地名を線で結んでいったら領域になり、それが行政区域の基盤になっていった... という僕の認識は、かなり間違っていますね。 twitter.com/kotnei/status/…

2017-12-10 01:40:07
ヨシ@ACT2 @susie_citizen

よい学びになりました。時間を見て自分自身でも調べないといけないけど、iworの構造はいくつかのランドマークから構成されたものではなく、【「ランドマークとしての地名+エリア分割された領域』の合わせ技】構造という前提で、もっと勉強しないといけない... ですなぁ(汗

2017-12-10 01:53:28
忽然朔風 @kotnei

@susie_citizen 当別の資料館に行けば詳しい解説があります。機会があれば見学してください。

2017-12-10 06:45:49
忽然朔風 @kotnei

@susie_citizen 武士団による当別開拓の歴史 -伊達邸別館 当別伊達記念館- hre-net.com/statements/182…

2017-12-10 07:14:26
新海智子 @coccyx_T

@kotnei 当時からアイヌ語地名は、開拓使側が使う場合、エリアを指していたのですね。

2017-12-10 08:15:48
忽然朔風 @kotnei

@coccyx_T そこは要注意です。文脈によって判断する必要があるでしょう。

2017-12-10 08:17:32
竜 РЮ @yappata2

@coccyx_T @kotnei スポットを意味するはずの地名が境界を意味するものに読み替えられたのは、意図してのことなのか、常識が折り合わなかったからなのか、てとこが考えどころですね。

2017-12-10 08:19:19
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