内藤正典氏が、文科省天下りを某国立大で受け入れた時のことを回想。「あのころが一番、つらかったね」

ウィキペより 内藤 正典(ないとう まさのり、1956年9月29日 - ) は、日本の社会学者・地理学者・国際政治学者。同志社大学大学院グローバルスタディーズ研究科長・教授、博士(社会学)(一橋大学)。 専門は中東の国際関係、特にヨーロッパにおけるムスリム移民の研究、9・11以降はイスラムと西欧世界との関係、現代トルコの政治と社会。 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%86%85%E8%97%A4%E6%AD%A3%E5%85%B8 続きを読む
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ぺしっ @kojii_o

どんな組織も村になっちゃいかん。自分の頭で考えなくては。 twitter.com/masanorinaito/…

2018-01-31 08:31:05
masanorinaito @masanorinaito

その時の学部長は、旗幟鮮明な左翼で、日の丸にも反対、君が代にも反対を説いておられたはずなのだが、文科天下りの件になると口をつぐんだ。「平場に居た時は反対してたくせになんだ、職を賭して戦え」と吠えたら、組合仲間の左翼教授たちが、一斉に弁護し始めた。この大学、終わっとると確信した

2018-01-31 01:29:42
衣斐義之 @yosiyuki_ibi

@masanorinaito 観光が産業と自覚されていない、二十年くらい前、岐阜市の長良川鵜飼いの上を環状道路が通ることになり、反対した。 旗幟鮮明な左翼で、私大の学長になられた方から、「お前何が望みだ。」と言われた。環状道路は、河口堰反対の左翼岐阜大学学長が関与してると推測し、左翼同士の自己防御と思ってる。

2018-01-31 08:39:18
おいぬさま @LaMaeken

左翼なんてだいたいこんなもん。 そうじゃないというやつは、さらにやはかったりする…… twitter.com/masanorinaito/…

2018-01-31 09:16:22
書物蔵:古本オモシロガリズム @shomotsubugyo

昭和30年代くらゐまでの文部事務官は、ふつーに論文をちゃんと書けた人がゐたやうな わちきの追っかけとる、犬丸秀雄とか 戦前から官庁としては三流とされてゐたから逆に、教養人が余技で事務官を出来たんだなぁ だからマンマ大学の教員にも問題なかったらしいが… いまの事務官はどうなんだらう twitter.com/masanorinaito/…

2018-01-31 09:19:19
masanorinaito @masanorinaito

昔、国立大学で文科の官僚が事務局長を定年で辞めた後、副学長になったことがあった。むろん事実上の天下りとして教授会で厳しく追及したのだが、大学からは「お願いして就任しただくのに平場の教授が反対するな」と厳しいお咎めを頂戴したものだ。国立大学の堕落というのはこうして起きる

2018-01-31 01:26:10
ポットンピッポンさん @quickdokidoki

@masanorinaito 多分今も…なんでしょうね。独立性が無いから、教育とは縁遠い人が文科省に集まり、自身の保身の為に、悪行を働く。学校側としては、許可及び教育官庁には楯突けない。日本の組織の悪い部分。この先も変わらないでしょうが、とても有意義な話、有難う御座います。

2018-01-31 09:27:04
.。..。.*❦❦【スマートフォンを乗っ取られた(AyaInoue)📲🆘🐅】❦❦*.。..。. @anouk1932

シリア紛争の 背景にある  「米ロの思惑」―  ―庇護者から 見捨てられた時、 独裁者が暴走する - 政治経済 週プレNEWS wpb.shueisha.co.jp/2017/05/17/848… #内藤正典👑 pic.twitter.com/QDhC0nVmWx

2017-05-18 10:08:59
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