【続編】復員船「葛城」 元乗員の御話その2

前回( https://togetter.com/li/972509 )のを読まれた元乗組員の方から御話を伺えたとのこと。
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FIN@12/20 砲雷I-16 @FIN_Historia

2018/1/5に以前、艦娘の葛城の絵を描いて下さった空母「葛城」の元乗組員の方に御話を伺って参りました。 pic.twitter.com/w85ycJvmhl

2018-01-05 20:33:18
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此度は私が以前にTwitterにて呟いていた空母「葛城」の元乗組士官の方から伺わせて頂いた時の御話の纏めを見た御家族の方から御連絡を頂き、その御縁で御話を伺わせて頂く事になりました。

2018-01-05 22:44:44
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此方が以前に私が空母「葛城」の元甲板士官の方から伺わせて頂いた御話を纏めて下さったものです。合わせて御参考になれば幸いです。 復員船「葛城」 元乗員の御話 - Togetter togetter.com/li/972509 @togetter_jpさんから

2018-01-06 20:25:21
まとめ 復員船「葛城」 元乗員の御話 「葛城」の食事については、栄養失調状態な人に急に普通の食事をとらせると、かえって身体に悪影響を及ぼすので、あえて貧相な食事にしていたという話を仄聞。 (2016.7.17 動画、写真、リフィーディング症候群を追加) (2018.1.7 続編あり https://togetter.com/li/1187343 ) 27703 pv 259 10 users 2
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空母「葛城」に乗り組まれていた時期は第1次航海から亡き藤山一郎氏が復員された時の第7次航海の時。 戦時中は通信学校で学んだ後に呉の潜水学校へと行き同地での訓練中に終戦を迎えたそうです。 この時の訓練は嘗てキスカ島をはじめ北方で活躍した戦歴を持つ潜水艦「呂62」で行っていたとの事です。

2018-01-05 22:45:53
FIN@12/20 砲雷I-16 @FIN_Historia

他にも呉で訓練されていた時に戦艦「榛名」、「伊勢」、「日向」をはじめとした艦が空襲を受けている時の姿を見られていたとの事で離れた所からではありますが、其処から見た当時の対空戦闘の凄まじさを御話して下さいました。

2018-01-05 22:46:46
FIN@12/20 砲雷I-16 @FIN_Historia

戦時中の事については志願した時期が昭和19年7月と後期だった事もあり、サイパンをはじめ南方の重要拠点が陥落した事等も合わせて何れは来る戦争の終わりを感じていたそうです。 通信学校で約7ヶ月学んだ後、潜水学校での訓練中に終戦を迎えられた事からも感じられていた通りだったのかもしれません。

2018-01-05 22:53:08
FIN@12/20 砲雷I-16 @FIN_Historia

@hazuki_futahi 今回、御会いした方は戦後に昔の映画館で出されていた大きな看板等の絵を描かれていた絵師という経歴の持ち主の方で今も筆を取られて違う形ではありますが、絵を描かれています。 尚、映画館の看板絵師という経歴から「この大きさは小さい」との事でした。

2018-01-05 22:56:50
FIN@12/20 砲雷I-16 @FIN_Historia

終戦を迎えた後、地元に戻ったのですが……戦後の国内の状況では出来る事も無かったとの事で後に海軍の充員召集がかかった時にそれに参加し、空母「葛城」へと乗り組む事になったそうです。 この時、通信学校の経歴から「通信だろう」と思っていたら実際に配属されたのは電気補器関係であったとの事。

2018-01-05 23:03:05
FIN@12/20 砲雷I-16 @FIN_Historia

通信を学んでいたので電気関係は解るとはいえ、専門とは違う配属だった事を仰れていましたが……以前に御話を伺わせて頂いた「葛城」と同じく復員船として活動していた巡洋艦「八雲」や給糧艦「白埼」に乗り組まれていた士官の方々も元は航空機の搭乗員でしたし、こうした事は少なくなかったようです。

2018-01-05 23:10:58
FIN@12/20 砲雷I-16 @FIN_Historia

此度の元乗組員の方に御会いする御縁になった「葛城」の元甲板士官の方も元は兵器学生からという経歴の方で御話を合わせると戦時中に学んできた事とは少し違う方向性の道を歩んできた方々が復員船となった「葛城」に乗り組まれていた事になります。

