異世界小話~仕事がつらくなって冒険者をやめたおっさんが再就職先でも苦労する話~

なろうはまるで異世界小説が怪獣大戦争みたいにぶつかり合う戦場だぜ。アンギラスすぐていさつにゆけ。 それはそうとTwitterでやるお!!
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帽子男 @alkali_acid

衛士のお偉いさんが咳ばらいをすると、部下たちが部屋をひっかきまわす手を止めて振り返る。 「この学者の手記によると、迷宮はまもなく…ふん…噴火を起こす。閉じ込められていた魔物が地上にあふれ、世界は滅ぶ。その前に逃げなくてはならない。別の世界に」 「…は…はは。学者は大法螺吹きだ」

2018-01-04 23:52:01
帽子男 @alkali_acid

「…前兆は…迷宮の本来の入り口と別のところに穴が開き、そこから最深部の魔物があらわれる。それを撃退し、穴をふさいだとしても、日ごとに穴の数は増してゆき、とほうもない数の魔物が地上を埋め尽くす。なぜなら…迷宮とは地下にある洞窟などではなく…」 「それ自体が別の世界だから」

2018-01-04 23:53:37
帽子男 @alkali_acid

男とも女ともつかない柔らかな声が割って入り、一同を凍り付かせた。机に載った籠の中の生首が、しゃべったのだ。 「こいつぁ」 「私に聞くな。迷宮の財宝とやらの働きは元冒険者のお前の方がくわし…」 今度は外から鐘の音が聞こえる。緊急を知らせる半鐘だ。

2018-01-04 23:55:21
帽子男 @alkali_acid

そこらじゅうで鳴り響いているものが、街はずれの屋敷まで無数の重なりあったこだまとなって届いたのだ。 「隊長!」 色めきたつ衛士たちに、お偉いさんはすばやく指示する。 「お前は残ってこの屋敷を封鎖しておけ。誰もいれるな。ほかは私と来い。お前もだ」 おっさんを招く。 「え?俺は関係な…」

2018-01-04 23:56:40
帽子男 @alkali_acid

「元冒険者だろう!?あの手記に書いてあるのが本当だとすれば今頃は町に魔物が」 「荒事は俺の専門じゃねえ…ああはいはい…行きますよ行きゃいいんでしょ…くそう本当なら今頃、剛零できもちよく船こいでるところだってのに」 馬車は鐘を鳴らしながら街の中心部、迷宮の入り口のある寺院の方角へ。

2018-01-04 23:58:48
帽子男 @alkali_acid

激しく揺れる馬車の中で、衛士たちは連弩の装填を確認する。 「おっかねえな」 「何か言ったか?」 「いえ…あの俺だけ酒場でおろしちゃもらえませんか…」 「我々と一緒のほうが安全だと思うがな…」 天をつんざく咆哮が馬車の天蓋ごしに届き、鼓膜をゆすぶる。 「くそ、大物が出たぞ」

2018-01-05 00:00:58
帽子男 @alkali_acid

馬車の屋根を空けて見張りが出る 「でかい!翼があります!それに、くそ!火を吐く!」 「まさか…りゅ、龍じゃあ?」 おっさんがさすがに蒼褪める。 「いや…龍よりは小さい…あれは…」 「交代しろ、この元冒険者の方が魔物に詳しい」 「うええ」 「やれ」

2018-01-05 00:02:16
帽子男 @alkali_acid

おっさんがもう吐くものもないのにげろしたい気持ちで屋根から頭を出すと、空に舞う一匹の魔物。コウモリの翼に獅子の胴、蛇の尾に、人の頭。 「合成獣…」 真顔になる。 「知っているのか?」 「最深部…魔物…しかも…あいつは…」 合成獣の顔には見覚えがあった。

2018-01-05 00:03:59
帽子男 @alkali_acid

「どうした?」 「いえ…ね…ちょいと腐れ縁で」 すでに街のあちこちの屋根に、迷宮にもぐっていない冒険者がのぼり、それぞれ剛弓や投げ槍、雷や風を呼ぶ不思議な武器などを使って攻撃を試みているが、 合成獣はたやすく回避し、火球で反撃を加える。

2018-01-05 00:05:21
帽子男 @alkali_acid

「無理だなぁあいつらじゃ…見たところ、冒険者つっても鋼鉄紋章…白銀紋章もいるにはいるが…くそったれ、しとめるなら白金紋章の地獄の猟犬団でも連れてこねえと」 「どういうことだ。説明しろ」 「引き返した方がいい。俺達じゃ勝ち目がねえ…あいつは…白金紋章の茜の剣を壊滅させた魔物だ…」

2018-01-05 00:07:49
帽子男 @alkali_acid

「おまけに…あいつの首は…茜の剣のまとめ役だった、“紅蓮刃”のもんだ」 「なに?なんだと?」 「合成獣ってのは、殺した獲物を食って。そいつの強さをとりこむ…茜の剣の紅蓮刃といえば、腕が立つだけじゃなく、頭が切れる、冒険者仲間でも評判の女傑だった…」

