クリスと響と未来が手帳を買いに行く話

またの名を『クリスが誕生日を迎える話』 今回のお話は31までが前編として2017年12月23日に投稿し、32から最後までが12月28日0時から後編として投稿したものを一つに繋いだものです。 年末が近付いてくると次の年の手帳がたくさん売りに出されます。今回はそんな風景を見て思い浮かんだお話です。
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ばん @vande1021

ある冬の日。 放課後ミーティングを終え今後の予定を手帳に書き込んでいると、クリスは視界の端の方で何者かの視線を感じ――違った。もぞもぞと毛先が映り込むので、もはや何者であるかは明らかだ。 「なんだよ」 1

2017-12-23 14:00:01
ばん @vande1021

「いやあ、クリスちゃんは手帳を使うんだなぁって」 クリスは区切りをつけるようにボールペンをケースにしまい、手帳を閉じた。それから背もたれに腕をかけ、視線の主である響の方を振り向いた。 古い海外ドラマを見過ぎた時のように動作がどことなく演技くさい。 2

2017-12-23 14:02:01
ばん @vande1021

「そういうお前は……ああ、あいつがスケジュール管理してそうだよな」 名前を言い淀む。この場にはいない小日向未来のことだ。 「うーん。よく言われるんだよね。ところが!私、立花響は自分の手帳で管理してますッ!」 待ってましたとばかり、いかにも誇らしげにしてみせる。 3

2017-12-23 14:04:01
ばん @vande1021

「ケータイのじゃないんだって不便そうに思われるけど、これが私の性に合っているんだー」 聞いた瞬間に拙い字のことが思い出されたが、何か理由があるような気がして口には出さずにそのまま耳を傾けた。 4

2017-12-23 14:06:01
ばん @vande1021

「クリスちゃんのはー、学院の手帳なんだねッ!」 何気なく置いていたクリスの指の隙間から表紙に刻印された校章が見えた。 「ま、まあせっかくだからな!その辺の店で見てもよく分かんねーし」 5

2017-12-23 14:08:01
ばん @vande1021

クリスのリディアン――学校への思い入れはいまや近しい者には知れ渡っているので、ごまかす必要はないのだが思わず照れ隠ししてしまった。響はそうと気付いていない風を装って続けた。 6

2017-12-23 14:10:01
ばん @vande1021

「分かるなあ。自分に合った一冊ってなかなか見付からないんだよね。私も未来とあれこれ探しながら買うんだ。けどそこも手帳選びの楽しみの一つかなって」「なあッ」 「?」 「……それ、なんだけどよ」 7

2017-12-23 14:12:00
ばん @vande1021

不意にクリスが続きを遮った。願ってもない話題が向こうからやってきたため、意を決してのことだった。 そしておあつらえ向きに、二人揃って空白の日があることは先程までのミーティングで明らかだった。 8

2017-12-23 14:14:01
ばん @vande1021

「なあ、なにもこんな日にあたしの手帳なんて探さなくて良かったろ。お前ら二人で遊んで来いよ」 自分から誘ったというのにクリスはほとんど意味の無い意思確認を揃ってやってきた二人に投げかけた。 9

2017-12-23 14:16:01
ばん @vande1021

「気にしないで良いよクリス」 この日も未来はクリスへの優しさをたたえた眼差しで、真っ直ぐに応えてくる。意思確認への返答はノーだ。 「そうだよクリスちゃん!困った時は未来がこれだーッ!て一冊を選んでくれるから」 10

2017-12-23 14:18:02
ばん @vande1021

「それは響の場合。今日はクリスの好みを聞いて探すんだから」 年の瀬が迫り、街は賑わいが絶えない。 クリスにとってここは時々騒がしいが、人知れず守り続けてきた世界で、この二人の睦まじい姿を見られるのならそれも悪くなかった。 11

2017-12-23 14:20:01
ばん @vande1021

無用な気遣いだったという想いをフッと息とともに吐き出し、気持ちを切り替えた。 「ま、とにかくよろしくな」 「見付かると良いね!」 12

2017-12-23 14:22:01
ばん @vande1021

「しっかしこうも見付からねーとは意外だったな」 「どれも最後の決め手に欠けるね、クリス」 勢い踏み出したものの、ベストの一冊を選べないまま、気付けばすでにランチタイムを逃してしまっている。 13

2017-12-23 14:24:01
ばん @vande1021

他の二人をよく引っ張ってくれた響だったが、いよいよお腹に手を当ててエネルギー切れを訴えた。 「そろそろお茶にしない?なんだか小腹が――」 「小腹っつーかお前の場合はガッツリだろ」 奥ゆかしく控えめな申し出が済む前に反応が返される。素早い。 14

2017-12-23 14:26:01
ばん @vande1021

些細なことだが、気兼ねない言葉が貰えたからか響は嬉しそうに笑ってみせた。 未来もまたそんな二人を眺めて微笑んだ。 15

2017-12-23 14:28:01
ばん @vande1021

響は学院でもこんな感じだが、普段のクリスはどうだろう。クラスが異なると分からないことが多い。目の前のクリスは呆れているようで、でも満更でもない得意の表情を見せている。その表情を、未来は想像のクリスにもさせてみた。 16

2017-12-23 14:30:01
ばん @vande1021

「とりあえずどこか入って落ち着こう」 間が訪れたので未来からすかさず提案。響と未来、エンジンとブレーキのようにバランスが効いている。 「周ったお店と良さそうなのも整理したいし」 17

2017-12-23 14:32:01
ばん @vande1021

「けっこう入れ込むんだな」 「これから一年通して触れるんだもの。クリスが自分で気に入ったものが良いよ」 妙に意気込んでいるように感じられたが、それはそれで納得できた。それと同時に学院だけでは知ることの無い、小日向未来がこだわりを見せる姿がクリスには目新しかった。 18

2017-12-23 14:34:01
ばん @vande1021

席に通される頃には、結局三人とも空腹だったらしい。遅れて食べる昼食はいつも以上に美味しく感じられ、誰からともなく話題が続く充実したものになった。 19

2017-12-23 14:36:01
ばん @vande1021

具体的には、この日の服装でそれぞれが可愛いと感じた点を褒めあったことだったり、この冬に出た翼とマリアそれぞれの新曲の感想。 それから響が注文した甘いものが運ばれて来たのを見てクリスが少し引いたこと。クリス曰く「そびえ立つ白いふわふわ」……しかし今はその話ではない。 20

2017-12-23 14:38:05
ばん @vande1021

「かなり絞りこめたな!」 いよいよ候補は残り二つ。 カップの底に残った紅茶は冷めきってしまったが、響のように最後の判断を未来に委ねる必要が無いところまで来ていた。 21

2017-12-23 14:40:04
ばん @vande1021

決断は出来ている。 「決めた!こっちだッ!」 空腹も満たせた。迷っていたものも決められて後は戻って買うだけ。三人は明るい気持ちで休憩に使った店を後にした。 22

2017-12-23 14:42:01
ばん @vande1021

だが売り場に戻ったところで、三人の足は止まってしまった。 23

2017-12-23 14:44:01
ばん @vande1021

「そんな、さっきはあったのに」 「買い替え時期で売り切れちゃったなんて」 「通販とか?」 「近日中の入荷は未定、他店舗も同様……」 響と未来がその場で出来る限りの手を尽くそうと動いてくれているが、結果は振るわなかった。 24

2017-12-23 14:46:01
ばん @vande1021

「ごめん、クリスちゃん……デザートなんて頼んだから間に合わなかったんだ」 空腹の時とは違う。今度こそ響はしょぼくれているようだった。 25

2017-12-23 14:48:01