砂塵の夜に【二話】

湾岸戦争で撃墜された米軍パイロットが、ミグ25に変身できる羽根ッ娘と一緒に旅する話、第二話
3
深海さかな @dzurablk_kai

目を覚ますと見知らぬ場所にいた。 目に入るのは星一つない漆黒の夜空と、それとは対照的に彼方まで広がる一面の銀世界のみ。だが銀世界と言ってもそれは雪ではなく、ビーチのような砂でできている。 #砂塵の夜に

2018-02-06 19:42:08
深海さかな @dzurablk_kai

そんな折、頭上で聞きなれた轟音が鳴り響いた。見上げると星も月も無い、それでいて不思議と淡い光を満遍なく放ち続ける夜空に瞬く、緑と赤、それに白の光。航空灯だ。 はるか彼方に小さく映るその機が愛機のF/A18だと、なぜか俺には直感でわかった。 #砂塵の夜に

2018-02-06 19:46:09
深海さかな @dzurablk_kai

愛機の灯火はそのまま夜闇に瞬きながら、流れ星のように地平線へ堕ちていった。 慌ててそちらの方へと駆け寄ると、ほどなく愛機の変わり果てた姿が目に入る。ホーネットは砂に機体の後ろ半分を埋めたまま、飼い主を待つ老犬のように従順なキャノピーの瞳で、俺を見つめて息絶えていた。 #砂塵の夜に

2018-02-06 19:50:35
深海さかな @dzurablk_kai

よくよく付近を見渡すと、そこは航空機の墓場だった。 砂丘に突き刺さった尾翼にイラク国旗の描かれているミグ29戦闘機に、エンジンごと機体の半分が焼け爛れたA-4攻撃機。どこからともなく漂う磯の香りに頭を振れば、濡れそぼったB52爆撃機。 #砂塵の夜に

2018-02-06 19:53:13
深海さかな @dzurablk_kai

それらはどれも、湾岸戦争と呼ばれる戦いの中で任を全うして生き絶えた、哀れな航空機たちの屍だ。 彼らは皆一様に、身長の倍はあろうかという巨大なエンジンノズルの虚空から、もう二度と息を吹き返すことの無いエアインテークから、光を失って久しいコックピットの窓ガラスの瞳から、 #砂塵の夜に

2018-02-06 19:55:52
深海さかな @dzurablk_kai

俺に向かって落ち窪んだ空虚な表情で尋ねてくる。 どうして私達は見捨てられたの? なんであなたは機体を見捨てて独りだけ助かったの? と、怨嗟すら知らぬ無邪気な声音で、俺の心を苛み続ける。 違う、見捨てたんじゃない。助けたかったんだ、そのために必死に努力していたんだ。 #砂塵の夜に

2018-02-06 19:58:37
深海さかな @dzurablk_kai

だが、どんなに言い逃れをしても、航空機たちの疑問の声は止む事が無かった。そのあまりに非情な枷に、耳を押さえて俺がうずくまったそのとき。 その声は聞こえた。 「違う、彼は見捨てただけじゃない。私を助けてくれたんだよ」 #砂塵の夜に

2018-02-06 20:03:36
深海さかな @dzurablk_kai

顔を上げた俺の眼前にいたのは、ミグ25だった。 だがただのミグ25ではない。フォックスバットのあだ名どうりのキツネを思わせる面長な機首から続く、直線的な機体の胴体部分。そこからは本来あるはずの三角形の主翼に替わって、真っ白な鳥の羽が生えていた。 #砂塵の夜に

2018-02-06 20:07:18
深海さかな @dzurablk_kai

夜の砂漠に美しく花開く、天使のような真っ白な翼。そのあまりの美しさに思わず手を伸ばすと、羽毛の一つ一つからスチール特有の冷たさとその中に脈打つ暖かさが同時に指先へと流れ込んできた。 そうだ、この機体は生きているのだ。 #砂塵の夜に

2018-02-06 20:10:43
深海さかな @dzurablk_kai

そう思い出すと同時に付近に散乱していた航空機の屍が霧消し、俺はミグ25と二人きりになった。 「・・・ああ、助けるさ。今度こそはな」 そう応えるとミグ25は嬉しいのか、はたまた照れくさいのか、エンジンを低く唸らせた。 #砂塵の夜に

2018-02-06 20:13:04
深海さかな @dzurablk_kai

湾岸戦争、数多の航空機が人命と共に堕ちたその時代の中で俺は一機のミグ25と出逢い、それと同時に真っ白な羽根の天使と旅をした。 戦闘機に変身することのできる、羽根の生えた不思議な少女と、たった二人きりで。 #砂塵の夜に

2018-02-06 20:16:06
深海さかな @dzurablk_kai

目を覚ますとリーチャが、俺の顔を覗きこんでいた。 「いつまで寝てるんだ、ばか者が 私に朝飯を食べさせないつもりか!」 見渡す限りの砂漠の彼方から太陽が顔を出しつつある光景をバックに、銀のショートヘアーと背中の白い羽を揺らしながら彼女は憎まれ口を叩いた。 #砂塵の夜に

