アイヌ語地名とインチキアイヌ語地名説について #gengo

itangiku先生(非公式)によるアイヌ語地名に関するツイートをまとめさせていただきました。巷にあふれるでたらめなアイヌ語地名説、アイヌ語地名の語法、アイヌ語地名の固有名詞性、などなど。
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丹菊逸治 @itangiku

マルモリのアイヌ語デマのときだって道議先生は何もせず、アイヌ語地名のいい加減な与太話がTLに流れても道議先生は何もせず。いちいち訂正して回ってるのはこっちなのに、いきなり「地名与太が流れるのは研究者のせいだ」とはいいがかりもいいところ。

2012-07-09 21:15:38
丹菊逸治 @itangiku

こっちは「知床はアイヌ語で『地の果て』という意味です」にも「ひとさまの夢を壊しちゃ悪いよな」と思いつつも、「『地の果て』ではなくて、『陸地の先端』です」と訂正しては「野暮なこと言うなよ」なんて顔されてるのにさ。

2012-07-09 21:18:53
丹菊逸治 @itangiku

実際のところ、「四万十ってアイヌ語なんですね!」とか言われるたびに「違います」というのがアイヌ語研究者の仕事なんだぜ。「(国内では)北海道・東北にしかアイヌ語地名はない」と何度言ってきたことか。授業でもアイヌ語地名の話をするのはまずそこからだっつーの!

2012-07-09 21:21:38
丹菊逸治 @itangiku

「アイヌ語研究者はあまりいい加減なことを言わないで欲しい」といわれるたびに反省し、心当たりを探っては頭を垂れ…そのあげくが「木更津はアイヌ語だとかいう研究者のサイトがある!」なのか。あれが「研究者」なのか!あれがアイヌに詳しい道議の頭の中にいる「アイヌ語研究者」なのか!

2012-07-09 21:24:02
丹菊逸治 @itangiku

というわけで、一般には「アイヌ語地名」だの「アイヌ語地名研究」だのが全く理解されていない可能性が出てきた。

2012-07-09 21:29:06
丹菊逸治 @itangiku

「アイヌ語地名」というのは「アイヌ語でつけられたことがほぼ間違いない地名」である。「アイヌ語には文字が無かった」のにどうしてそんなことが判るのか。それは基本的には江戸時代の何人かの職業的記録魔のおかげである。その筆頭が松浦武四郎(1818-1888)。

2012-07-09 21:32:53
丹菊逸治 @itangiku

松浦武四郎の時代の北海道はアイヌ語の世界だった。彼は北海道中を歩き回り、とにかくものすごく細かい地点まで万を数えるアイヌ語呼称を記録した。今でいえば「大通り」「中央通り」「大学前」みたいな細かい呼び名まで極力記録した。

2012-07-09 21:38:55
丹菊逸治 @itangiku

何度でもいうが、松浦武四郎らによるアイヌ語地名の記録密度はすごい。移民・外来者が先住民言語による地名を記録した例としては世界的にも珍しいはずだ。

2012-07-09 21:43:25
丹菊逸治 @itangiku

その後、記録されたアイヌ語地名を元に「日本国北海道の地名」が行政的に決められた。だから今の北海道の地名がもともとアイヌ語だといえるのだ。当たり前のことだ。だが、このプロセスが確認できない地域ではそうはいかない。厳密にいえば「アイヌ語かどうか絶対確実な判断基準がない」のだ。

2012-07-09 21:48:41
丹菊逸治 @itangiku

東北地方には「北海道のアイヌ語地名」によく似た語形の地名が散在している。そして少なくとも東北の北端ではアイヌ語が話されていたことが確実であり、もう少し広い範囲でもアイヌ語話者がいたらしい、と推定されている。そうなると「東北のアイヌ語地名」を考えたくなるのは確かだ。

2012-07-09 21:52:54
丹菊逸治 @itangiku

でも、「東北地方のアイヌ語地名」は「北海道のアイヌ語地名」と同じには扱えない。だって「東北がアイヌ語の世界だった時に記録された確実な資料」が存在しないから。

2012-07-09 21:53:41
丹菊逸治 @itangiku

ちなみにアイヌ語地名研究を築いた山田秀三氏は「文献研究・アイヌ語学・現地の地形踏破調査」に加え、現地でのアイヌ語話者からの聞き取り調査をおこなっていた。程度の差こそあれ北海道のアイヌ語地名「研究」はそれを基準としている。

