異世界小話~親の命令でいやいや冒険者になってダンジョン通いしていたら入口がくずれて帰れなくなった話~

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帽子男 @alkali_acid

「これ、私の覚書。よければ使ってください」 「…おれ、じは…ちょっと」 「あら…でも絵もありますから」 「…すごい、うまい」 「うれしい。私が描いたんだけど」 「わかる…えでわかる…ありがとう!しつのいいの!とってきます」

2018-01-08 16:30:18
帽子男 @alkali_acid

長く話し込むと初めはお店の偉いひとに怒られるが

2018-01-08 16:32:44
帽子男 @alkali_acid

少年がかなりよい薬草をとってくるようになると、しだいにおめこぼしになる。 「ねむり…つた…」 「すごい。もう読めるようになったの?この字は“青き海の墨”といって、街では一番使われている文字だから、きっと役に立つから」 「ねむりつた、あたまを…ぼんやりさせる?」 「そうそう!」

2018-01-08 16:34:41
帽子男 @alkali_acid

父親の剛零の革袋に眠り蔦の煎じ汁を混ぜるようになると、夜に嫌な目に遭うことは減った。 少年、今では薬草をよくとるので草採(くさとり)と呼ぶが、草採君は、何度も迷宮に潜るあいだに年は幼くともなるほど冒険者らしくはなっていった。

2018-01-08 16:36:55
帽子男 @alkali_acid

「迷宮ってこわいとこ?」 薬種屋の娘は話に聞いたカミソリエイの絵を描きながら尋ねる。 「きれいなところもある。にじだまがそらにのぼるときれいです」 いっぱしに受け答えをする草採君。

2018-01-08 16:38:57
帽子男 @alkali_acid

「にじだま?」 「なないろのたま。エイがくるくるおどる」 「すてきだな。わたしもいってみたい」 「いやめっちゃあぶない」 真剣な表情になる少年。くすくす笑う娘。 「そっか。じゃあ草採君のお話だけでがまんしとく」

2018-01-08 16:39:39
帽子男 @alkali_acid

草採君はカミソリエイのかわしかたは覚えてちょっと一人前気分にもなったが ほかの魔物はまた別の危険がある。屍食いクワガタは以前、生きた獲物は狙わない掃除屋だったが最近凶暴化している。 そういうのが襲ってきたときは死ぬかと思った。

2018-01-08 16:42:22
帽子男 @alkali_acid

しかし上層の、冒険者がよく通るあたりでの襲撃だったのが不幸中の幸いというか。 通りすがりの男が助けてくれた。青い炎の尾を引く鞭でまっぷたつにした。 「あり…がとうございます」 「なんでガキがいるんだ」 不機嫌そうに男は聞いた。次の瞬間、黒い靄がそばに二つあらわれて、巨大な犬の姿に。

2018-01-08 16:43:35
帽子男 @alkali_acid

「ひっ…」 ひとめで強い魔物だと分かり震えあがる草採君だったが、男は動揺もみせず、逆に鞭をしまって手で二頭の頭を撫でた。 「びびらなくていい。やれやれ上層まで迎えに来るとは…おい、俺が地獄の猟犬を馴らしてるのは黙っとけよ」 「は、はい…」 「名前は」 「草採です」 「俺は嗅鼻だ」

2018-01-08 16:45:28
帽子男 @alkali_acid

なんと白銀紋章の冒険者だ。ふつう上層部は素通りするだけの凄腕だ。自分も紋章を見せると意外な反応。 「お前…青銅紋章?ほんとに?お前の年で?すげえな」 「じ、じつはこれ…おれの…とうさんの」 「だとしても生き残ってるってのがすげえ…ふん…みなしごかと思ったぜ。根性あるからな」

2018-01-08 16:47:12
帽子男 @alkali_acid

嗅鼻氏は、魔物の見分け方とかわし方を教える。 「お前は魔物を倒そうとしなくていい。うまくかわせばこのあたりの魔物はそうそう襲ってこねえ…すばしっこさは買うが迷宮での動き方は街とは違う…ちょいとこつを教えてやる」 「あり、がとう」 「いんだよ。ガキはうまくやって生き残るんだ」

2018-01-08 16:48:56
帽子男 @alkali_acid

嗅鼻氏の教授はわりとつっけんどんで説明不足だったが、草採君はあっというまに覚える。 「覚えがいいじゃねえか…お前みたいに教わっていっぺんでできたのは、俺の仲間じゃヒロだけだぜ」 「ヒロ?」 「…へへ。なんでもねえよ」 男は少年の頭に手を置き、犬にするみたいに髪をくしゃくしゃにする。

