砂塵の夜に【二話】

湾岸戦争で撃墜された米軍パイロットが、ミグ25に変身できる羽根ッ娘と一緒に旅する話、第二話
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深海さかな @dzurablk_kai

ミグ31、NATOコードネームは確かフォックスハウンドだったか。 リーチャのミグ25を拡大設計し、長所であるマッハ3もの飛行速度はそのままに空戦能力を大幅に伸ばした機体だったはずだ。 #砂塵の夜に

2018-03-04 18:34:02
深海さかな @dzurablk_kai

「皆からはバルザーヤを略してザーヤと呼ばれていてな、実質的な学級委員みたいな奴だった」 「バルザーヤ…ボルゾイのことか?」 「犬のことを指しているのなら多分そうだ。西側ではそう言うんだな。訓練校には他にもミル設計局なんかに行った奴もいたが、奴の能力がダントツだった」 #砂塵の夜に

2018-03-04 18:40:36
深海さかな @dzurablk_kai

「なるほど、人望があった訳だ」 何気なくそう返すとリーチャは鼻で笑った。 「人望? いいや、確かに背が高くて綺麗な黒髪で、座学も訓練も巧みにこなしてはいたが、けしからん奴だったよ」 「性格が悪かったのか?」 「いや、スタイルがな」 #砂塵の夜に

2018-03-04 18:45:37
深海さかな @dzurablk_kai

そう言うリーチャが視線をそこはかとなく落とすのを俺は見逃さなかった。リーチャから聞くミグ31の脳内イメージを目前のスレンダーと言うには余りに直線的に過ぎる胸元へと重ね合わせると…なるほどそういうことか、俺は一人心中で納得した。 #砂塵の夜に

2018-03-04 18:48:40
深海さかな @dzurablk_kai

「…おいお前、今とてつもなく失礼なことを考えなかったか?」 「いや、何も? 戦闘機の空気抵抗について考えていただけだよ」 俺がそう返すのと、リーチャの身の丈ほどはあろうかという白い羽が俺の後頭部を叩くのはほとんど同時だった。 #砂塵の夜に

2018-03-04 18:55:04
深海さかな @dzurablk_kai

一方その頃イラク国外では、二人の知る由も無い暗雲が立ち込めはじめていた。 #砂塵の夜に

2018-03-06 21:06:45
深海さかな @dzurablk_kai

イラン国内、ハマダーン。 首都テヘランから南西360キロに所在する、イラン国内でも随一の歴史と文化を誇るこの都市の空軍基地に、彼女達は突如として現われた。 イラン国内における軍の統帥権を司っている国家安全保障最高評議会の命令書をちらつかせながら。 #砂塵の夜に

2018-03-06 21:18:30
深海さかな @dzurablk_kai

「あらあら、出される紅茶にジャムもつかないなんて、シケた所ねえ」 一見してスラブ系と見て取れる色素の薄い肌と瞳、対照的に真っ黒なロングヘアー。だが世間一般では美人と評されるはずのそれら要素を、余りに高圧的な物言いが一瞬で打ち砕きマイナスイメージにまで退行させている。 #砂塵の夜に

2018-03-06 21:21:59
深海さかな @dzurablk_kai

曲がりなりにも一空軍基地を預かる基地司令の私の前でこのような振る舞いをしてみせる辺り、ろくな自己紹介すら無かったとはいえ(それだけでなく制服からも階級章や名札といったあらゆるバッジが外されている点に至っては驚きを通り越して恐れ入るくらいだが)、 #砂塵の夜に

2018-03-06 21:25:08
深海さかな @dzurablk_kai

予告も無く軍用機に乗って基地へ乗り込んできたこの一団がソ連のKGB絡みな人間であることは想像に難くなかった。 「それで、私どもに何をしろと?」 「別に、何も? 精々レベルの低い訓練に励んで、隣国から逃げ延びてくる戦闘機の接収に熱を上げることね」 #砂塵の夜に

2018-03-06 21:27:38
深海さかな @dzurablk_kai

まるで狼を思わせる剣呑な眼差しをティーカップ越しに寄越しながら、目の前に座る黒髪の彼女が興味もなさげに言葉を返すその折、私はもう一つこの珍客たちのおかしな点に気付いた。少女の背中に生えた真っ黒な翼だ。 #砂塵の夜に

2018-03-06 21:31:37
深海さかな @dzurablk_kai

見たことも無い巨大な黒羽を蝶のように揺らしながら、女隊長は続ける。 「あなた達に期待することなど何もありません。ここに立ち寄ったのも給油と、宿を手配するための書類を渡すためだけですし。あとは私達の邪魔をしなければ万事結構よ」 #砂塵の夜に

2018-03-06 21:37:44
深海さかな @dzurablk_kai

こうまであけすけに見下す態度を貫かれると、怒りを通り越して呆れてくるのも人情というやつの仕業だろうか。もしそうであれば、不穏な客人につい気を許しそうになった私が軽口を叩いてしまったことを一体誰が責められよう。 「となると、ここからまたどこかへ飛ぶというわけですな。 #砂塵の夜に