2012-07-09 21:58:00
丹菊逸治 @itangiku

北海道のアイヌ語地名研究では「アイヌ語地名の多くは地形を表している」「同じ地名ならば多くは同じ地形」ということが判明している。「北海道と同じ地名・同じ地形、かつ集中して存在している」ならばアイヌ語地名と推定しうる、というのが基本的な「東北のアイヌ語地名」の考え方。

2012-07-09 22:07:02
丹菊逸治 @itangiku

山田秀三氏の「東北のアイヌ語地名」という考え方は今でも基本的には認められているといっていい。だが、他の地域では駄目だ。「北海道と同じ地名・同じ地形、かつ集中して存在」している例がないからだ。ほかにまともな基準が提案されたことはない。

2012-07-09 22:11:35
丹菊逸治 @itangiku

「東北の地名」について全く逆のアプローチが提案されたことはある。「ある地域の地名」の言語が不明と仮定して統計的に処理し、地形と照合させてゼロから分析する。「ヤマト」「東北」「北海道」をそれぞれ分析して比較すればどことどこが似ているか判るはずだ。実際にやった研究はないと思うが。

2012-07-09 22:17:32
丹菊逸治 @itangiku

だから簡単にいえば「山田秀三による東北のアイヌ語地名研究」しかまともなものはない。「(日本国内の)北海道・東北以外のアイヌ語地名」は全部「根拠がない」のだ。いくら分析しても無意味である。

2012-07-09 22:25:03
丹菊逸治 @itangiku

アイヌは和人と昔から混交していて今でも同じ民族だ、なんて話を無理に通そうとすると、両民族の「居住境界」という概念を考えられなくなる。「アイヌ人はどこにもいない」と「アイヌ人はどこにでもいる」はほとんど同義であり、それこそが「日本中のアイヌ語地名」を生む原動力だろう。

2012-07-09 22:31:50
丹菊逸治 @itangiku

話がそれた。もうひとつ分布からの推定がある。「東北のアイヌ語地名」について山田秀三の出した「ペツ・ナイの分布」が一応は認められている。だがこれはすでに「確実性が低い」と考える研究者もけっこういる。当たり前だが。

2012-07-09 22:38:16
丹菊逸治 @itangiku

樺太・北千島・カムチャツカのアイヌ語地名については、北海道と同じ手法がほぼ通用する。アイヌ人からアイヌ語で聞き取った地名だから。だが、記録者が会った相手が本当にアイヌ人だったのかなど問題がないわけではない。

2012-07-09 22:46:54
丹菊逸治 @itangiku

「アイヌ語地名」にかんする以上のツイート内容は私の独創などでは全くない。研究者たち、特にアイヌ語研究者たちは同じようなことをずーっと言い続けてきた。この調子ではこれからも同じことを言い続ける必要があるだろうが。

2012-07-09 22:58:42
丹菊逸治 @itangiku

「北海道・東北以外のアイヌ語地名」という無茶な話がはびこるのには、もうひとつ理由があると思っている。簡単にいえば「アイヌ語地名は『地名』ではない」のだ。これには賛成してくれる人もそうでない人もいると思うが、これも別に私の独創ではなく、そう考えている研究者は多いはずだ。

2012-07-09 23:06:19
丹菊逸治 @itangiku

北海道で江戸時代に記録された「アイヌ語地名」にはクスリ「釧路」や「網走」など語源が完全に不明のものから、ポロト「大きな・湖」やポント「小さな・湖」など意味が分かり易いものまでたくさんある。だが多くは地形を表しているので、意味が分かる。

2012-07-09 23:15:15
丹菊逸治 @itangiku

「アイヌ語地名の多くは地形を表している」。固有性が高かろうが低かろうが「意味がある」という点では同じである。そのため「アイヌ語地名研究」では「アイヌ語地名の意味解釈」という要素が前面に出てくる。

2012-07-09 23:25:28
丹菊逸治 @itangiku

もちろんアイヌ語地名の意味が分かるからといっ「て固有性がゼロ」ではなかっただろう。ポロシリ「大きな・山」のような簡単な名ですら、ある程度の範囲では固有性を持っていた。だがペンケナイ「上の・川」、パンケナイ「下の川」などの支流名は固有名詞というより普通名詞に近い。

2012-07-09 23:27:09
丹菊逸治 @itangiku

「アイヌ語地名」はたまたま、固有性の強いものから弱いものまで多くが地形を表す。だがこれは世界中の地名に共通する現象というわけではない。

2012-07-09 23:32:07