2018-01-05 00:10:11
帽子男 @alkali_acid

「地獄の猟犬団の例の娘…その前の烏の女剣客と甲乙つけがたい腕前だったよ」 「つまり」 「冒険者の手のうちは全部お見通しって訳さ」 「くそ…貴様等、冒険者はいつも厄介を」 「へへ。そういう訳で逃げましょうや」

2018-01-05 00:13:43
帽子男 @alkali_acid

「我々には街を守る務めがある…」 「じゃあ俺は失礼しますぜ。さっきも言ったが鍵開け以外は役にたたねえ」 「この腰抜け…勝手にいけ」 馬車が速度を落とし、扉が開く。 「それじゃ。無茶なさらんように」 おっさんのあいさつに衛士のおえらいさんはじろりとにらむ。

2018-01-05 00:15:57
帽子男 @alkali_acid

「そうだ。貴様の話で思い出したぞ。茜の剣だったな。現役のころはよく巷を騒がせていた…確か、一員に腕のいい盗賊がいたそうだな…」 「…」 「実力を示す紋章こそ二つ下の白銀だったが、頭の切れと度胸のよさは、懐刀と呼ぶにふさわしい男だったと」

2018-01-05 00:17:56
帽子男 @alkali_acid

「ちっ…知っててすっとぼけてたんですかい」 「衛士隊が仕事を頼む相手の素性を調べないとでも思ったのか」 「…人が悪い」 「冒険者のやり方が筒抜けだというのは分かった。だが同じ茜の剣の一員なら、逆にやつのやり方を読むこともできるんじゃないのか?」 「…俺にゃ…とてもとてもあいつに…」

2018-01-05 00:19:35
帽子男 @alkali_acid

「仲間の首を魔物にとられたままでいいのか?そいつは剛零でも楽しく酔えないんじゃないのか」 「冒険者みてえなことをおっしゃる」 「まあいい。我々はゆく」 おっさんを外へ蹴り出すと、馬車は再び速度を上げてでこぼこの石畳を突っ走っていった。

2018-01-05 00:21:04
帽子男 @alkali_acid

「やれやれ…まいったね…俺としちゃあ…ただ剛零さえのめれば…」 おっさんは溜息をついてうつむき、なるたけ魔物から遠い酒場を探そうと歩き出した。

2018-01-05 00:22:08
帽子男 @alkali_acid

街の中心部にあらわれた合成獣は吠えたけり、次々に屋根の上の冒険者を火だるまに変え、急降下して鉤爪と牙で引き裂き、鱗におおわれた尾で叩きのめす。 あいにくと、高位の冒険者はほとんどが迷宮にもぐっているか、街を離れて、新たにできた「塔」に向かっていた。

2018-01-05 00:23:52
帽子男 @alkali_acid

残っていたのは白銀が数名をのぞけばほとんどが鋼鉄以下。しかも白銀さえも、いわゆる一線を退いた負傷者や比較的高齢のものたちだった。 ようやく組織だった抵抗が始まったのは、位置についた衛士隊による連弩による射撃だった。風の加護により速度を増した箭が電光を帯びて流星雨のように空をよぎる

2018-01-05 00:25:46
帽子男 @alkali_acid

だが十字に交差する矢の雨さえ事前に察知していたかのように、螺旋を描く軌道でかわすと、炎を帯状に広げて薙ぎ払う。 衛士たちの並べて掲げた塔盾が地の加護により見えざる壁を産むが、火の渦の向こうからあらわれた鉤爪がそれを弾き飛ばし、あぎとが兜首をかみちぎる。

2018-01-05 00:27:40
帽子男 @alkali_acid

傷だらけの、しかし整った女の顔。かつて人々を守り、迷宮からの恵みをあまたもたらした冒険者のかんばせが、今は魔物と化し、耳まで裂けて牙をのぞかせ、哄笑するかのように何度も開閉しては、迷宮を知らぬ兵らの血肉をむさぼる。

2018-01-05 00:29:23
帽子男 @alkali_acid

「隊長。ささえきれません!」 「くそ、白金…いやせめて黄金紋章の冒険者がいれば…参事会は!何かあいつを倒せるような強力な財宝を…」 「伝令がまだ戻らず」 「くそ…このままでは中心街は火の海だぞ…誰か…ん?」

2018-01-05 00:32:43
帽子男 @alkali_acid

「よお!お嬢ちゃん!ひさしぶりだな!あいかわらずいいケツしてんじゃねえか!おら!やらせろよ!」 屋根の上から卑猥な叫びを発する男がいる。酒焼けしただみ声だが、やけによく通る。

2018-01-05 00:33:52
帽子男 @alkali_acid

「へへ、俺のこと覚えてるか?あんたのケツだのムネだの揉もうとしちゃ切り刻まれかけたっけなあ…だけど、いつかの酒場での打ち上げんときはいい線…」 合成獣はふたたび絶叫を放ち、矢のようにおっさんに突撃していった。

2018-01-05 00:35:29
帽子男 @alkali_acid

「へへ。あんたはこういうやらしいからかいは大嫌いだったよなあ」 獅子の前肢が打ちかかる瞬間、おっさんの足元から罠が跳ね上がり、丸鋸のようなものを飛び出させる。さらに無数の鋼の針、破裂する鉄菱、触れたものを切り裂く金属の糸などが次々に発動する。

2018-01-05 00:38:11