2018-03-04 16:47:53
深海さかな @dzurablk_kai

「なんだよ、飯なら勝手に食っててよかったのに…」 「お前がいないとどれが旨くてどれがマズイのか分からんだろ、このバカ!」 リーチャは英語があまり得意ではない。母国語のロシア語と、ここイラクのアラビア語を使いこなせる辺り決して頭は悪くないのだろうが、 #砂塵の夜に

2018-03-04 16:50:52
深海さかな @dzurablk_kai

英語に関しては航空無線で使う単語がわかる程度で食品名のような名詞は分からないものも多いらしい。その割にはこうして英語で会話もできるのだから、よくわからないものだ。 「ほら、昨日のあれ、あのなんか旨い奴! 早く出せ!」 #砂塵の夜に

2018-03-04 16:53:27
深海さかな @dzurablk_kai

怒ったような粗暴な口調と共に突き出された、レトルトパックが満載のショルダーバッグを受け取りながら、俺は中から乾パンと粉末タマゴの袋を取り出しリーチャに投げ返した。 吊りあがっていたリーチャの瞳が、途端に子供のような輝きを放ち始める。 #砂塵の夜に

2018-03-04 16:57:41
深海さかな @dzurablk_kai

「なあ、背中に羽の生えてる女の子ってのは、皆そんな風にタマゴに目が無いもんなのか?」 「…悪かったな、子供っぽくて」 頭一つ低い所から再度ジト目で睨まれた。 「で、昨日のオムレツとやらはどうやって作ればいいんだ?」 「結局俺が作るのかよ…」 #砂塵の夜に

2018-03-04 17:03:17
深海さかな @dzurablk_kai

乾パンを口に放り込もうとした矢先に投げられた新たな注文に俺は溜息を返す。面倒だから後で作る、とでも言おうものならこの我儘なお姫様が今すぐにでも暴れ出しかねない。そう観念してサバイバル用品の中から折り畳みフライパンを探す作業に転じる。 #砂塵の夜に

2018-03-04 17:06:39
深海さかな @dzurablk_kai

どうやら、この乾燥タマゴが世界屈指の不味さを誇る米軍レーションの中でも指折り屈指、オリンピック金メダル級に美味しくない、という残酷な真実は、世間知らずのお姫様にはまだ黙っていた方がよさそうだ。 #砂塵の夜に

2018-03-04 17:08:29
深海さかな @dzurablk_kai

リトゥーチャ・ムイーシ。通称リーチャ。 背中に生えた白い羽と、ミグ25戦闘機に変身できるという魔法のような能力以外は、至ってごく普通の童顔で幼児体型な女の子だ。 平たく言ってしまうとソ連防空軍からイラク空軍へと出向中、という奇怪な経歴も霞むような個性の塊である。 #砂塵の夜に

2018-03-04 17:14:43
深海さかな @dzurablk_kai

ここ数日一緒に過ごしてみて分かったのは、性格が短気で手が出るのも早く、基本的に少女としての可愛げは一切合切が足りていないこと、そしてタマゴ料理に目が無いことくらいだろうか。 #砂塵の夜に

2018-03-04 17:17:57
深海さかな @dzurablk_kai

お前は数年後に戦闘機乗りとなって撃墜され、そんなけったいな敵国の少女と砂漠の真ん中で遭難生活を共にする。 こんなことを海軍に入ったばかりの俺に言っても絶対に信じてもらえないことだろう。それどころか頭の病院を勧められるに違いない。 だが悲しいことに全てが事実だ。 #砂塵の夜に

2018-03-04 17:22:04
深海さかな @dzurablk_kai

「なあ、そういえば」 朝飯の折に雑談がてら俺は、前々から気になっていた疑問をリーチャに投げかけてみた。 「あんたの故郷じゃ、男もそんな風に背中に羽が生えてるのか?」 「いいや…女だけだ」 粉っぽいオムレツを喉に詰まらせかけたのか、えずきそうになりながら応えるリーチャ。 #砂塵の夜に

2018-03-04 18:16:37
深海さかな @dzurablk_kai

大好物を口いっぱいに頬張る様子はまるっきり子供のそれである。 「ははあ、じゃあその羽はX染色体の劣勢遺伝でもするのかな」 「せんしょ…なんだって?」 「ああいや、忘れてくれ」 リーチャの英語力を鑑みて、話題を変えることにする。 #砂塵の夜に

2018-03-04 18:20:48
深海さかな @dzurablk_kai

「で、その羽の生えた女性は皆、リーチャみたいに変化能力があるのか?」 「それもニェット(違う)、ごく限られた一部だけだ 私の村だと私ともう一人、二人しかいなかった」 「その彼女も戦闘機になれるのかい?」 「ああ、あっちはミグ31だった」 #砂塵の夜に

2018-03-04 18:28:14
1 ・・ 9 次へ