2018-01-08 16:50:35
帽子男 @alkali_acid

地獄の猟犬たちも嗅鼻氏が認めたということで、草採君をおどかさない。ただし左右からいきなりはさんで動けなくしたりとかいたずらはする。 「うご…けない」 「ガキは体がぬくいからな…にしても、妙な寒さだ…下からおかしな魔物が上がってこなきゃいいが」 武器を手入れしながら嗅鼻氏がつぶやく。

2018-01-08 16:52:37
帽子男 @alkali_acid

五日ほど一緒にいただろうか。迷宮上層部ではかなり深いところまでもぐり、そこで分かれた。 「ひとりで帰れるだろうな」 「できます」 「餞別だ」 細身の棍棒をくれる。にぎって振ると霜が散る。 「お前は戦おうとしない方がいいが武器はあった方がいい。街じゃ使うなよ。おまわりが飛んでくる」

2018-01-08 16:55:27
帽子男 @alkali_acid

草採君はなんども礼を言って来た道を引き返した。 教わったとおりうまく叢や岩陰に隠れ、周囲に聞き耳をたて、安全な場所で緊張を解き、それからまた気を張ってすすむ。 緩急をつけ、こまめに休憩しながら、覚えた地形を頼りに小走りを繰り返す。

2018-01-08 16:57:23
帽子男 @alkali_acid

自分がたしかに「冒険者のリズム」で生きているのを、なんとなく感じる。 もっとも途中で、長い牙をはやした猪熊があらわれたときは、その高揚も吹き飛ぶかと思ったが。

2018-01-08 16:59:46
帽子男 @alkali_acid

「ひ…」 霜の棍棒をにぎりしめながら、草採君は身を低くする。嗅鼻氏が教えてくれた中層に住む異形。どういう訳か上層にのぼってきたのだ。 真赤な三つの瞳は、人や獣のぬくもりを見る力があり、隠れても無駄。

2018-01-08 17:01:16
帽子男 @alkali_acid

涎をたらしながらこちらをふりむいた猪熊に、凍り付いたせつな 黒い靄がその背後に浮かび、音もなく魔物は崩れ落ちた。 地獄の猟犬が着地し、切断した首からあふれる血を舐める。

2018-01-08 17:02:22
帽子男 @alkali_acid

「あ、ありがとう。みおくり…してくれた」 もう一匹の猟犬がいきなりわきのくさむらからずいとあらわれて、顔をなめる。 「えへ…どっちも…ありがとう」

2018-01-08 17:03:14
帽子男 @alkali_acid

とんでもなく強い迷宮下層の魔物が守ってくれたおかげで、草採君は無事に街に戻れた。 収穫は豊かで、薬草以外に琥珀や淡水珊瑚も少し取れた。薬種屋の娘は喜ぶかと思いきやすさまじい雷を落とした。 「正気?五日も迷宮にもぐりっぱなしなんて」 「え、ぼうけんしゃだったらふつうって…」

2018-01-08 17:05:14
帽子男 @alkali_acid

「ふつうじゃない!だめ!ぜったいにだめ!」 「あの、このこはく、絵にしたらきれい」 「今はそういう話してません!」 「ごめんなさい…」 めちゃめちゃ怒りまくる娘に、ひたすらちぢみあがる草採君。

2018-01-08 17:06:22
帽子男 @alkali_acid

帰りしなに、薬種屋の手代が呼び止める。 「ちょっと、草採君」 「あ。はい」 「いつもいい薬草ありがとう」 「はいあの」 「うちの看板娘とも仲良くしてもらって」 「はい…」 「君はあの子から覚書をもらったそうだね」 「あ、かえしま…」 ふところから出すがだいぶ使い込んでぼろぼろ。

2018-01-08 17:08:05
帽子男 @alkali_acid

「薬種の知識は組合の秘蔵だ。本来は外にもらすのは徒弟として過ちなんだよ」 「ごめんなさい…」 「だがまあ冒険者はそういう話の埒の外だ。かまわんさ。まあしかしおさまりのいいところは、君が薬種屋の小僧になるということなんだが」 「??」 「君の目利きは随分いい」

2018-01-08 17:09:44
帽子男 @alkali_acid

手代はおだやかに伝える。 「いまどきの若者はみんな冒険者になりたがって、こういう地味な仕事はあまり人気がないが…薬種の引き合いは多いし、伸びる稼業だと私は思ってる…特に戦(いくさ)になればね」 「…あ、う。はい」 「いや、まあまだ君の年だとそういうのは分からんか。ん。とにかく」

2018-01-08 17:11:24
帽子男 @alkali_acid

「さて。うちの看板娘もいまどきの子らしく…冒険者…ではないが…まあつまらん夢を見ていてな。絵描きの勉強をやりたいというんでね。もともと親がそちらの仕事で、小さいころから手ほどきは受けていたというんだが」 「え、じょうずです!」 「そう。おまけにうちの奥様があの娘に甘くてね」

2018-01-08 17:13:05