異世界小話~仕事がつらくなって冒険者をやめたおっさんが再就職先でも苦労する話~

なろうはまるで異世界小説が怪獣大戦争みたいにぶつかり合う戦場だぜ。アンギラスすぐていさつにゆけ。 それはそうとTwitterでやるお!!
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帽子男 @alkali_acid

合成獣はありえないほどの速さでほとんどの罠を回避したが、一部はむきだしの顔面にぶつかる。しかしそれすらも、頑丈な鱗がなめらかな表皮に浮かび上がって、鎧のようにすべてはじき返してしまった。

2018-01-05 00:39:53
帽子男 @alkali_acid

「巡型五つをほぼすべてかわすか…さすがだよ紅蓮刃のあねさん…あんたはいつだってすばやかった…俺がへましたときあやうく死ぬかって瞬間にも笑ってたぐらいだ」 魔物が逃れた先で、その蝙蝠に似た翼を虎ばさみがとらえていた。 「ま、詰めの甘いところもあったけどな」

2018-01-05 00:42:03
帽子男 @alkali_acid

「そんで、あんたの決定的な泣き所ってのが…こいつだ」 おっさんは胸から革袋をとりだし、牙をむく女の顔に浴びせる。柑橘系の薫り。 「あんた。ちょっと葡萄酒の匂いをかぐだけでひっくりかえるんだもんな。いつかの打ち上げんときはお持ち帰りできそうだったのによ…」

2018-01-05 00:43:32
帽子男 @alkali_acid

合成獣の顔が覇気をうしない、朦朧とした表情になる。どこか幼げで、かわいらしくすらあった。 「剛零っていう新しい酒だ。あんたが生きてたころにはなかった。まああったとしても、一滴だって飲まなかったろうけどな…でも俺には救いさ」

2018-01-05 00:45:13
帽子男 @alkali_acid

おっさんは恐れ気もなく腕を伸ばし、ぐったりした女の首の後ろ髪をかきわけ、つややかなうなじをあらわにすると、ふところから折りたたまれた罠を一つ取り出した。 「巡型の亜種…首切りってやつ…覚えてるかい?防御無視でなんでもすぱんとやっちまう。発動までに時間がかかるおかげで助かったっけ」

2018-01-05 00:46:50
帽子男 @alkali_acid

おっさんの指がすばやく罠のどこかを抑えると、複雑なばねじかけと、迷宮の財宝が持つなにか得体のしれない力が働き、鋭利な鎌を数本、渦巻き状に配置した器具となって展開し、勢いよく冒険者の首を魔物の胴体から断ち落とした。 「さよなら…」

2018-01-05 00:48:35
帽子男 @alkali_acid

そう告げたのは、女の方だったかもしれない。 男はぎくりとし、とっさに首をつかもうと手を伸ばそうとし、結局できず、二つとも眼下の石畳に吸い込まれていくのを見送っただけだった。

2018-01-05 00:50:01
帽子男 @alkali_acid

「ちく…しょう…」 おっさんは笑いながら涙をこぼし、うなだれた。

2018-01-05 00:50:52
帽子男 @alkali_acid

仕事が終わったあと、おっさんはいつもの酒場に戻る。看板はちょっと焦げていたが、酒は飲めた。 剛零を素焼きの杯でぐいぐいやりながら、だんだんとあいまいになっていく。迷宮のことも、魔物のことも、女のこともどうでもいい。 「ここにいたのか」 衛士のことも。町のことも。

2018-01-05 00:52:06
帽子男 @alkali_acid

衛士のお偉いさんが向かいの席に座る。ひどい火傷が包帯から覗く。最深部の魔物の炎は普通の回復薬ではなかなか癒えない。色町の連中が娼婦や男娼のために蓄えているという特別な秘薬でもない限り、治るまで何か月もかかり、痕が残るだろう。 「報酬も受け取らんとはな」 「もらいますよ。忘れてた」

2018-01-05 00:54:11
帽子男 @alkali_acid

「…紅蓮刃は…お前の…恋人だったのか」

2018-01-05 00:54:26
帽子男 @alkali_acid

「んな訳ねえでしょ。こっちは白銀紋章がいいとこのくたびれたおっさん。むこうはきっぷのいい白金紋章の女。格が違いまさあ」 「…そうか。だがあの魔物がお前を襲ったとき…一瞬」 「その話はやめてくださいよ」 「悪かった。報酬だ」

2018-01-05 00:55:34
帽子男 @alkali_acid

「金貨がたんまり。どういう風の吹き回しで」 「例の合成獣の死体を、色町の奴等が買い取りたいといってな。何に使うのやら…その分すこしイロをつけた…お前が現場からくすねた罠の方は見なかったことにしておく」 「へへ。罠は売り飛ばすといい金になるんですが、全部使うことになっちまって」

2018-01-05 00:57:52
帽子男 @alkali_acid

「ま、あっしには関係のないこって…さて…ほかに御用は?ないならもう…」 お義理に笑ってみせるおっさんに、衛士のお偉いさんはむっつり見つめ返し、杯に残る剛零を一瞥する 「そいつを、いっぱいもらおうか」 たちまち相手は本物の笑顔を浮かべてうなずいた。 「そうこなくっちゃね」

2018-01-05 01:00:02
帽子男 @alkali_acid

二人は杯をぶつけあって、柑橘の薫りがする液体をあおる。冒険者と、魔物の死をもたらした安酒を。 「こいつは、俺達の美しき友情の始まりってことで、いいですかね」 「最低の酒だな…これは…もういっぱいくれ」

2018-01-05 01:01:06