2018-03-06 21:41:40
深海さかな @dzurablk_kai

もしやイラクの方面ですかな? であれば、西の空路はいつでも使えるよう空けさせておきましょう」 そう言い終わるか終わらないかのうちに私の額には、ソ連製の拳銃が突きつけられていた。 イランにはソ連の武器も多く流れ込む。見たことのあるこの型式は確かマカロフだったろうか。 #砂塵の夜に

2018-03-06 21:43:53
深海さかな @dzurablk_kai

「随分と口が軽いのね? なんならおしゃべりする専用のお口も頭蓋骨に一つ、こさえてあげましょうか?」 殺気に気圧され蹴立てられ、高速で頭蓋を駆け巡るとりとめもない思考を、氷のように冷たい言葉が冷酷なまでに突き貫き、何も二の句が継げなくなる。 #砂塵の夜に

2018-03-06 21:46:11
深海さかな @dzurablk_kai

そのまま永遠にも思える数秒が流れた後。 「隊長、お時間です」 黒髪の背後に控えていた一人の少女が告げる声にようやく銃口は収められ、私は人並みの呼吸を取り戻すことができた。 「離陸…するのか…?」 再びの刺す様な視線に跳ねた心臓が喉から出そうになった。 #砂塵の夜に

2018-03-06 21:49:01
深海さかな @dzurablk_kai

「違う、余計な勘繰りなんかじゃない! フライトプラン…もこの際だから大目に見る、だが無線交信用のコードネームくらいは伝えてもらわんと困るだろう!?」 「ああ、そういうこと…」 女隊長が立ち上がると、そこはかとなく薬草のような不思議な香りが漆黒の身体から部屋へ散った。 #砂塵の夜に

2018-03-06 21:52:18
深海さかな @dzurablk_kai

そのまま彼女は腰にあったスキットルを開け、その中身を私の頭上から浴びせかける。薬草臭の元凶であった毒々しい緑色の液体から立ち上るむせ返るようなアルコール臭に思わず咳き込む。 #砂塵の夜に

2018-03-06 21:55:36
深海さかな @dzurablk_kai

「バルザーヤ、皆は私をそう呼ぶわ。機体名のミグ31でも、どちらでも好きな方で呼んで頂戴な。 …ただし『ザーヤ』と呼んだら最期、この基地ごとサーモバリックで焼け野原にしてあげるからそのつもりで」 漆黒の堕天使はそう告げるとスキットルを煽り、司令室を後にした。 #砂塵の夜に

2018-03-06 21:57:20
深海さかな @dzurablk_kai

遅めの朝食を終えた俺とリーチャはとめどない会話と共に再び砂漠の旅を続けていた。 「なあ、そのザーヤって子、何歳なんだ?」 「確か私の一つ上だ。小さい頃には読み書きも教えてくれてな、優しいし姉みたいな感じだった」 なるほど、聞けば聞くほど絵に描いたような姉妹の構図だ。 #砂塵の夜に

2018-03-06 22:22:22
深海さかな @dzurablk_kai

「そういえば、お前って幾つなんだ?」 「…見てわからないか?」 いかん、こちらを振り返ったリーチャの目が据わっている。歳の話題で地雷を踏んだらしい。 「…二十歳くらいか?」 精一杯気を使って鯖を読む。 「悪かったな、三十路一歩手前で」 #砂塵の夜に

2018-03-06 22:25:45
深海さかな @dzurablk_kai

そう返された皮肉を聞いた瞬間、余りの衝撃にこの世の全ての時が十秒ほど止まったかに思えた。 「いや待て、待て待て待て、お前俺より年上なのか!?」 「悪かったな、幼児体型で!! こっちの方がGに強いから敢えて背を伸ばしてないだけだ!!」 #砂塵の夜に

2018-03-06 22:27:58
深海さかな @dzurablk_kai

「嘘つけ、いくら戦闘機になれるからってそんな訳あるか!」 「あーもーうっさいこのバカ! 今度何か言ったらミサイル突き刺すからな!!」 そう怒鳴り返すと肩を怒らせて足早に砂丘を登り始めてしまうリーチャ。 どうやらザーヤとのスタイル格差には相当なコンプレックスがあるらしい。 #砂塵の夜に

2018-03-06 22:32:54
深海さかな @dzurablk_kai

とはいえ、リーチャを最も子供っぽく見せているのはその言動ゆえな気もするのだが。 そんな心中の意図が神に通じたのか、リーチャは俺が見ている目の前で唐突につまづくと「ふえっ!?」という間の抜けた悲鳴と共に頭から砂に突っ込んでいた。 #砂塵の夜に

2018-03-06 22:34:50
深海さかな @dzurablk_kai

砂漠についてよく誤解される事実の一つに、「砂漠では滝のように汗をかく」といものがある。斯く言う俺もイラクに来るまではずっと勘違いしていたのだが、砂漠にいるとあまりの暑さに汗も一瞬で蒸発するために却って汗で身体が濡れなくなるのだ。 #砂塵の夜に

2018-03-06 22:37:09
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