2018-01-05 23:53:29
FIN@12/20 砲雷I-16 @FIN_Historia

復員船「葛城」の処女航海となった南大東島への航海から藤山一郎氏が復員された第7次航海まで乗り組まれた航跡の中で特に印象に残っていたのはバシー海峡で暴風雨に突っ込んだ時の事。 戦時中とは違って戦闘の起こらない航海の中で大型艦である「葛城」が彼処まで揺られるのは本当に吃驚したそうです。

2018-01-06 00:00:32
FIN@12/20 砲雷I-16 @FIN_Historia

「葛城」が暴風雨に突っ込んだ時の航海は呉の第4ドックで行われた改装が完了した直後の第4次航海の時。 上下の格納庫を改修した事でトップヘビーになっていた「葛城」は最大傾斜35度にもなる大きな動揺を確認。この事については元甲板士官の方から頂いた手記と航海日誌の両方に記載があります。

2018-01-06 00:39:31
FIN@12/20 砲雷I-16 @FIN_Historia

「葛城」の航海日誌は他の関係者の方々が驚く程、非常に多くの事が記載されているのですが……実際に目にされて自分が乗り組んでいた時期の御話を「思い出した」と言う事も多々あり、御自身が参加した催しや藤山一郎氏の演奏会の事も含め、明確に記録が残っている事をとても喜んで居られました。

2018-01-06 00:50:39
FIN@12/20 砲雷I-16 @FIN_Historia

他にも「葛城」で漂流した経験がある、と仰っていたのですが……此方も元甲板士官の方の手記と航海日誌の両方で記載があり、この時は藤山一郎氏が復員された第7次航海の際に機関が故障した時の事。 この時は浄化機の不具合が発生し、このままだと真水不足となってしまうという事態でした。

2018-01-06 01:01:37
FIN@12/20 砲雷I-16 @FIN_Historia

幸いにして2日間程で復旧し、航海を再開する事が出来たのですが……結局は本土に到着し、大竹に入港した当日に真水不足となり給水する事になりました。 尚、この時の御話は藤山一郎氏が退艦される前夜にアコーディオンによる演奏会をして下さった事で知られています。

2018-01-06 01:11:04
FIN@12/20 砲雷I-16 @FIN_Historia

@jamnekodd 日付は昭和21年7月17日ですね。『0810 機関故障 停止 漂泊開始』と航海日誌にも記載があり、元甲板士官の方の手記でも7月17日と記載されています。 復旧についても昭和21年7月19日に『0802 主機試運 終』と記載がありますね……。

2018-01-06 01:34:11
FIN@12/20 砲雷I-16 @FIN_Historia

因みに「葛城」の故障していない時の水に関する事情ですが、此方については今回の御話を伺った方は電気補器の配属と言う事で発電機の熱によって発生した水蒸気が天井に付着し、水滴となった真水が垂れてくるのを貯めるといった手段が出来たので特に困らなかったそうです。

2018-01-06 01:44:46
FIN@12/20 砲雷I-16 @FIN_Historia

この事については以前に御話を伺わせて頂いた軽巡洋艦「大淀」に乗り組まれていた方からも真水を貯める方法について同じ御話を伺っていたので改めて様々な艦で行われていた事が解ります。 他にも「葛城」に関する御話で有名な『蛍光灯』についても確かに採用されていた事を仰られていました。

2018-01-06 01:58:35
FIN@12/20 砲雷I-16 @FIN_Historia

また「葛城」における艦内の冷凍設備に関しても電気の担当なので自分で確認出来た事からも缶詰を銀蝿したり、色々な事をやっていたと言うちょっとした間にあった御話も伺わせて頂きました。

2018-01-06 02:04:34
FIN@12/20 砲雷I-16 @FIN_Historia

復員についても南方に残された方々を迎えにいく、と言う事で誇りをもって参加されたとの事で『最後の空母』と共に『最後の役目』を果たされた方からこうして御話を伺わせて頂けた事は誠に光栄です。

2018-01-06 02:15:43
FIN@12/20 砲雷I-16 @FIN_Historia

海戦に参加する事のなかった経歴から注目される事も少ない「葛城」ですが……。 関係者の方々と共に大切な役目を全うした誇りある艦であった事を心に留めおいて頂ければ幸いに存じます……。 今の時代に繋がる大切な役目を果たした「葛城」の航跡に感謝を。

2018-01-06 02:20:54

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